第7.5話 【漆黒氷帝】の1日

 コンコン、とドアを叩く音が微かに聞こえた。


 目を開けると、カーテンの隙間から光が射している。


 何となくそのままぼうっとしていると、ドアの外から声が聞こえた。


「ジル殿下、おはようございます。朝の準備に参りました」


「……入れ」


「失礼致します」


 きぃ、とドアが開くと、少し暗くても分かるぐらい、はっきりとした白髪が目に入る。


「おはようございます」


「……おはよう」


 侍女────ティアが、カーテンをさっと開けると、朝の光と共に、他の侍女達も入ってきた。


「……ティア、今日の予定は」


「はい。この後はいつも通り訓練場で運動をしていただいた後、再度体を整えて頂いて、朝食をお取りいただきます。その後は、日頃の業務と、赤龍団との合同訓練でございます」


「……そうか。ありがとう」


 話を聞いている間に、訓練服に着替え終わっていた。


「じゃあ、行ってくる」


「行ってらっしゃいませ」


 ◆◇◆◇


「おはよう、ジル! 相変わらず今日も無表情だな!」


「……お前、逆に俺がにこにこしてたらどうするんだよ」


「そんなのジルじゃねえよ、気味悪ぃなあ」


 何を当然の事を……と言ったような感じで、カミリアは言った。


 カミリアは、こんなでも黒龍団────特に、魔獣や戦争など、戦闘に特化したアンダラス王国の護衛団体────の副団長だ。


 ぱっと見、こんなちゃらんぽらんな奴が副団長なんか務まるようには見えない……が、仕事は出来るし、人望も厚いしで、有能ではある。


 そして(別に自分の地位を特別上に見ている訳ではないが)俺に並ぶ剣術の実力者だ。


 剣ならもうここ十数年、カミリア以外の誰にも負けていない……言い換えれば、カミリアとの勝負では、必ずしも勝てるというわけではなく。


 そんなだから、訓練には持ってこいなのだ。


「しっかし、お前も随分変わったよなあ」


「……何が」


「ヴィグルに教わってた時は、まだ素直で可愛げのある王子様だったのに……」


「……お前も、そこまで無遠慮では無かったな」


「あははっ、それもそっか」


 鈍い金髪の髪を揺らしながら、カミリアは快活に笑った。


 カミリアと俺は、ヴィグル……かつて黒龍団の団長であった男の、兄弟弟子だ。


 俺達は、ヴィグルに剣の術を教わって、ここまで強くなれた。


 ……今はもう、亡き人であるが。


「じゃ、ジル。いっちょ、朝の運動しようぜ」


「……望むところだ」


 お互いに剣を構える。


 朝日が剣に反射して、鈍く光った。


 ◆◇◆◇


「ジル、ちょっと良い?」


「何だ」


 朝食後、カミリアに勝てて上機嫌の俺は、ルナに話しかけられた。


「あのね、今度キリエ商会の方と商談したいと思っているのだけど……出来れば、ジルとも一緒にお話ししたいんですって。だから、都合の合う日を明後日までに教えてもらえる?」


「分かった」


「ありがとう、ジル」


 にこりと笑うと同時に、耳のアクセサリーが静かに揺れた。


「……耳」


「ん?」


「新しいものか、それは」


「うん、そうだけど……似合ってる?」


「……さあな」


「ふふ、ありがとう」


 鈴を転がすような声色で笑った。


 綺麗とも似合ってるとも言っていないのに、そんな事を言えるのは────俺が素直に褒めることが出来ないのを見透かして、だろう。


 そういった、人の心理状況を読み取るのに長けているルナは、商談や他の仕事でも多くの成績を残している。


 九つの名家の一家で、商売事に向いているアネモス家の血を受け継いでいるだけある。


 でも何だか、手のひらで転がされているだけではつまらない。


 俺はルナを引き寄せた。


「……っわ」


「綺麗だ」


「……え」


 大きな青い目を見開いた。


「……綺麗だと言ったんだ。目の色に、よく合ってる」


 びっくりしたような顔をして、そのまま頬を赤く染めた。


「あ……その……あ、ありがと」


 へにゃ、と少女のように、照れ笑いをする。


 ……何だか、こっちまで恥ずかしくなってしまう。


「……あのー……もういいか?」


 2人で何だか気まずくなっていると、ふと横から声がした。


 横を見てみると、そこにはフリードがいた。


「お前ら……朝からいちゃつくな。珍しいものが見れたからいいけど、余所でやってくれ」


「……悪いな」


「おま……悪いと思ってないだろ……まあ良いや、行くぞ。今日は俺達との合同訓練だろ」


「ああ……。ルナ、予定は明日までに言えるように確認しておく」


「分かった、ありがとう。2人とも頑張ってね」


 顔が少し赤らんだまま、ルナは俺達を送りだした。


 部屋の外を出ると、朝日が廊下の窓からきらきらと差し込んでいるのが見えた。


 一日は、まだ始まったばかりだ。

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