お泊まり会 後編

作者前書きーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

遅くなってしまい申し訳ありません……まだ生きてます。久しぶりなのに今回は説明回です。次回こそはできるだけ早く投稿できるよう努めます。もうしばらくの間よろしくお願いします。

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 再び長い道のりを経て小野寺宅まで辿りついた僕は大きくため息をついた。様々な交通機関を乗り換えないといけないというのに、菫が完全に寝ぼけてしまい連れて歩くのが大変だったのだ。朝会った時夜更かしをしていそうな雰囲気はあったが、どうやら本当に夜中まで起きていたようだ。


 そんな彼女の手を引いて歩き、疲れ果てながらもようやく帰宅することができたのは18時。



「ただいま〜」



 妙に間延びした声で帰宅を知らせる菫に続いて僕も中へと入っていく。そのまま一旦荷物を置いて手洗いとうがいを済ませた。キッチンでは菫のお母さん日葵さんが夕食を作っているのが見える。


 何かできることはないかと手伝いを申し出たが、疲れているだろうからゆっくりしていて欲しいと断られてしまった。流石に泊まりに来て何も手伝わないのはかなり気が引ける。


 せめてこれだけはと思い、テーブルのセッティングだけはすることにした。そうして諸々の準備を終えると、今度こそ日葵さんから休憩を言い渡される。



「そういえば茂和しげかずさんは普段何時くらいに帰ってくるんだ?」


「んー? パパももうすぐ帰ってくると思うよ。いっつも今くらいの時間かなぁ」



 日葵さんのお言葉に甘えてリビングでゆっくりと過ごす。隣でふにゃふにゃとしている菫とのんびり雑談して時間を潰した。相変わらず菫は眠気が取れていないのか、こちらの問いかけに返事をしつつも先程から目がとろんとしている。完全に肩から力を抜いてだらけている姿はどこか家猫のような雰囲気があった。


 そうしてだんだんと落ちていく瞼を見ていると、丁度目を閉じ切るか否かというタイミングで玄関の方向からドアを開ける音が聞こえてきた。



「ただいま」



 声がした方を見ると丁度小野寺茂和さん、菫のお父さんが帰ってきたのが見えた。流石にだらっとしすぎていたので急いで立ち上がって挨拶をする。日葵さんと違って茂和さんはあまり話したことがないため若干体が強張る。



「島田君もいらっしゃい。畏まらなくていいよ、今日明日寛いで行ってね」


「ありがとうございます。しばらくお世話になります」



 今更のことだが、やはり異性の友達のお父さんというのはなかなかに距離を掴むのが難しい。茂和さんは背も高く彫りの深い顔立ちをしているため若干威圧感があるというのもある。


 昔からずっとアルカイックな微笑を浮かべていて、なかなか考えていることが読めない人だった。正直可愛い一人娘に纏わりつく男である僕をどう思っているのか少し怖い。



「じゃあみんな揃ったし、ご飯食べましょうか」



 そう言って日葵さんが皆の着席を促す。僕と菫で隣り合って座り、対面に日葵さんと茂和さんが座る形でテーブルを囲う。僕と茂和さんが対角線上にくる形だ。


「いただきます」


 日葵さんの手によって作られたご馳走を前にニコニコしている菫を尻目に、どこか僕に取っては気まずい食事会が始まった。









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 島田蓮、斜め前の席でぎこちない笑みを浮かべながら箸を動かす彼は、私に取って非常に複雑な感情を抱かせられる存在だ。


 菫に昔から良くしてくれている非常に得難い存在でもあり、娘の心を掻っ攫って行った憎き存在でもある。


 形容し難い想いを胸に私、小野寺茂和は目の前で食事を取る娘とその幼馴染の様子を窺っていた。



「蓮、緊張しすぎじゃない? 肩の力抜きなよー」


「い、いや緊張はしてないよ、うん」


「ふぅーん……別に一緒にご飯食べるなんて初めてじゃないのにね」



 家に男を招いているのに自然体を崩さない菫。もはや蓮君は家族の一員なのだと言わんばかりの気安さである。幼稚園の頃からの仲であるので当然とも言えるかもしれないが、それはそれとして男女のあれこれを気にする年齢ではないのだろうか。


