第11.5話 【純白炎帝】は苦労人

「────しかし、それでは回転が悪いだろう」


「いくら回転が良くても、効果として発揮されなければ意味が無いでしょう。それこそ効率が悪いですよ」


 言い争いをする2人を中心に、ざわめきの波紋が広がる。


 2人は言い争い続け、やがてお互い手が出る────って、それは駄目だろ!


「待て待て待て待て! 拳で解決しようとするな!」


「ふ、フリード殿下……!?」


「止めろ止めろ! 何があった! 話なら聞くから!」


「……じ、実は……」


 ◆◇◆◇


「はあ……疲れた」


「あれ、フリード兄さん? どうかしたの?」


「ああ、ウィスか……いや、さっき兵士達が言い争いをしててな。拳で解決しようとしたから、止めたんだけど、そっからの話し合いが……」


「そ、そっか……お疲れ様」


 ウィスからの労いの言葉が出る。可愛い弟からのお疲れ様のお陰で、ちょっと元気になった。


「はあ……ちょっと、可愛い息子と甥っ子に癒されてくるわ……」


「い、いってらっしゃい」


 ◆◇◆◇


「やー! かすのやー!」


「……う、ううう……」


「り、リヴァオル様、アルヴィネ様におもちゃを……」


「いやー!!!」


「……」


 部屋に入ってみると……どうやら、赤ん坊同士で何やら揉めているらしい。大方、リヴァオルがアルヴィネにおもちゃを貸すのを嫌がっているだけだろうが……。


「ちょっと貸してくれ」


「え……ふ、フリード殿下!?」


 俺は目線を合わせるようにリヴァオルの前にしゃがみこんだ。


「リヴィ、アルネにおもちゃを貸してくれないか」


「や!」


「そうか、嫌か……」


 そう言って、俺はリヴァオルに手を伸ばした。


「これで最後の忠告だ。リヴィ。おもちゃを貸してくれないか?」


「……」


 ぎゅっと、ジルに似た目で俺を睨んで……


「や!」


 と答えた。


 しょうがない。そう、これはしょうがないことだ。


「そんな悪い奴には……こうだ!!」


「!? あははははっ、や! や! こちょこちょや! あははははっ!」


 鉄拳制裁という名のこちょこちょで、俺はリヴィとアルネの喧嘩を無事(?)解決させた。


 ◆◇◆◇


「休憩だ! 各自水分補給をしろ! 10分後に練習を再開する!」


「は!」


 そう言うと、彼女は水筒へと手を伸ばし、そのままごくごくと水を飲みだした。


 口を離し、水筒を置いたのを見計らって、俺は彼女を引き寄せた。


「!?」


「お疲れ、リリー」


「……ふ、フリード様」


 真っ直ぐな黒目が、俺を見つめる。


 九つの名家の1つ、【力】を象徴するパーリィ家の出のリリーは、この国で一番の武術に長けている。


 彼女の武術には誰も叶わず、俺もジルもカミリアも、一回も彼女に勝ったことが無い。


 噂では、あのヴィグルでさえも敵わなかったらしいが……。


 まあ、そんなわけで、彼女はアンダラス城の専属武術講師として雇われている。


「殿下、今は訓練中です。お引き取り願います」


「そこを何とかお願いできないか、リリー。一瞬、一瞬だけいつものリリーに戻ってくれないか」


「後でいつでも出来ます。お引き取りを」


「いや、今じゃないと駄目だ。朝っぱらからジルとミリィの喧嘩に巻き込まれ、カミリアとティアの言い争いに巻き込まれ、兵士達の言い争いの仲介に入り、仕事に追われ、部下に指導を頼まれ、リヴィとアルネの……ああもう以下略以下略。とにかく、一瞬で良い。俺を癒してくれ」


 我ながら情けない。我ながら情けないが、疲れているのは事実。これでは訓練も仕事も身に入らない。ああ困った困った。


 そういう思いをこめてリリーを見つめると、観念したように彼女はため息をついた。


 そうしてきょろきょろ辺りを見回し、周囲に誰もいないことを確認して─────俺を抱きしめた。


「お疲れ様です、フリード様」


「あー……いつものリリーだ」


「……あまり顔を近づけないでください。今、私、汗臭いので……」


「リリーはいつも良い匂いだ」


「……っ、か、からかわないでください……」


 消え入りそうな声で、そう言った。


 白い肌を真っ赤に染める姿は、先程の厳しい講師としての姿からは想像もつかない。


 普段は初心で、純粋なのに、いざ武術をするとなると人が変わるのだから、不思議だ。


「……フリード様はたくさんの人に好かれていますし、人の気持ちを分かってあげられるお方ですから。きっとそれで、皆さんに頼られるのでしょう」


「……そうか?」


「そうですよ。でも、あまり無理はなさらないでくださいね」


「……ああ」


 背中をゆっくりと撫でてくれるリリーが愛おしくて、ぎゅっと抱きしめた。


 ◆◇◆◇


「……休憩時間が終わるので、そろそろ失礼します」


 すっと離れた彼女の顔は、いつもの講師のように思えた────が。


「……っ!?」


「? どうした?」


「い、いえ……何でも」


 そういう割には真っ赤な顔で、


「何でもありません!!」


 と言って、訓練場へと向かった。


 その挙動に首を傾げていると、後ろから


「……こんなところでべたべたするのは止めろ」


 と聞こえてきた。


 振り替えると、ぎろりと弟───ジルに睨まれた。


「悪い悪い」


「悪いと思っていないな、その顔は」


 そう言うと、仕方なさそうにため息をついて


「こういうところは似なくて良いんだけどな」


 と言った。


「まあ、お互い様ってことだろ」


「……まあ、な」


 そんな会話を交わしながら、俺達も訓練場へと歩きだした。

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