第16話 年下の友人
「どうぞ、おかけください」
「あ、ありがとう……」
あれから2週間。つい2日前、地下牢からの解放をされたルイス様とラウロス様は、自宅に戻った後、すぐに私を招待してくださった。
約2週間、2人は地下牢で魔族契約の検査をされたり、尋問が行われたりしたそうだけど、それは恐らく無実を証明するためのものだったと思う。
もし王家の反逆について有罪であると判断されたなら、投獄されるのは地下牢では無く、遥か北、ティアリク王国との境にある開拓地の特別収容所だ。
つまり、地下牢に入れられた時点では、まだ監視下────無実の可能性があると見られている、というわけだ。
実際、無事無実を証明されて、こうやって無事出てこれたわけだし。
ちなみに、それに伴うように、『祝福姫』の噂も無くなった。
というのも……。
◆◆◆◆
『……え、そうなのですか?』
『そうよ。あの祝福姫様だと思われるのは嬉しいけど……事実無根よ』
『そうだったのですね……マリー様は美しくお強いですから、ずっと祝福姫様の生まれ変わりだと思っていました……』
『……何だか、がっかりさせてしまってごめんなさい』
『え!? 何故謝罪されるのですか!? むしろ、私達が勝手に思い込んでいたのだから、謝るべきなのは私達の方なのに……ごめんなさい……』
『あ、謝らないで! 噂が広がったのはしょうがないことだから。……あ、でも……』
『は、はい!』
『……もしよろしければ、協力していただけます?』
◆◆◆◆
という感じで、まずはクラスメイトの誤解を解き、そこから「マリー・フェールは祝福姫ではない」という噂を流してもらった。
ちなみに中等部では、あの日助けたストローム家のご令嬢に協力してもらったりして……。
何とか、噂の収拾をすることが出来たのだ。
「……そうですか。それは良かったです」
「ええ……本当に良かったわ。私の誤解も、ルイス様達の誤解もとれたことだし……。……その節では、本当にご迷惑をおかけしたわ。私が話さなければ、大事にはならなかったのに」
「謝らないでください。むしろ、今回の件は話すべきでした。事態が悪化していた可能性も、なきにしもあらずですから」
相変わらず、出会った時と変わらず無表情だった。でも、雰囲気は和やかで、何だか安心しているように見える。
「……あまり無理はなさらないで。前会った時よりも、顔色が悪いわ」
「お気遣いありがとうございます。……まあ、一番の原因は、あの魔法───『神々の詠唱』を使ったことですが……」
「そう、それについて聞きたかったのだけれど……ルイス様、本当にすごいわね。あの魔法を使ったのもそうだし、国王陛下に面と向かって討論をするのは難しいでしょうに……」
「ありがとうございます……本当はすごく怖かったのですが」
「……え、そうなの?」
「はい。父にも、怖がっているのが表情に出てたと言われました」
「……そ、そう」
駄目だ。全くそう言う風に見えなかった。いつもの無表情で、毅然と立ち向かっているようにしか見えなかった。
私の観察力が低いのか、ルイス様のポーカーフェイスがすごいのか……真実はいかに。
「……あの、フェール様」
「ん? どうかなさいました?」
「……」
少し目を逸らして、気まずそうにしていたけれど、やがて意を決したように、私の目を見た。
「あの……もしよろしければ、私に、剣術をご教授願えないでしょうか?」
「え?」
「出来れば、魔法も……お願いしたいのですが」
きらきらっ、としたような目で見られて、何だかこっちが照れてしまった。
「ええと、何で……かしら」
「私、フェール様は剣術の才能に秀でているとお聞きしました。以前から剣術に興味があったのですが、両親から、危ないからと、基礎程度に抑えられていて……。ですが、いつか来る災厄に備えて、九つの名家の一員として、鍛えておかないと、と思いまして」
「な、なるほど……」
いや、教えるのは一向に構わないけれど……本当に私で大丈夫だろうか。
私は祝福姫……否、『狂気姫』になりうる存在だと言うのに。
だけど、こんなにきらきらな目で見つめられると、何とも断り辛い。
「……わ、私で良ければ……」
「! ……ありがとうございます」
無表情だけど、何だか周りにはお花が飛んでいるように、雰囲気はうきうきとしたものになっていた。
「えっと、それに際してなんだけど……私のことは、フェール様じゃなくて、マリーと呼んで」
「分かりました、マリー様」
「……別に、様を付けなくて良いのよ?」
「いえ、目上の方ですので」
「目上でも無いけど……あ、そうだ」
ルイス様は、不思議そうに首をかしげた。
「いかがなさいましたか?」
「私、ルイス様のこと、『ルイスちゃん』って呼んで良い?」
「……」
ぴた、と固まって、しばらく動かなかった。
し、しまった……そんなに嫌だった!?
「あああ、ごめん、ごめんなさい! やっぱりそのままルイス様呼びで……ただ、ルイス様が少しでもリラックスしていただければと思って、つい軽々しく……っ!」
「あ、いえ、大丈夫です。ぜひ『ルイスちゃん』と呼んでください」
「……え、良いの?」
「はい。むしろ……」
にこりと────まるで花も恥じらうぐらい、美しく微笑んだ。
「お友達が出来たみたいで、嬉しいです」
「……っ!」
瞬きした直後に、笑顔はいつもの無表情に戻っていたけれど、それでも忘れられないぐらい、美しく強烈な笑みだった。
「ル、ルイス様……違う、ルイスちゃん……」
「!? ど、どうかなさいましたか……?」
私はルイスちゃんの目を見て言った。
「……私以外の人に、微笑まないでね……!」
……何だか、恋愛小説に出てくる、面倒くさい恋人みたいになってしまった。
◆◇◆◇
「……あーあ、罪を擦り付けるどころか、噂まで収拾しちゃった。まあ、いっか。どうせ、今回のことは計画の内に無かったしね。期待してやっただけだから、良いけどさ」
光を通して、あの子の姿を覗き見る。
「……あ、そういえば、そろそろ来る予定だったっけ」
ふと思い出して、また不快感に囚われた。
「嫌だなあ、あの子……というか、あの2人、嫌いなんだよなあ。扱いが面倒くさいし……」
光を消して、部屋のドアを開けた。
「ま、良いや。利用できるなら、嫌いでもやってやるさ」
足を踏み出すと、魔物と悪魔の気配が辺りを包み込んだ。
ああ────良い心地だ。
「人間を無くして、あいつの魔物と、俺達悪魔の世界になるなら……何だって、ね」
ああ、待っててよ、祝福姫、いや、狂気姫────いや。
「『────』の生まれ変わり達……かな?」
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