第15話 疑いの中で
「……それで、貴様らの家には『狂気姫』に関する書物は無かった、と。不思議だな、ならば何故ルイス嬢がその存在を知っているのか……」
「……」
「私も、まさか貴様のような者が裏切るとは思いたくないのだが……今出揃っている証拠を頼りにするならば、貴様らに疑いがかけられる」
陛下は、冷たい目でぎろりと睨んだ。この恐ろしさは、闇の魔獣も腰を抜かして逃げるぐらいだ。
あの後、ルイス嬢から聞いた話をミリィに相談したら、早々に会議が開かれた。
議題は、メチレル家の疑いについて。
……当然だろう。九つの名家であるメチレル家の人間であるとはいえ、当主さえ知らなかった、『狂気姫』の存在を知っていた。しかも、『祝福姫』の噂が流れているこの最中で。
とは言え、彼女────ルイス様が演技をしているとは思えないし、メチレル家の当主様も、とても真面目な方だから、裏切るとは思えない。
けれど、さっき陛下が仰った様に、今出揃っている証拠では、メチレル家しか疑いの余地が無いのだ。
……だから嫌だったんだ。この事を誰かに話すのは。
誰かが裏切っている、なんて。そんなの信じられないし、信じたくない。
けれど、現実は重くのしかかる。
「……陛下、発言してもよろしいでしょうか」
「……許す。何だ、メチレル嬢」
静寂を打ち破る様に、ルイス様が話し始めた。
可愛らしい唇から発せられる、美しく、凛とした声。
そして、陛下に立ち向かう、その勇気。
その姿は、とても15歳の少女とは思えなかった。
「単刀直入に申し上げます。私をしばらくの間、地下牢に投獄していただけませんか?」
ざわ、と周りがどよめく。
突拍子の無い発言に、当然メチレル家の当主様は慌て、あのジル殿下さえも、普段見せないような驚いた表情をなさった。
陛下は一見冷静に見えたが、少し動揺している雰囲気も醸し出していた。
「……何故だ。それをして何の利益がある。それで今かけられている疑いが帳消しになるなど────」
「存じ上げております」
「なら、尚更何故そのようなことをする」
「『地下牢に投獄されている者は、地位立場関係なく、平等に扱われる』」
「……それは」
「アンダラス王国の法律の一節です」
また周りがざわめく。そのような事を一体何故────。
(……まさか)
「私を地下牢に入れていただければ、取り調べも自由に出来るはずです。拷問、尋問、何でも」
「……ほう」
「そもそも、私達メチレル家がマリー様のことについて情報を外部に漏らす利益がありません。あるとするならば、魔物───もしくは旧魔王軍と手を組んでいる場合のみです。しかしただの人間、しかも王族側である九つの名家の者が魔物に接近したところで、疑われて相手にされないのが関の山です。ですがそれを解消する唯一の方法があります。それが────」
「……魔族契約、か」
魔族契約。魔物、魔獣、悪魔────忌み嫌われ、『魔』の力を持つ生物との繋がりを持つ魔法。
その魔法さえあれば、魔物と繋がることは可能だ。契約は非常に強大で、契約を解消した時の反動も凄まいが、魔物の力も使うことができる。
「まずは、その確認をしていただきたいからです。もちろん、私だけでなく、父───ラウロス・メチレルにも確認をお願い致します」
「それは構わないが……理由はそれだけか?」
「いいえ、まだ幾つかございます」
ルイス様は、変わらず話続けた。
「もし私達メチレル家が旧魔王軍や魔物に情報を流しているのであれば、近々襲撃が起こるでしょう。しかしその際、我々メチレル家は襲撃の対象に入る可能性は低い。なぜなら王家を裏切ることは命を捨てることと同じ。それだけのリスクを背負って、魔物達に協力をするということは、それだけの対価を魔物達に求めているということ。魔物達も人間や九つの名家が目の敵でしょうから、私達の支援は切っても切れない。つまりは利害が一致しているのです」
「……」
「地下牢に入れられたら、恐らく私は魔物達に救出されるでしょう。そうでなくても、魔物達の襲撃があった際、私達メチレル家には攻撃出来ないでしょう。どちらにしても、魔物達からの危害は与えられないはず。しかしもし私達が情報を流出……つまりは魔物達と協力していないならば、見境いなく攻撃してくるでしょう」
詰まることなく、すらすらと話続ける。その胆の座り方はとても真似できない。
(……あれ。でも、それだと……)
「……そう言って、魔物達と口裏合わせ、我々を欺くことも可能だぞ」
「承知の上でございます」
「なら何故、そのような不利な状況に自らを立たせる」
「陛下なら我々が無実であることを見抜いてくださると信じているからです」
「……なに?」
陛下は依然冷静さを保っていたが、ルイス様の言葉に驚いていそうなのも確かだった。
「我々は今、どうやっても不利な状況。一つ言葉を間違えれば、九つの名家から抹消される可能性もあるでしょう。王家を裏切るということは、少なからず国家の反逆を狙っていることとなります。しかしそれを成し遂げるだけの地位をわざわざ捨てに行くような発言を、今ここで、する必要はありません。無実である証拠が無い以上、我々の無実の証明は、自らを不利な状況に立たせる他ありません。どうやっても、どう発言しても、我々が不利になることは目に見えているのですから」
「……」
「ですから、後は陛下のご判断となります。地下牢に押し込められ、どう足掻いても不利な状況になる我々を、無実だとするか。欺く可能性があると見て、我々を有罪とするか」
ルイス様は、一息吸って、最後の言葉を言った。
「……陛下は、ご賢明な判断をしてくださると、信じております」
頭を深く下げると同時に、魔法の気配がした。
「……っ、メチレル嬢、何を!」
「『真実の神ヴィルの名のもとに』」
彼女は覚悟を持った目で、陛下を見据えた。
「……『私、ルイス・メチレル、並びにラウロス・メチレルは、国王陛下ミーリス・ニーケー・アンダラス様を裏切ることは無いと誓います』」
その瞬間、冷気の様な魔法の力が辺りを漂った。
周りは静まり返り、緊張の糸が張り詰める。
今、ルイス様が使った魔法は、数ある魔法の中でも、特に扱うことが難しいもの───いわゆる、『神々の詠唱』と呼ばれているもの。その名の通り、かつては四大神を中心とした神々が使っていたとされている魔法。王族ですら扱えない、その魔法を使えるだけの能力を持った人間が、何人いるか。
少なくとも、今目の前にいる令嬢は、王族の方を超越するほどの、魔法の力を持っていることが証明された。
────自分と自分の父親の無実を証明するために、惜しみ無くその力を使えるほどの。
「……ご判断を、陛下」
ルイス様は跪き、頭を下げた。
数秒の静寂の後、聞こえたのは────
「……ルイス・メチレルとラウロス・メチレルを地下牢につれていけ」
─────無実を認める、言葉だった。
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