第13話 闇の魔獣

「あそこに、魔獣が……って、あれ?」


「……先生達が対応してくれているわね」


 駆けつけたは良いものの、既に先生達が応戦してくれていた。


 当たり前か。生徒達に対応させるなんて、問題になる。ただでさえ、闇の魔獣は『第3級』の魔物なのだから。


「マリー・フェール、ルーナ・ファンタズマ! なぜここにいる! 今すぐ校内へ戻れ!」


 まごまごしていると、先生が私達を叱った。


「で、でも……」


「良いのよ、ルーナ、戻りましょう。今、私達は邪魔になる。何かを守りながら戦うのは、思っている以上に大変だし、危険なの」


「……うん」


 そう言って、校内へ走り出した、その矢先────。


「きゃああああああ!」


 どこからか、生徒の悲鳴が聞こえた。


 もう、次から次へと…………!


「マリーちゃん、あそこ!」


 ルーナが指差す方向を見ると、一人の女子生徒の前に、闇の魔獣が今にも襲いかからんとしていた。


 見てみると、紺色のリボン────中等部の学生。すっかり腰が抜けて、動こうにも動けなさそうだ。


 先生達は校門付近の闇の魔獣に対応している。とてもじゃないけど話しかけられない、というか、話しかけてはいけない。


 ならば今、彼女を守れるのは…………。


「……っ! もう!」


 事前に用意していた剣を持って、魔獣の前に立ちはだかる。


「あ……」


「怪我はない?」


「は、はい…………」


「そう。なら良いわ。いい? 応援が来るまで、そこを動かないで。下手に動かれると困るわ」


「……はい」


 私は魔獣を見つめた。


「……立ち去れ。ここは、お前が来ていい場所ではない」


 お願い。これでどこかへ行って。


 言葉に魔力を込めながら言った。


 だが魔獣は少し唸って、すぐにまた大きく吠えた。


「ヴゥゥゥ…………ウガァッヴ!!!」


 こちらに向かって走り出す。もう、戦闘は避けられない……っ!


 私は剣を構えた。


 ────魔獣の首が切り落とされたのは、その直後だった。


 音もなく、魔獣の頭と胴体は分かれた。


「…………え」


 どすん、と頭が落ちる音がしたと同時に、凛とした声が響いた。


「怪我はないか、マリー嬢」


 真っ白な肌に、魔獣の赤黒い血はよく映える。


 涼しげな水色の目の彼を────ジル殿下を見て、私は一気に力が抜けた。


 アンダラス王国の最高戦力────『黒龍団』が来てから、闇の魔獣が討伐されたのは一瞬の事だった。


 ◆◇◆◇


「この度はありがとうございました、ジル殿下」


「構わない。むしろ、闇の魔獣を牽制しただけ、よくやってくれた。感謝する」


 そんな会話を少し交わして、ジル殿下は去っていった。


 きっとこれから、壊れた建造物の修復や、今後のことについて話すのだろう。


 私はというと、(怪我は全く無いけれど)保健室に運ばれた後、メントリー先生にこっぴどく叱られた。






「マリー嬢。いくら生徒を守るためとは言え、貴女の行動はあまりにも危険すぎます。ジル殿下が来てくださったから良かったものの、一歩遅れていたら、貴女が怪我をするところだったのですよ。分かっていますね?」


「……はい、軽率な行動でした。本当に申し訳ありません」


「はあ……貴女は1年生の頃から無茶をし過ぎです。とは言え、今回は生徒を完全に誘導しきれなかった、私達教師の責任もありますから、あまり強くは言えませんが」


 こめかみを押さえながら、何故か困ったように、メントリー先生は


「貴女に怪我が無くて良かったです。あまり無茶はしないように。分かりましたね?」


 と言った。


「はい。以後、気を付けます」


「……気を付ける、ではなく……まあ良いでしょう」


 そう言って、また先生は困ったようにため息をついた。


 ◆◇◆◇


「マリーちゃん、本っ当にごめんなさい!!」


「わ、ルーナ!? ちょっと、驚かせないでよ……」


「ご、ごめん……でも、すぐ謝らなくちゃって思って……」


「大丈夫よ、先生には叱られたけど、私は怪我は全く無かったし。あの中等部の子も、無事だったみたいだしね」


「そっか、良かった……でも、本当にごめんね」


 ルーナは、今にも泣きそうに、眉を下げた。そんな悲しそうな顔を見て、なんだか私まで悲しくなってきてしまった。


「大丈夫、大丈夫だから。ほら、帰りましょう? 今日は色々あったから、早く休んだ方が良いわ」


「うん……」


 しょんぼりとした顔をするルーナを見ると、やっぱり、私がついていなきゃ……という庇護欲に襲われる。


 別にそんなに落ち込まなくても良いのに……とか何とか考えているとき、ふと彼女の存在を思い出した。


(……そういえば、図書室で会った、あの女の子の名前、聞き忘れてしまったわ。……まあ、あまり会いたくないから、良いんだけど)


 礼儀としては、あまりよろしくないが……少なくとも今日は、もう会いたくなかった。


 だが、それにしても、と思う。


(……あの子、昔どこかで見たことがあったような……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る