第4話 懐かしい人との再会

「久しぶりだね、お城に来るの!」


「ルーナ、はしゃぎすぎ」


「まあまあ、これぐらい良いじゃない、エルザ」


「……まあ、ね」


 私達の様子に、ミリィはふんと鼻で笑った。


「私から見れば、エルザも似たようなものだけどね」


「……ミリアスちゃん、人のこと言えないと思うよ」


「うるさいわね!」


 ちょっと顔を赤くして抗議する。


 確かに、ミリィはいつもよりもおしゃれで、髪もリボンで結われている。こうやって4人集まるのも久々だから、浮かれているのでしょう。何だか微笑ましくなってしまう。


「やあ、ミリィ。これからお茶会?」


「あら、ウィス。そうよ、言ってなかったかしら」


「んん~……僕が忘れちゃってるだけかも」


 そう言うと、ふんわりとした笑顔でこちらを向いた。


「久しぶり、マリー嬢、ルーナ嬢、エルザ嬢」


「お久しぶりでございます」


「やだなあ、固くならなくて良いのに」


 そう、困ったように笑った。


 ウィスティリア・ピアリス・アンダラス様。ミリィのお兄様で、【黄金光帝ジョヌ・ルミエルアンペラル】の力を持つ方。


 そして、この国の第3王子。


 金髪に薄い黄色の目。女性の様な、可愛らしい顔立ち、穏やかな口調、優しく聡明で、魔法や学問にも優れている……そんな彼は、男女問わず人気だ。


 そう、本当に良い人のはず。だけど……。


(やっぱり、何だかこの方の笑顔は……好きになれない)


 昔からそうだ。私は、この方の笑顔を純粋な「笑顔」として受け取れない。


 きっと、こんなことを思う私はあまりよろしい性格ではないと、分かっているけれど。


(……ちょっと、苦手なんだよなあ)


「本当、ミリィに素敵なお友達がいて良かった。これからも、仲良くしてくれると嬉しいな」


「もちろんでございます」


「ちょっとウィス! 余計なこと言わないで!ルーナも答えなくて良いから!」


 ミリィは、色白な顔を真っ赤に染めて抗議した。


 ……本当、ウィスティリア様は良い人だ。


 ◆◇◆◇


 様々な植物が生き生きと天を見ている。どれも美しく、私は感嘆のため息をついた。


 ミリィの外部屋では、多くの植物が育てられている。天井から、太陽の光が降り注いできていて、暖かい。


 ミリィの様に、植物を育てるのに長けている人のことを、『緑の手』と呼ぶらしい。


 ずっと昔、異世界から伝わってきた言葉だと聞く。


 草属性というのもあるかもしれないが、それでも、一般の庭師よりも植物を育てるのが上手いということが分かる。


「相変わらず、綺麗ね、ミリィの育てる植物は」


「……そう?」


「そうだよ! エルザちゃんの言う通り、ミリアスちゃんが育ててる子達って、すっごく綺麗だよ!」


「……当然よ」


 口では余裕そうに言っているけれど、内心、すごく喜んでいるんだろうなあ。耳赤いし。


 その時、扉がノックされた。


「入りなさい」


「失礼します」


 扉が開かれる。その向こうには、ついぞ会いたいと思っていた方がいた。


「ティア様、ごきげんよう」


「ごきげんよう。マリー様とお会いできて光栄でございます」


 深々と頭を下げる。彼女が顔を上げたとき、その端正な顔に、私は羨んだ。


 ティア・カンパニュラ様。そう、彼女は、ジル殿下に仕えている方だ。


 カンパニュラ家の方は、少し特殊。同じ九つの名家だけど、王族であるアンダラス家に代々仕えている。


 学校では、大昔に助けて貰った恩として王族に仕えていると習ったけれど。果たしてそれが本当かどうか、数年前から歴史学者達の話題になっている。


 真偽はさておき、そんなわけだから、カンパニュラ家の方は、九つの名家として出ない限り、基本は一般人として扱われているらしい。とはいえ、本当の一般人からしてみれば、畏れ多いのだけれど。


