第11話 動き出す歯車

「……あれ、こんな本、ありましたっけ」


 私は机に置かれている、見慣れない本を見つけた。


「……歴史書、ですか。しかし、こんな古い本、いったいどこから……」


 ぱらぱらと適当に捲ると、ふと気になる所があった。


(祝福姫……そういえば、高等部の先輩に、祝福姫様の生まれ変わりがいらっしゃると聞いた気がする……名前は確か……マリー・フェール様)


「……載っている内容は、学校で習ったものとほぼ同じですね……ん?」


 思わず、その言葉に、私は手を止めた。


「…………『狂気姫』?」


 聞いたことのない言葉だ。祝福姫と似たようなものだろうか。しかし、それならば学校で習っているはずだ。私が忘れてしまっているだけだろうか。でも……。


「……狂気姫の誕生は不定期で、直近だと100年前、キラー村で……」


「────ああ、そこまでそこまで。その本は回収だ」


「!? 誰ですか!」


 声のする方を見ると、フードを被った誰かがいた。窓から部屋に入ってくるのを見て、私は剣を持ち、臨戦態勢を取った。


「……メチレル家の領土に入るとは、中々の度胸ですね。しかも、私の部屋に」


「まあ、そうでもしないと『出会わない』からな」


「出会わない?」


 私がそう言うと、目の前の男は突然消えた。


「な……!? どこに……」


「俺はお前達に興味はない。ただ、俺が望む世界を取り戻すために、この世界を壊しに来ただけだ」


 真横。すぐそばにいる存在に、私は息が止まった。


「『狂気姫』を知りたければ、自分で調べるんだな。俺は、そのきっかけを与えに来ただけにすぎない。それじゃあ」


 彼の左目が、赤く光った気がした。


 ◆◇◆◇


「……ん、あれ?」


 しまった、寝てしまっていたみたいだ。我ながら珍しい。まだ宿題も勉強もしていないし、夕飯も食べていない。


 しかし、いつの間に眠っていたのだろうか。その記憶が無い。


 いやいや、その前に、宿題だ、宿題。あと少しなのだから、急いで終わらせないと。


 そんなことを考えているうちに、なぜか、ある一つの言葉が頭に浮かんできた。


「……『狂気姫』」


(……狂気姫……?)


 自分で言っておいて、自分でもよく分からない。でも、一つ分かるのは……調べなければならない、という、謎の使命感が心の中にあるということ。


(明日、学校の図書館で調べてみますか……)


「ルイス様、夕食のお時間でございます」


「はい、今参ります」


 従者が扉越しに声をかけてきた。私はローブを羽織って、扉を開けた。


 それにしても、本当、何で眠ってしまっていたのだろう……。


 ◆◇◆◇


「リリー、いくら春でも、風呂上がりは体が冷えるぞ」


「あ……ごめんなさい、フリード様」


 上着をかけてやると、リリーははにかんだ。


「星が綺麗で、つい」


「……確かに、ここ最近は特に綺麗だな」


「そうですね……」


 そう言いながらも、リリーはどこか物憂げな様子だった。


「リリー?」


「……ごめんなさい、ただ、マリー様が少し心配で……」


「……気持ちは分かる。まだ彼女は学生だし、俺も妹達と同じ年頃だと考えると、とても不安だ。だからこそ、支えてやらなければ」


 彼女は祝福姫だ。だがそれ以前に、一人の人間でもある。


 だが、それよりももっと、何か大切なことを忘れている気がする。


 俺は彼女に、何か話さなければならない気がするのだ。


 いや、彼女だけではない。リリーにも、ルナにも、ティアにも、ジルにも、ルーナ嬢にもエルザ嬢にも、────まだ出会ったことのない、誰かにも。


 でも、それが誰で、いったいなぜ話さなければならないのか。


 それは未だ、分からずにいる。


「……フリード様?」


「……すまない、ぼーっとしていた。部屋に戻ろう、リリー。アルヴィネが起きるかもしれないしな」


「そうですね……行きましょう」


 穏やかに微笑む。俺はその笑顔に安心すると同時に、どこか不安も覚えた。


 妙だな、祝福姫の一件があったからだろうか。酷く胸騒ぎがするし、それに何より───何かが動き始めた、そんな気がしてならないのだ。


 ◆◆◆◆


『お願い、───。逃げて』


『なんでだっ……! 俺だって、まだ戦える! それに、回復だって……!』


『駄目だ、───。どちらにしても、お前は最後まで生き残るんだ。だから、お前にしかできないことを、託したいんだ』


『でも、でも……!』


『───さん。もう時間が無い。後は任せましたよ』


『おい、待て、待ってくれよ、───、───、───!』


『───。あの子を……──────を、頼んだわよ』




 俺は、最後に死んだ。いや、それまで、死ねなかった。


 俺は、役目を果たすまで、もしくは条件が揃うまでは死ねなかったから。


 なあ、答えてくれよ……お前達は、本当にこれで良かったのか?


 お前達は今どこで何をしているんだ?


 俺は……お前達と、また、出会うことは出来るのか?

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