 本当に、得難い関係だなと彼らを見ていて思う。父としての贔屓目抜きにしても、菫は非常に美しく育っていると思う。そんな菫だからこそ、気安く接することができる異性というのは稀有な存在だろう。


 傍から見ても緊張している様子がわかる蓮君を見て少し可哀想に思った。まぁ、この状況だと私の存在はさぞ恐ろしいことだろう。私も昔はそうだった。



「島田君」


「は、はい!」


「もう少し気楽に構えてもらって大丈夫だよ」


「あ、ありがとうございます!」



 私が声を掛けただけで挙動不審になっている蓮君を見て菫がにやにやと笑っている。そして脇腹をツンツンしてちょっかいを出し始めた。



「菫、やめなさい」


「はーい」



 それを見た日葵が窘める。それでもやはりどこか楽しげに食事を取る菫。


 暖かな感覚と共に苦いものが内から迫り上がってくる。なんとも遣る瀬ない。菫の心にこれだけ踏み込む蓮君に対する嫉妬ももちろんある。だが、それ以上に親として情けなさを覚えた。



 昔のことをぼんやりと思い出す。


 昔の菫は笑わない子供だった。6歳になるまで、無表情で呆けているか泣いているかのどちらかしか見たことがなかったほどだ。



 自閉症スペクトラム障害、そんな言葉が過った。どれほど親身に接しても、実の親である私達にすら心を開かず、どこか私達に怯えていたように思う。


 小児科にも何度も連れて行き、様々なケアを行ったが結局改善は見られなかった。


 そんな菫は幼稚園でも友達を作ろうとはせず、大人しく一人で絵本を読んでいることが多かったという。日葵もそんな菫にどうしていいかわからず徐々にやつれていった。


 そうして私達の中で暗い空気が漂っていたある日のことだ。その頃菫のいない場所では常に表情に影が差していた日葵が、満面の笑みで報告してきたのだ。


 日葵によると幼稚園に迎えに行った時、同い年の男の子と手を繋いで一緒に座っているところを見たという。


 園の先生によると当時はよく二人で一緒に過ごしていたらしい。


 その話を聞いた夜は日葵と共に喜びを分かち合った。気を許せる友達ができて、少しでも良い方向に向かえばと、そんな期待があった。


 それからしばらくして、ポツポツと菫の口から蓮君の名前を聞くようになった。今日は一緒に砂遊びをした、本を読み聞かせてあげたなど、菫が自分から幼稚園での出来事を話してくるのは初めてのことだった。


 蓮君のご両親もママ友から聞いたのか、菫の事情を理解してくれていた。しばらくしてから、蓮君のお母さんからの申し出で、家族間でよく交流するようになった。


 私は仕事の関係でそこまで関わることができなかったが、日葵は向こうのご夫婦と大変仲良くしていたと思う。



 小学校に上がっても相変わらず無表情でいることの多かった菫だが、高学年になると家の中でも徐々に笑うようになって行った。


 それでもやはり彼女が笑う時は決まって蓮君が関係している時だった。


 それが親としてとても悔しかった。そして菫が彼に依存しすぎるのも不安であった。しかし結局どうすればいいかもわからず、そのまま見守っていることしかできなかったのだ。


 遣る瀬ない。その一言に尽きた。



 食事を終えて、片付けをする。その後菫が自室に戻ったタイミングを見計らって蓮君に話しかけた。


「いつも菫をありがとう。これからも仲良くしてくれたら嬉しい」


 それを聞いた彼は少しだけ驚いた顔をした後、どこか照れくさそうに笑った。


「こちらこそ、いつもお世話になってます。これからも仲良くできたら嬉しいです」



 やっぱり少し、憎たらしいなと思った。











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 菫に先にお風呂入ってと言われ居心地悪く思いながらも最初にお風呂に入った。なかなか他人の家のお風呂に入る機会はないので色々と新鮮で緊張した。シャンプーの匂いになんとなくドキドキした。流石に健全な男子高校生として仕方ないことだと思う。


