第12話 まだ、災厄が起こるのは早い
翌日。噂が広まってるんじゃないか、とか、『あの事』が知られているんじゃないか、とか不安に思いながらも学校に行った。
「おはよう、マリーちゃん」
「……おはよう」
「おはよう。……マリー、あんまり無理しないようにね」
「うん……ありがとう」
あまり心配させないように────と言っても、結構精神的にきつい状態であるのはすでに知られているけれど────私は微笑んだ。
2人とも、心配そうな顔で私を見る。その表情は、どこかお父様とお母様を彷彿とさせるものがあった。
…………今日の授業、ちゃんと聞けるかな。
窓の外を見ると、今にも雨が降りそうな曇天だった。
◆◇◆◇
放課後。早く帰りたいのにも関わらず、課題について調べ学習をする羽目になってしまった。
2人とも委員会やら何やらで、結局3人でいることは出来ないし……。
仕方なく、1人で図書室に行く事にした。
この広い図書館に、余すところなくぎっしり詰まった本に、普段なら気分が上がるところだが、残念ながら今日はそんな風にもならない。
今日、一番良かったことと言えば、誰も祝福姫のことについて聞かなかったことぐらいだ。もちろん、これは本当に良いことなのだけれど。
しばらく気分上がりそうもないな……。
(それにしても、こんなに広いんじゃ見つかる本も見つからないわね……)
かれこれ5分は探しているし、確かに本の分類的にはこの棚なはずなんだけど……。
「……あ、これかな、もしかして」
うろうろしていると、何だかそれっぽい本を発見した。
手に取ってみると、探していたものに近い歴史書だ。
中身を確認しようと、本を開こうとした────その瞬間。
「申し訳ありません、少しよろしいでしょうか」
澄んだ、綺麗な声が横から聞こえた。思わず顔をそちらに向ける。
(って、この人……な、なんて美人なの……!?)
目の前の人は、さながら人形のようだった。
群青の髪はさらさらと、光を反射して煌めいて、肌は白いけど血色は良く、それでいて透明感がある。
髪と同じ色をした大きな目は、長く綺麗な睫毛に縁取られている。
高い鼻に、桃色の可愛らしい形の良い唇。それでいて、びっくりするほど整ったその顔立ち。
しかし、何故だろう。どこか懐かしさも感じる。
でもその懐かしさも打ち消してしまうくらい、そして、思わず同性の私でも見惚れてしまうくらい、美人。じ、人生で二度と見ないんじゃないの、こんな美人な人……!
ふと、首元のリボンに目が行く。
彼女の髪の色に近い、紺色のリボン。それは、中等部の生徒であることを示すものだ。
…………中学生!? こんな大人びた綺麗な子が!
まじまじと見すぎたのか、彼女は困ったように話し出した。
「……あの、私の顔に何かついているでしょうか」
「……はっ…………い、いえ、ごめんなさい、とてもお美しい方だったので、つい……ってあああ、ごめんなさい」
「……いえ、お褒めいただき光栄です」
そう言って、恭しく頭を下げた。その所作も、一つ一つが完璧だった。
……っていやいや、見惚れている場合ではない。
「あの、何か、お聞きしたいことがあったのでしょう? 私で良ければ、力になりますよ」
「ありがとうございます。ここの本棚に……」
一瞬、彼女は何かを躊躇ったように言葉を止めたが、またすぐに話し始めた。
「……『狂気姫』について書かれた本があるかどうか、ご存知ですか?」
──────頭が真っ白になった。
どくどく、心臓が嫌な音を立てて、汗がどっと吹き出す。
なぜ?
なぜ、こんな子が知っている?
だって、狂気姫は『王家の特別な部屋に隠された文献にしか載っていない』ことだ。
いや、だとしなくても、遠い昔に隠蔽されたものだ。
そしてなぜ、それを私に聞いた?
分かりたくない。でも、嫌でも分かってしまう。
段々冷静になってきた頭に、今度は黒い考えが出てきた。
この子はきっと賢い子だ。大人ですら知らない『狂気姫』の存在を知り、あたかも何も知らないかのように私に聞いていた。
一つ情報を与えれば、きっとすぐに真実が分かってしまう。
………………なら、真実が判明する前に、私が、今、この手で…………。
「─────マリーちゃん!」
そんな考えは、彼女の声によって一瞬で打ち消された。
「……ルーナ……?」
「マリーちゃん、お願い、助けて……っ!」
「何があったの、ルーナ」
「今、外に、外に……」
また、心臓が嫌な音を立て始めた。
─────まだ、災厄が起こるのは早いじゃない……。
「闇の魔獣が、現れたの……っ!」
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