第9話 緊急会議

 ぎい、と音を立てて扉が開いた。


 部屋を見つめる。私達以外の全員の視線が一気に集まる。


 私は喉から声を絞り出した。


「……お待たせ致しました。マリー・フェールです。本日は、よろしくお願い致します」


 何故。


 一体何故、こんなことに────。


 ◆◆◆◆


『……祝福姫の正体が、知られてる……?』


『……それは誰から聞いたの?』


『噂話よ。たまたま聞いたの……さっきね。しかも、九つの名家に関わるような人物でもない───本当に、ただの女生徒がね』


『その子達は、どこまで知ってるの?』


『聞いてる限り、マリーが祝福姫の生まれ変わりってことだけだと思うわ』


『じゃあ、他の事は……』


『……マリー。マリー! 大丈夫?』


『……あ、あはは……結構まずいかも。……今、ちょっと体調悪いかな』


『……あんたは保健室で休んできなさい。後は帰るだけなんだから、それまでぐらいなら良いでしょ』


『……うん、そうするよ……ありがとう』


 ◆◆◆◆


(……気持ち悪い)


 吐き気がする。正直言って、全てから逃げ出したい。


(もう嫌なのよ……『あんな事』は……)


「忙しい中、よく来てくれた。座りたまえ」


「……はい、お心遣い、感謝致します。失礼します」


 そう言って、私達家族は腰かけた。


 ちら、と横を見る。お父様もお母様も、緊張と不安を漂わせていた。


「では、これから、会議を始めたいと思う。今回の議題は、皆、知っての通り、祝福姫───マリー嬢についてのことだ」


 陛下が冷静に話し始める。その威厳溢れる姿に、余計緊張する。


 ────ミーリス・ニーケー・アンダラス様。炎を思わせるような、赤い髪と目。この王国の現国王であり、ミリィやジル殿下の父でもある。その雰囲気や顔立ちは、ミリィとジル殿下に受け継がれたらしい。


「現在、マリー嬢の件────マリー嬢が祝福姫である情報が漏れている、ということは書類で伝えさせてもらった。現在は『マリー嬢が祝福姫であるという噂』程度に留まっているが、これから先真実が明らかになることも十分予想される。今回はそれによって起こる被害と影響について再確認し、解決策を話し合っていきたい」


 陛下は一度私たちを見回して、一息おいて、また話し始めた。


「一つ、マリー嬢、及びフェール家への風評被害。二つ、魔物たちや旧魔王軍への情報開示、人々への襲来が激化したり、直接マリー嬢へ攻撃してくる可能性の上昇。三つ、国民の九つの名家への信頼が失くなり、災厄への対策が講じにくくなるということ。主にこの三つが問題であると考える。他に何かあるか」


 辺りは、以前静まり返ったままだった。


「……まず一つ目の問題について。これはもう、これ以上の情報が漏れることを防ぐ他ない。我々が全力でフェール家を支援する。これに関しては一つ、皆に聞きたいことがあるが……それは後で聞くとしよう。二つ目の策に関しては、皆の戦力と、赤龍団と黒龍団、情報収集の組織を駆使して、全力で国民を守る。これと同時に、三つ目の問題を避けるためにも、今のうちに災厄への対策を講じたいと思うのだが、良いか?」


「……陛下のお心のままに」


 陛下以外の全員が、声を揃えてこう言った。


 部屋の中には陛下のお声と、陛下の秘書であり近衛でもあるジェームズ様が内容を纏めるためにペンを走らせる音しか聞こえない。


 ぴんと張りつめた静寂は、今にも逃げ出しくなるようなものだ。


「まず、赤龍団。今まで通り街や国の護衛に回るのはもちろんだが、今まで以上に警戒し、また魔物の位置情報や拠点、住みかなどはよく観察しておくように。詳細はまた後に話そう。フリード、頼んだぞ」


「はい、陛下のお心のままに」


 フリード様はそう言って陛下に敬礼をした。


 特に意識していなかったけれど、次の瞬間、顔を上げたフリード様と目があってしまった。


 私は咳き込んだふりをして、目があった気まずさを誤魔化した。


 フリード・フォン・アンダラス様。この国の第一王子であり、ジル殿下の双子のお兄様であり、赤龍団の団長でもある。【純白炎帝ブラン・フラムアンペラル】の力を象徴するかのように、髪は雪のように白く、目は鮮血のように赤い。私の目の色よりも鮮やかで、それはいつ見ても「生」を感じさせるようなものだ。


 あまりお話ししたことはないけれど……どこか安心感を覚えるような、不思議な方だ。


「次に、黒龍団。ここも普段と変わらず訓練や警備を心がけてほしいが……いつ魔物と戦うか分からない以上、常に万全の状態を保つように。魔物との実践や、模擬戦を行うかどうかはそちらに任せるが、そればかりに囚われて、実際の戦闘が疎かにならないように。また、赤龍団と協力して、魔物側の情報を常に最新にするように」


「はい、陛下のお心のままに」


 そう言って、ジル殿下も敬礼をした。


 ◆◇◆◇


 その後も、次々と決まっていった。


 各九つの名家は、自分達の領土の防御体制を強めること。私やルーナ、エルザには祝福姫であることを絶対に口外せず、何か言われても上手く躱すこと。魔物たちがいつ襲撃しても良いように、貯蓄や避難所などの体制を強めること。


「祝福姫がいるということは、近々災厄が起こることを意味する。今年でマリー嬢は17歳だ。もう、いつ起こってもおかしくない。……マリー嬢にとっては、触れられたくない話題かもしれないが……」


 少し、申し訳なさそうに顔をしかめて、陛下は言った。


「…………もう二度と、100年前の事件のようなことは起こしてはならない。次はもう誤魔化すことは困難で、またマリー嬢にとっても非常に辛いことになる。貴女も気を付けてほしいが、我々も全力で貴女を支援する。……もしも、災厄が起きてしまったとき。その時は、よろしく頼む」


「…………はい、陛下のお心のままに」


 私がそういうと、これで話に一旦区切りがついたのだろうか、少し皆の緊張の糸が緩んだ気がした。


「……では最後に、皆に一つ聞きたい」


 陛下は私たちを見つめた。


「…………情報を流出させたのは、誰だ」


 空気が一気に凍る。陛下は炎属性であるにも関わらず、ジル殿下の魔法よりも冷たい声で言った。


 陛下は無表情だが、軍人でも腰を抜かして逃げそうなほど、恐ろしい雰囲気で私たちを見回す。


「……この場で言っても出ないと言うのは分かっている。もしも、意図して流出したものでないのなら、私も見逃そう。遅かれ早かれ、災厄が起きたら、マリー嬢が祝福姫であることもじきに分かる可能性も高まる。しかし、私が言いたいのはそういうことではない」


 こんなにも恐ろしいのに、陛下から目が離せない。陛下はそんな私達を知ってか知らずか、話を続けた。


「……私は、この中に罰せられると分かっていながらも、情報をわざと流出した愚か者がいる可能性があると知って、非常に落胆した。私も舐められたものだな。覚えていろ。貴様らのうち誰か一人がいなくなろうと、この国は回るのだ。むしろ、そのような愚か者は、いない方が世の為だと言うことを、ゆめゆめ忘れるな」


 威厳、という言葉だけでは済まされないほどの威圧感を持っている。そのことを、改めて思い知らされた。


「私の家族と、ジェームズ、ティア、フェール家の者は残れ。その他の九つの名家は帰って良い。新たな情報が入り次第、すぐにこちらに連絡するように。以上だ」


 そう言って、陛下は一旦会議を終わらせた。

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