 お風呂から上がり、寝巻きに着替えてリビングへ向かうと菫がソファーの上で溶けていた。目が虚で僕が近づいても一切の反応を返さない。その顔を覗き込むとほんの僅かに反応がある。一応起きてはいるようだ。



「おーい、お風呂入らないのか?」


「…………はいるぅ…………ふあぁぁ……」



 声を掛けるとゆっくりと起き上がり、欠伸と共に大きく伸びをする菫。そのまま立ち上がってふと思い出したようにこちらを向いて口を開く。



「覗かないでね」


「覗かないって」



 それだけ言い残すとリビングを出て行った。このやり取り必要なのだろうか。


 そんな菫を見送って荷物を置いている和室へと入ると、丁度日葵さんが布団を敷いてくれていた。


「すみません、ありがとうございます」


「気にしないで。今日は菫のわがままに付き合ってくれてありがとうね。急な話で困ったでしょう?」


「いえ、全然。今日もすごく楽しかったです」


 それを聞いて、少し視線を逸らして悩むようなそぶりを見せる日葵さん。そして意を決したようにこちらの目をじっと見てくる。その仕草は菫のものととても似通っていて、やはり親子なのだなと思った。



「こんなことを言うのはずるいけど、これからも菫のことをお願いね。きっと後にも先にも、こんなにあの子が気を許すのは蓮くんだけだから」



 それじゃあまた後で、そう言い残して足早に部屋から出ていく日葵さん。ご両親二人ともに深刻な雰囲気で同じことを言われてしまった。よくある社交辞令だが、こう真面目な雰囲気で言われるとまた違って聞こえてくる。


 そもそも僕から菫のもとを離れることはあり得ないのだが……あるとしたら菫に拒絶された時である。


 それはそれとして、好きな人の両親にお願いされるというのはどこか嬉しいものがあった。



 それから汚れた分の服をバッグに仕舞ったり明日の準備をしたりと色々と作業をした。諸々が終わってリビングへ戻ると丁度菫がお風呂から上がってきた。



「余は目が覚めた……」


「何言ってんの」


「げーむしよ」



 お風呂に入ってスッキリしたのか、眠たげに細められていた目をパッチリと開けた菫がゲームゲームと言いながら背中を叩いてくる。眠気を乗り越えて深夜テンションを獲得してしまったらしい。石鹸の香りと漂わせながらベタベタと纏わりついてくる彼女を引き剥がす。



「て言っても、なんのゲームするの?」


「蓮はなにかしたいのある?」


「特には、お前に任せる」



 もう一度客間に戻り、持参していたゲーム機を引っ張り出す。それからリビングを占領するのも忍びないからと菫の部屋へ場所を移した。


 菫の部屋に入るとなんとなく懐かしくなって中を見渡す。ベッドの隅には早速チンアナゴのぬいぐるみが置かれていた。しかしそれ以外はあまり飾り気のない部屋だ。綺麗に整頓された参考書類の並ぶ本棚にシンプルな学習机、菫の几帳面さが窺える。


 ベッドに無地のシーツを使っているのもあり、どことなく無機質な部屋に見えた。昔の菫を知っている身としてはすごく「ぽい」部屋なのだが、おそらく同級生達が見ればギャップに驚くだろう。


 そんな失礼な感想を抱きつつもやはり好きな人の部屋である。それを意識すると急に緊張してきた。


 ほんのりと漂う甘い香りにクラクラしつつ、ベッドに座るよう促す菫を止めて椅子に腰掛けた。流石にまだ異性のベッドに座る勇気はなかった。



 全く集中できない中マ○カーやスプラ○ゥーンなどで無様を晒しつつ二時間ほどゲームをして遊んだ。異性の、更には好きな人の部屋で落ち着いてゲームができる男は正直やばいと思う。ラノベ主人公達の心臓は化け物なのだと改めて実感した。