「ありがとう、ティア……あ、この焼き菓子」


「はい。以前、ミリアス様がお気に召していたので」


「……流石ね」


 ミリィは機嫌良さそうに焼き菓子を見る。中には、私の好きなお菓子も入っていた。


「ありがとう、戻って良いわよ」


「では、失礼します。皆様、ごゆっくり」


 凛とした声。私は、昔からティア様に憧れていた。


 ティア様は、ジル殿下の近衛でもある。ジル殿下が団長の、黒龍団の守護担当兵士の長を務めてもいて、どんな攻撃でも完全に防ぐことが出来るらしい。


 強くて、美しくて、教養があり、さらに九つの名家の出。私じゃなくても、憧れている人は多い。


 ティア様は、美しい所作でその場を去っていった。


 ◆◇◆◇


 全員に紅茶が入ったところで、私たちは紅茶を頂いた。


「いただきます」


 カップに顔を近づけた時、先程よりも強く、紅茶の香りがしてきた。


 そのまま口に含むと、温かく、優しい味が広がる。


「……美味しい」


「流石ね、ミリィ。ねえ、また茶葉をもらって良い?」


「エルザは茶葉じゃなくて、睡眠薬が必要だと思うけど。処方しましょうか?」


「遠慮しておくわ。というか、私は寝なくてもそんなに支障ないから」


「……いくら魔族の血が混ざってるからって、いつか限界は来るわよ」


 ミリィは呆れたように言った。


 エルザの家───アマルテミル家は、吸血鬼やメデューサ、狼男、獣人など、様々な種族の血が入り交じっている。それもあってか、魔法や魔術、特に、闇属性のものが秀でている。


 エルザの趣味は、魔法開発。夜遅く(というか、夜明け)まで作業していることが多いらしい。それはミリィも睡眠薬を進めるわけだ……。


 一方ミリィは、薬に精通していて、色んな薬を作れる。


 ジル殿下が昔患っていた病を直す薬を、3歳余りで作ってしまうぐらい、彼女の能力は素晴らしい。


 そんなわけで、陰では、『薬の女神』なんていう名前で呼ばれている。あながち間違いではない。


 エルザとミリィがこの薬が良い、こういう研究をしてる……と話している時、ルーナは私に話しかけてきた。


「……ねえ、マリーちゃん」


「どうしたの?」


「マリーちゃんってさ、『祝福姫』様の生まれ変わりでしょ?」


「そうだよ」


「……その、前世の記憶とかって、どれくらいあるの?」


 その瞬間、ミリィもエルザもこちらの話に耳を傾けた。


「そういえば、あんまり聞いたことないわね。教えてよ」


「とはいっても、精々覚えてるのなんか、一、二個前の前世だよ?」


「……そうなの?」


「うん。記憶の欠片みたいなのはあるけど、どれくらい昔か、とかは覚えてないし……」


「……そっか」


 ルーナは俯く。その顔はよく見えなかったけれど、いつもと違う雰囲気に、少し不安になる。


「……ルーナ、大丈──」


「祝福姫の話で思い出したけど。祝福姫って、四大神のマリアが産み出した人でしょう? 九つの名家も四大神から作られてたと言われているけど、最近はその説が否定されているらしいわ」


「え? そうなの?」


 驚いた。内容もそうだけど、急にエルザが話し出したから。


「ああ、そんな説もあるらしいわね。我が家なんか、良い例よ。マリアとヴィルの末裔がアンダラス家って説もあるし、何なら神の末裔ですら無いっていう説もあるわ」


「……それを言ったら、うちなんてもっと分かんないよ。『幻姫』の末裔がファンタズマ家なんじゃないかって説があるけど、何せ『幻姫』はその名の通り、本当にいたかどうかすらも怪しいんだから」


「……それ言われて、変な気分にならない?」


「なるわよ。なるけど、もう慣れっこ」


「生まれたときからそうだしね~」


 苦笑するミリィに、もう気にしてなさそうなルーナを見て、逆に私が、少し複雑な気分になった。


 ……私、一体いつから祝福姫になったんだっけ。


 ◆◇◆◇


「今日はありがとう、ミリィ」


「紅茶、美味しかったよ!」


「そう、良かったわ」


 日もだいぶ傾いてきた。私達は部屋の扉に向かう。


「……あ」


 ふと、何かを思い出したかのように、ミリィは立ち止まった。

 

「どうしたの?」


「いや、どうってことないんだけど……そろそろ、お兄様が帰ってくる時間だなって」


「お兄様……って、ミリアスちゃんのお兄様、四人いるんだった。誰お兄様?」


「今日はね、ジルお兄様っ!?」


 ミリアス様が扉を開けようとした瞬間、反対側に誰かいたのか、思い切り引っ張られていった。


「ミリィ、だいじょう……」


 言いかけて、言葉が詰まった。


 ミリィ以上の威圧感。水色の、氷のような冷たい目に、雪のような白い肌。漆黒の髪。


 とても美しくて、恐ろしさを感じるぐらいなのに、いつも────どこか懐かしさを感じる、その顔立ち。


「すまない、ミリィ。大丈夫か」


「ちょっと、確認ぐらいしてよ!」


「悪かったと言っているだろう」


 次の瞬間、その鋭い双眸が私達を捉える。


 目の色よりも、冷たい目ではない。───目付きは悪いけれど。


 その目は、私達を捉えると、少し柔らかくなった。


「久しぶりだな、マリー嬢」


「……ええ、ごきげんよう、ジル殿下」


 ジル・アリス・アンダラス様。相変わらず、【漆黒氷帝ノワール・グラスアンペラル】の力に恥じぬ威厳を持っている。

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