第7話 秘密の漏洩

「これから講師を担当します、レオ・アルフリーです。よろしくお願いします」


「よろしくお願い致します」


 今日は初の能力学の実技授業。


 実技授業では、一人一人に担当の講師がつくらしい。


「マリー嬢は『創造能力』をお持ちですね?」


「はい」


「分かりました……ではまず、一番簡単なものを作ってもらっても?」


「はい、分かりました」


 想像する。とりあえず、手っ取り早く作れるのは……。


「……木箱ですか」


 先生が、それを手に取る。いつもより綺麗に出来ているはず。


「……お上手ですね。では次に、一番難しいものを、お願いします」


「……難しいもの」


 とは、何だろう。


 一瞬、生物が頭に過ったけれど、いやいや、それはご法度。法律でも禁止されているし、全能力者の間での、暗黙の了解となっている。


 となれば作れるのは……。


「……おお」


 魔力を思い切りこめる。こんなに集中したのは久々……。


「剣ですか。これは素晴らしい」


「……ありがとうございます」


 体力がごっそり持っていかれる。最近、能力をあまり使っていないからか、体が鈍っている。


「剣は、ご自身で作ったものを利用されているのですか?」


「いえ、お店で購入したものを……やはりこういうものは、職人に任せた方が一番ですから」


「なるほど、確かにそうですね。いやはや、それにしても素晴らしいです。感激致しました」


 アルフリー先生は、にこりと笑って


「授業の時は、全力でサポートさせていただきます。よろしくお願いいたします」


 と言った。


「ええ、こちらこそ」


 私も彼に向かって微笑んだ。


(……まあ、とは言っても、もう1つの能力の方は、この人でも扱いきれないでしょうけど)


 そもそも、能力欄にもう1つの方は、載っていないのだ。存在自体知らないのだから、意味もない。


 とは言え、この能力を使うことも、なかなか────いや、もう無いと信じたい。


(……嫌だな。この能力を使うことになるほど、また私が、皆が……)


 ◆◇◆◇


「……そろそろ、かもしれないな」


「そうですね。やはり、祝福姫が誕生した以上、災厄は避けられない」


「ああ……彼女に罪は無い。一番の悪は、彼女の魂や我々を狙う魔物達だ。だが……」


「私達が出来るのは、なるべく被害を抑えるために、備えることぐらいです。後は、彼女への支援……」


 重い空気が部屋にこもる。男は、苦々しく呟いた。


「……それで済めば良いのだ。問題は……」


 ◆◇◆◇


「本当に、久々だったわ」


「疲れちゃったよ、全く……」


「2人とも、結構体力使うもんね……」


 ルーナが心配そうに声をかける。けれど、ルーナも少し顔をしかめて、こめかみを押さえた。


「ルーナは頭を使うから……今頭痛いでしょ?」


「うん……頭痛薬、頭痛薬……」


「後でミリィにでも貰ったら?」


「あ、そっか……そうだね、そうしようかな。ありがとう、エルザちゃん」


 ルーナは疲れたように、ふわりと微笑んだ。


「さ、ご飯でも食べましょ~」


「そうだね~」


 ほわほわとした雰囲気が漂う。


 ───それが打ち壊されたのは一瞬の事だった。


「……マリー」


「うん? ……ってミリィ!? どうしたの、そんなに青ざめて……」


「大丈夫?」


「……大丈夫じゃない。かなりまずいことになったわ」


「……え?」


 ミリィは、静かに、絞り出すように言った。


「───知られたわ」


 ◆◇◆◇


「がっ……!」


「腰の位置が高い。もっと低い位置にしろ。それから俺だけを見るな。周りを見て、距離感を掴め」


「……っは! ご指導感謝致します!」


「……また何かあったら言う」


 そう言って、別の団員の所に行こうとした───が。


「おーい! ジルー! ちょっと手伝ってくれー!」


 声のする方に目をやると、ぶんぶんと手を振っている奴が見える。


「……たく、俺を何だと思ってるんだ。さっきも呼んでただろ……」






「いやー、ありがとなジル! 助かったぜ!」


 高い位置に結ばれた、少し暗い金髪を揺らしながら、カミリアは言った。


「これぐらいお前1人で運べるだろう」


「いやいや、私ももう年でさー」


「俺と同い年だろ」


「やっべ、ばれちまったか……」


「ばれるもなにも無いだろ……」


 そう言うと、カミリアは快活に笑った。


「あはは、冗談だよ。お前がいることによって皆に生じる緊張を、少しの間だけでも解そうと思っただけさ」


「……つまり休ませようと?」


「人聞きの悪い……ま、そういうことだけどな」


「俺は戻るぞ」


 訓練場に戻ろうとすると、慌てて止めに入ってきた。


「待て待て、お前もあんま休んでないだろ? それに私、今のうちにお前と話したいことがあったんだ」


「……何だ。手短に話せ」


「つ、冷てえ……お前の魔法じゃないんだから、もうちょい温かく接してくれよ」


「早く」


 そう急かすと、少し不満げながらも話してきた。勢いよく俺の肩に腕を回して。


「近い」


「あんま聞かれちゃ駄目そうなんだよ」


「……?」


 いつになく静かに、ぼそぼそと喋り始めた。


「───祝福姫が17歳の誕生日を迎えた後ぐらいに、災厄が起こる。今年で、祝福姫は17だろ」


「……何のことだ」


「しらばっくれんな。マリー・フェール嬢。そんなこた、知ってる奴は知ってる」


「……!? おい、それはどういうことだ」


「……そんなに驚くことか? 別に城内だけなら問題ないんだろ?」


「……違う」


 嫌な予感がした。久々だ、こんなに不安が煽られるのは。


「……その情報を知っているのは……本来なら、限られた人間だけだ」


「……え?」


「フェール家の人間は当然知っているから除くとして、九つの名家の当主、俺の兄弟、例外として、ファンタズマ家のルーナ嬢と、アマルテミル家のエルザ嬢、それから、ティア、ルナ、リリー、ジェームズ……全部で21人だけのはずだ」


 カミリアは目を見開いた。そして重々しく口を開く。


「……まじで言ってんのか、それ。だとしたら、かなり不味いぞ。今、城内の人間は知っている奴がそこそこいる。私だって例外じゃない。それに───」


「カミリア」


「なん……」


 ひゅっ、と息を止める。恐る恐る、といった感じで、苦笑いしながら言った。


「おいおい、ジル……怖いじゃないか、その顔……殺されるかと思ったぜ」


「……内容によっては、な」


 カミリアは静かに距離を置こうとしたが、俺はそれを許さなかった。


「答えろ、カミリア。お前はどこまで知っている」


 静かに、緊張した面持ちで、カミリアは答え始めた。


「……言い出しっぺが言うのも何だが。さっき言ったことぐらいしか知らない。だが、周りの奴らは、祝福姫がマリー・フェール嬢であることぐらいしか知らないだろうな。災厄が起こるときが、だいたい祝福姫が17歳の時っていうことと、その災厄が魔物による襲撃っていうのは、文献読んだ奴ぐらいしか分かんないだろ。……私みたいな」


「……それ、だけか?」


「ああ、少なくとも、私が知っているのはな」


 それならば。


(『あの事』は、流石に知らない、か……)


「ジル」


「……フリード?」


 後ろを振り向くと───珍しくしかめっ面をした、双子の兄がいた。


「緊急事態だ……」


 フリードは、苦々しく言い放つ。


「……祝福姫について、今すぐ話すぞ」


 3人の間に緊張が走った。

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