 そんな中、菫が疲れたから少し休憩しようと切り出す。一旦ゲーム機を置いて休むことにした。


 日葵さんが用意してくれていた飲み物に口をつけつつ、特に何かを話すわけでもなくゆったりと過ごす。ゲームという逃げ道がなくなり、嫌でも色々意識せざるを得ない状況で正直あまり心中は休まらなかったが、もう逆に割り切ってこの状況を堪能している自分もいた。横目にこっそりとベッドで横になる様子を盗み見る。



 ふと、こちらに目を向けた菫が躊躇いがちに口を開いた。



「ねぇ」



 なんとなしに彼女と目を合わせると、気まずくなったのかそっと目を逸らして口元をもごもごさせる菫。その様子は先程の日葵さんと似ているものがあった。容姿も非常に似ているせいで不思議な感覚だ。



「どうした?」


「今日は……楽しかった?」



 言いにくそうにそう口にする菫の目はどことなく不安げに揺れていて、積極的なのに内向きな彼女の性格がよく現れている。それに対して優しい気持ちになりながら、頭を撫でてあげたい衝動を我慢しつつ答える。



「ちゃんと楽しかったよ。誘ってくれてありがと」


「そう……楽しかったなら、良かった」



 僅かに安心したような顔でそっと息を吐く。でもやはりどこか影が見えるようにも思う。



「いや、ほんとに変な心配しなくていいからな?」


「……いきなり予定組んじゃって、迷惑じゃなかった?」


「大丈夫だって。お前の急な行動にはもう慣れたし」


「ううう…………」



 枕に顔を埋めて唸る菫を見ていると、やはり昔から変わっていないなと思う。昔から疲れているとすぐ妙なことを気にしだす性格だった。そこが可愛いところでもある。


 ふと時計を見るとすでに23時30分であった。この年頃なら寝るには少し早い時間だが、菫は昨日寝ていないようだし、何より僕は他所の家に泊まりに来ている身だ。そろそろ寝るべきだろう。



「よし、もう寝るか。歯磨きするぞ」


「えー、まだ早くない? 夜はこれからだよ」


「どうせ昨日ちゃんと寝てないんだろ?」


「…………い、一時間くらいは寝た気がする。だいじょぶ」



 道理でクマが酷いわけである。やはりもう寝させないと。



「じゃあ僕はもう歯磨きしてくる、洗面台借りるぞ?」


「ま、待って。じゃあ私も歯磨きする」



 洗面台に向かう僕に続いて菫も一緒にくっ付いてくる。そして横に並んで一緒に歯磨きをすることになった。前に僕の家に泊まりに来た時は別々だったので非常に新鮮な光景だ。菫にとってもそうなのか、こちらをチラチラと窺っては楽しげに目を細めている。その姿が妙に愛らしくて胸が締め付けられた。


 思い返してみると、こうして並んで歯を磨いたのは幼稚園以来かもしれない。幼稚園ではみんなで洗面台に並んで一斉に歯を磨いていた。あの頃はずっと菫と並んで磨いていた気がする。大変懐かしい。


 歯磨きが終わり、菫に別れを告げ僕の寝る場所である客間に向かう。照明を切り、日葵さんが敷いてくれた布団に入ると、なぜか当然のように客間までついて来ていた菫まで一緒に入り込んできた。びっくりしてつい布団を飛び出て電気を付け直す。



「おい、何してんの? もう寝るって、自分の部屋に戻りなよ」


「は? ここ私の家だが? ここも私の部屋だしぃ?」


「それはそう」


「てことで私もここで寝る」


「はぁ!?」



 そういってモゾモゾと布団の中で姿勢を整えて完全に寝る体勢に入る菫。その傍若無人な姿に一瞬言葉を失う。



「いや僕が寝る場所無くなるんだけど」


「え? 一緒に寝ればいいでしょ? 別に初めてでもないし」



 なんでもないことのようにそう言う彼女は、ほら早く入って、と自分の隣をぽふぽふと叩く。その様子にこの前言われた『家に呼ぶ意味くらい理解している』という言葉がフラッシュバックする。



