第1章 始まる最後の物語

第1話 今日から……

『────様、起きて───さ──』


 ん……もうちょっと、寝かせて……。


『マ────様、そろそろ────ないと』


 たまには、ゆっくりしたいの……。


『マ────。マ────?』


 あれ。


 私の、名前……?


「マリー。もう起きなさい。今日から新学期よ」


「……ふえ?」


 目を開けた瞬間、白くきらきらとした光が射し込んでくる。


 眩しくて思わずまた目を瞑ってしまったけれど、瞼越しでも少しずつ目が慣れてきた。


 そろそろ平気かな、と思ってうっすらと目を開けると、色鮮やかな光景が広がった。


 鮮やかな緑をし、彩り豊かな花を咲かせた裏庭。澄み渡る青空に飛ぶ、小さく可愛らしい白い鳥。


 ……そうだ、今日から———


「新学期だわ……!」


 ◆◇◆◇


「おはよう、マリー。珍しいね、ぎりぎりに起きてくるなんて」


「おはようございます、お父様。昨夜、楽しみすぎて寝るに寝れなくて……」


「はは、まあ仕方がない。新学期だからね。クラスの人はあまり変わらないとはいえ、新しい出会いもあるだろう」


「でもマリー、今度からはもう少し余裕を持つのよ」


「はい、お母様」


 お母様を見ると同時に、鏡の中の自分と目が合う。


 お父様譲りの黒に近い灰色の髪に、お母様譲りの深紅の眼。

    

 不思議なことに、この容姿は、ずっとから変わらない。


 マリー・フェール。それが、今の私の名前だ。


「さあ、マリー。朝食を取ろう。しっかり準備するんだよ」


「はい、お父様」


 窓から朝日が射し込んで、食器を煌めかせる。


 ……それにしても、今日は何か、夢を見ていた気がする。悲しくて、遠い昔の夢。


 証拠に、私の目が少し涙で濡れていた。あれは一体なんだったんだろう……。


 そんなことを思いながら、私は紅茶を口に含んだ。


 ◆◇◆◇


「おはよう、マリーちゃん!」


「ルーナ! 久しぶり! 元気にしてた?」


「うん! マリーちゃんも元気そうで良かった~。あ、エルザちゃんだ!」


 ルーナが手を大きく振る。私は彼女が手を振っている方向に目を向けた。


 鮮やかな青色の髪がよく目立つ。私は一瞬でエルザを見つけた。


「エルザ! おはよう!」


「あら。マリー、ルーナ、おはよう。学年が上がっても変わらないわね、2人は」


 少し呆れながらも、エルザは優しく微笑んでくれた。


 2人は、、昔からの友人。面倒見の良いエルザと、かわいくてつい守りたくなってしまうルーナ。私の事を信用して、支えてくれる人達。


 後にも先にも、こんな良い友人はいないんだろうなあ……としみじみ感じる。


「ほら。混む前に名簿表貰いに行くわよ」


「って言っても、私達はクラスの人変わらないじゃん!」


「そうだけど、一応よ。マリー、行きましょう」


「はいはーい」


 2人は会話に花を咲かせながら歩いていく。私は、2人を見守りながら、その後ろを着いていった。


 ◆◇◆◇


「10組……えっ、メントリー先生なの? 良かった〜、今年もメントリー先生で!」


「まあメントリー先生も能力者だし、そうだとは思っていたけど……良かったわ」


「今年も良い1年になりそうだね!」


 にこにこと笑うルーナに、満更でもなさそうなエルザ。


 またメントリー先生が担任だったのもそうだけど、2人が笑顔なのが何だか嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。


「今年も1年、よろしくね!」







「皆さん、改めまして、進級おめでとうございます。担任のジオ・メントリーです。……去年も担任でしたから、自己紹介は不要ですね。今年もよろしくお願いします。2年生として、そして、アンダラス国立学校の生徒として、相応しい行動としてください。それと同時に、楽しい学校生活を送っていただければと思います」


 優しく微笑むメントリー先生。穏やかで聡明なメントリー先生は沢山の人に好かれている。しかも美形……。


 いつものように、女の子達が幸せそうにため息をつく。それを知ってか知らずか、メントリー先生は何事も無かったかのように話を進めた。


「委員会や係決めをする前にですね、もうお気づきでしょうが、このクラスに新たに生徒が加わりました。折角ですので、その方に自己紹介をして頂こうかと思います。では、アンダラスさん、どうぞ」


 ほぼ全員がその新入生を見る。私は横目で彼女を見た。


 彼女は立ち上がり、無表情で自己紹介を始めた。


「ごきげんよう。ミリアス・シャルル・アンダラスよ。よろしく……お願いします」


 そう言うと、すぐに席に戻った。


 彼女は、ここ、アンダラス王国の第2王女。本来は入学する予定では無かったけど、結局入ることになったらしい。


 ちら、と彼女を見てみる。相変わらず銀髪がとても綺麗で、思わず見惚れてしまう。


 一回ぐらい、何かの班活動で同じになれたら良いのだけれど。


「ありがとうございます。では次に、係や委員会を決めていきましょう」


 そう言って微笑むと、また何人かの女子生徒がため息をついた。







 放課後。無事良い感じの係に就けた私は、嬉々としてルーナとエルザに話しかけた。


「ねえねえ、2人とも。今日って図書室開いてると思う?」


「開いてるんじゃないかな? 何か探し物でもあるの?」


「前から気になってる本があったんだけど、春休みに入っちゃったから、借りる機会を逃して……」


 私がそう言うと、ルーナはにこりと微笑んで、


「じゃあ、一緒に行こうよ!」


 と言ってくれた。


「本当!? ありがとルーナ! エルザはどうする?」


「……そうね、私も行こうかしら」


「そっか、じゃあ行こう!」


 ◆◇◆◇


 この学校の図書室はとても広い。アンダラスの図書館は、全体的に他の国より大きいものらしいけど……流石に、学校の規模でここまでの広さは、アンダラス国内でも極少数だと思う。というか、1番ではないだろうか。


 さて、この図書室。実は広すぎてあんまり人に会わない。少なくとも、本棚付近で会うことは稀。そのはず、なんだけど……。


「ルーナ、何か面白そうな本でも見つけたの?」


「うん! 『祝福姫』の本とかあるよ。見てみる?」


「わざとだよね? 絶対わざとだよね?」


「ふふ、まさかー」


 くふくふと意味ありげに笑う。私は、そんなルーナを抗議の意を込めて見つめた。


「ルーナ、からかうのは良いけど、その話題に関しては慎重にね」


「そうだよ! もう……誰かに聞かれてたらどうするの……あ」


 何気なく入った本棚の間。そこには、かつてよく見た銀髪の少女が立っていた。


「……」


 じっと黄緑の目に見つめられる。私は言葉に詰まった。


 何と言えば良いのだろうか。言葉が頭の中で、浮かんでは消え、浮かんでは消え、を繰り返す。


「マリー」


「……なに?」


 彼女は気の強そうな黄緑の猫目で見つめてきたけれど、やがてゆっくりと表情を緩め、


「久しぶりね」


 と優しい声で言ってくれた。


「……ミ、ミリィ……!」


 私は思わず、ミリィに抱きついた。

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