第5話 【漆黒氷帝】との記憶

「ミリアスは迷惑をかけていないか」


「全く。むしろ、聡明な方ですから、楽しくお話しできました」


「そうか。良かったな、ミリィ」


「うるさいなあ! エルザ、変なこと言わないでよ!」


 不機嫌そうに抗議する。ミリィはエルザをぎろりと睨むけど、エルザは全く気にしていない。


「お兄様も余計なことを言わないで。あとどいて! 明日学校だから、そろそろ皆は帰らないといけないの!」


「ああ、すまない。そうだ、馬車でも手配しようか」


「ご好意感謝致します。ですが、こちらで既に手配しておりますので、お気持ちだけ受け取らせていただきます」


「そうか。では、お気をつけて」


「お心遣い感謝致します」


 私は当然、流石のルーナとエルザも殿下相手には敬語で対応している。


 緊張を表に出さないように、通りすぎようとした時、ジル殿下に呼び止められた。


「そうだ、マリー嬢。昔した話を覚えているか?」


「……え」


 後ろを振り向くと、ジル殿下は、何を考えているか分からない目で、私を見つめていた。


「……それは……」


「ああ、覚えていないなら良い。随分昔の話だし、私も正直うろ覚えだ。気にしないでくれ」


「は……い。失礼します」


 私は礼をして、その場を去った。


 ◆◆◆◆


『陛下! 祝福姫の生まれ変わりが現れたようです!』


『……どこの誰だ』


『フェール公爵の令嬢、マリー・フェール嬢です!』


 その会話が眼前で繰り広げられていたのを、俺は覚えている。


 俺は、あの時────そうだ、まだ11歳だった。もう12年前のことだと言うのに、割と覚えているものだ。マリー嬢は5歳なのにも関わらず、やけに大人びていた。


 ……当たり前か。なにせ、何度も転生を繰り返してるのだ。だからこそマリー嬢が祝福姫の生まれ変わりだと判明したわけだし。


 ……だが、俺と初めて会った時、聞いていた雰囲気と、何か『違っていた』。



『私達よりも、あの子達の方が、ずっと上手くやってくれたみたいね。だって、こうやって話せるようにしてくれたんだもの』


 ◆◆◆◆


「……マリー・フェール」


 俺は、あの令嬢に、何か話さなくてはいけないような気がする。 


 だが、その「何か」が未だ分からずにいる。


 本当に、本当に、大切な、何か……?


「マリー様が気になるの?」


 ふと後ろを振り返ると、俺に似た子を抱えた妻がいた。


「……まあ。否定はしない。ミリィの友達だし、祝福姫だしな」


「そう思ってても、愛しの妻の前でそういうことを言うのは止めた方が良いわよ。私が嫉妬するから」


「……いちいちこんなことで嫉妬なんかしないだろ、ルナは」


「分からないわよ。もしかしたら寂しくて泣いちゃうかも。ねえ、ティエラ?」


「……?」


 何を問われているのか分からずに、ただぼんやりと、娘は───ティエラは、ルナを見ていた。


「……きっとルナより、今一人でいるだろうリヴァオルの方が寂しくて泣いてるだろ」


「ふふ、それもそうね。でもまあ、今はリリーに見てもらってるし、アルヴィネと遊んでいるから。一人ではないわよ」


「……それとこれとは別だ」


 そういうと、鈴を転がしたような声で、静かに笑った。その微笑みは、仕事をしている時の微笑みとは大違いで、ただただ愛を家族に向けている───そんな笑みだった。


「ジルの言う通りね。じゃあ、私は戻るわ。ジルはどう? 一緒に行くでしょ」


「……時間があるからな」


「照れ屋ね、時間が無くても来る時は来るでしょ」


 そうやってまた、ルナは静かに笑った。


 ◆◇◆◇


『マリー嬢。昔した話を覚えているか?』


「……」


 どれだ。どの話だ。


 いや、どの話だと言っても、彼と話したことなんて数回しかないから、絞り込むことは出来るだろうけど。


 一体、何の話だったんだろう……。


 そう考えている内に、段々眠気が私の思考を蝕んでいった。


 ◆◆◆◆


『ねえ、見て見て!』


『ん……? うわあっ!?』


『あはははは! 引っかかったわね!』


『おい! 逃げるな!』


『貴方なら追い付けるでしょ! ほらほら、ここまで来なさいよ!』


『ふざけんな!』


 これは、いつの記憶だろうか。


 遠い昔のことだということしか、覚えていないが。


 1つ、確かなことがあるとするならば。


 この時の私たちは、助けを求める声に気づかなかった、愚か者だったということだ。

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