 え、まさかそういうことなのか!? い、いやいや流石にそれはないだろ。



 菫の半開きな目は『早く寝たいんだけど』と言外に訴えている。その眠たげな様子からは性のせの字も見られない。


 よく考えるとすぐそばに両親がいる状況だ。流石の菫もそのくらいの分別はあるはずである。


 過去一速く頭を回転させて『そういうこと』ではないと結論を出す。そうしているうちにだんだんと怒りが湧いて来た。ここ十年ほど、男としての自意識が成熟してからずっと我慢して耐えて来たというのに、あまりに無防備な菫に今まで我慢して来たことがバカらしく思う。


 だが、ここで衝動に任せて押し倒してしまえるほど、ここ十年我慢して来たという事実は軽いものではなかった。故に一度深呼吸をして菫に向き直る。



「菫、いい加減にしてくれ。僕たちの年齢でそんな軽々しく一緒に寝るのはダメだ…………マジでそのうち誰かに襲われても仕方ないぞ」


「誰かにって、そんな……誰にでもこんなことするわけないでしょ……?」



 一生懸命言い聞かせたかっただけなのに、気がつけば泣きそうな顔をしている菫がいた。なぜ急にこんな顔をするのかがわからず困惑する。苦しそうな顔をしながら、ジトっとした目でこちらを睨み言葉を続ける。



「わかってる癖に……! ずっと鈍感ぶって……蓮なら襲ってこないって信頼してるし、別に襲われても良いって思ってるから……こんなことするんだよ」



 そんなことを突然告白する菫に対して、僕はあまりの動揺に何も言葉を返すことができなかった。黙っている僕に余計に不安になったのか視線を落とす彼女。



「もう、こういう機会は最後かもしれないしさ。今日は……一緒に寝て欲しいな…………やっぱり、ダメかな?」



 そんなことを言う彼女は……やっぱりずるい。そんな顔をされたら断れるわけがない。


 先程まで昂っていた気持ちが一瞬で冷める。そして今度はまた別の熱い感情が胸を満たす。



「今日だけだからな」


「今日だけ……」


「………………今のところは」



 半ばやけになって電気を消して菫の横に滑り込む。それに対して彼女がすすっと近寄って密着してきたが無我の境地に至った僕は今更そんなことでは動揺しない。



 嘘だ、本当は動揺しまくりで心臓の音も鳴りっぱなしである。しかしおそらくただ一緒に寝たいだけであろう菫の気持ちを裏切るわけにはいかない。それに過去十年間菫によって鍛え続けられた忍耐力があれば今晩くらい我慢できる。


 煩悩退散を唱え続けるうちにだんだんと眠気が襲ってきた。なんだかんだで僕も疲れていただろうか。


 途中、右腕に何か柔らかいものがしがみついてきたような気もするがおそらく夢だろう。


 そうして、徐々に微睡の中に落ちていった。











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 思えば、蓮に告白紛いのことをしてから色々と不安定だったのだろう。


 布団の中で先程してしまった厄介メンヘラムーブを思い出して悶える。どことなく『誰かに襲われるかも』という言葉で、蓮はもう私を繋ぎ止める気はないんじゃないかと、そんな妙な不安に駆られたのだ。


 流石に自分でも引いてしまう程のメンヘラ思考である。まだ彼女になったわけでもないのにだ。



 うああああああ




 隣で眠っているであろう蓮を起こしてしまわないように心の中で呻き声をあげる。


 いや、もうすぎたことは仕方ないから切り替えていこう。ただ今後は色々と気をつけた方がいいかもしれない。あまり面倒臭い女ムーブをし続けているとそのうち捨てられてしまう…………もし明日うまくいったとしても。


 一人反省会をしている内に段々と眠気が強くなってくる。左手に伝わってくる温かさに意識を向けると、不思議と安心して心の内がポカポカとしてくる。


 子が親の温もりを求めるかのように、私は無意識に彼の右手を抱きしめていた。


 前回は勝手に忍び込んで怒られたが今回は同意の上だ。


 存分にその温度を堪能しながら私も夢の中に旅立った。



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