第14話 ルイス・メチレル

「はあ……眠い……」


「お疲れ様、マリー。昨日は大変だったみたい

 ね」


「うん……」


 私はぼんやりしながらも、エルザの言葉に答えた。


 結局、あの後、闇の魔獣のことについてと、『狂気姫』の存在が知られていることについての緊急会議が行われ、帰ってきたのは日付を跨ぐ直前だった。


 欠席したくないからと、頑張って学校に来たけど……やっぱり本調子じゃない。早退しようかな……。


「マリー様。中等部の生徒の方が呼んでいらっしゃいますよ」


「え……私?」


 クラスメイトにそう言われ、扉まで行くと……意外な組み合わせの2人組がそこにいた。


 ……正直、片方のご令嬢には、会いたくなかったけど。


 ◆◇◆◇


「昨日は、本当にありがとうございました……! 感謝してもしきれません! フェール様のご都合のよろしい時間に、改めてお礼の品をお渡しします!」


「いや、良いのよ! 貴女はあの後大丈夫だった?」


「はい! フェール様のおかげで、傷ひとつありません! フェール様はお怪我などありませんか?」


「私も大丈夫よ、ありがとう」


「……! はい!」


 ……何だろう、この子、すごくきらきらした目で話してくる。まるで、王子様が目の前に現れたみたいな……。


 いや、それに関しては今は良い。問題は……。


「……私の方からは、フェール様にお詫びを申し上げたくて……」


「……お、お詫び?」


「はい。……ストローム様、少し席をお外しいただいてもよろしいでしょうか?」


「は、はい……! では、私はここで失礼します! フェール様、本当にありがとうございました!」


 そういって、あの子────昨日助けた、あの中等部の女子生徒は出ていった。


 私は一息ついて、彼女────あの、『狂気姫』について聞いてきた少女────に向き合った。


「お詫び、ということだけれど……一体どの件でかしら?」


「はい。昨日のことについてですが……名乗りあげてもいないのに謝罪するのも礼儀に反していると思うので、まずは少しだけ自己紹介させていただきます」


 すると、彼女はもともと良い姿勢を正して、私の目をまっすぐ見た。


「私は、メチレル家の令嬢の、ルイス・メチレルと申します。今は中等部の生徒会に所属しております」


「……! 貴女が、メチレル家の!」


 確かに、そう言われると、メチレル家の当主様に雰囲気が似ている。なるほど、だから見たことがあると思ったのか。


「ええと……私も名乗りあげた方が良いかしら? 知っているとは思うけど……高等部の生徒のマリー・フェールよ。よろしくね」


「はい、よろしくお願い致します」


 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。何だか礼儀正しくて、固いな……。


「それで、お詫びの件って?」


「はい。昨日の、フェール様に聞いた……『あの件』のことについてです」


「……っ!」


 フラッシュバックした。あの時の焦燥感、ふつふつと出てくる黒い考え。


 だけどそれを悟られるわけにはいかない。私はぐっとこらえた。


「……それが、どうしたのかしら?」


「……あの件を聞いた時」


 ルイス様は、少し目を伏せた。


「フェール様が……ひどく辛そうなお顔をしていらしたので。軽率に聞いてはいけないことだったのだと、深く反省して……それで本日、お詫びに来た次第でございます」


「……え……」


 彼女は出会った時と変わらず無表情のままだったが、その雰囲気は、ひどく申し訳なさそうなものだった。


 何だか私も毒気を抜かれてしまって、まあ、悪意が無いのなら、と思ってしまうが……。


 ……この件に関しては、追求しなければならない。


「……貴女に悪意が無かったのなら、別にそこまで怒りはしないわ。嫌だったのは事実だけど」


「……はい、申し訳ありません」


「良いのよ、そんなに謝らないで。ただ、いくつか貴女に聞きたいことがあるの。お詫びはそれで良いから」


「はい、何なりと」


 そう言って、彼女はまた私の目をまっすぐ見た。濁りの無い、純粋な瞳。


 私はその目に気圧されながらも、話を引き出した。


「まず……貴女は、『狂気姫』の存在をどこで知ったの?」


 すると、彼女は気まずそうな雰囲気を出した。


「……それが……分からないのです」


「……え?」


「ある時ふっと、頭の中に『狂気姫』という単語が出てきたのです」


「……そ、そう……」


 困った。非常に困った。これだと、話がにっちもさっちも行かない。


 とりあえず、少し質問の方向を変えた。


「ええと、じゃあ……貴女は何で、『狂気姫』のことを私に聞いたの?」


「フェール様がいらっしゃった本棚が歴史書の部分でしたから……聞いてみればもしかしたら知っていらっしゃるかもしれないと」


「……ん? っていうことは、貴女は別に私が『マリー・フェールだから聞いた』って訳ではないということね?」


「……? はい、そうですが……」


「……そう……」


 と、言うことは。中等部にまで話が広がっているわけではないということに……?


 確信は無いけれど、だからと言って馬鹿正直に確認したら、墓穴を掘ることになる。


 あまりこういうのは得意では無いけれど……賭けてみるのも一つの手だろう。


「ええと、少し話を変えるけど良いかしら?」


「はい、どうぞ」


「その……最近、何か噂を聞いた?」


「……」


 無表情。だけど、僅かに困惑の色が見える。


「……と言うと……?」


「ああー……ううん、やっぱり何でも無いわ。忘れて」


「……はい」


 慣れていないことはするものではない。私、こんなんで社交界でやっていけるかしら。しかも何回も転生繰り返しているのに……まあほとんど記憶無いけど……。


「……あ、ですが」


「え! 何かある!? ある!?」


「え、あ、まあ……はい」


「……ごほん。ごめんなさい。続けて」


 急に食い付いてきたのにびっくりした様子だったが、変わらず無表情のまま話し始めた。


 ─────やっぱり、今日は休むべきだったと、後悔したのはすぐだった。




「……フェール様の、祝福姫のお話は、存じ上げております」

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