青春の味
作者前書きーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
長くなったので二話に分けることにしました。次回こそは最終話です。
次の更新は今日の夜か明日の昼間です。
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チッチッチッチ
壁にかけられた時計の秒針音。そんな音を聞きながら目を覚ます。なんとなくあまり起きる気にはならず、そのまま目を開けずに二度寝の姿勢に入る。
しかしそんな時ふと可愛らしい呼吸音が耳に入る。もちろん自分のものではない。なんだろうと思い目を開けると、視界いっぱいに美しい顔が広がった。
「ッ!!??」
思わず声を上げそうになったが寸前でなんとか堪える。危うく菫を叩き起こしてしまうところだった。そういえば昨日は一緒に寝たのであった。
朝一番のこの至近距離は流石に心臓に悪い。弾け飛ぶのではないかというほどにうるさく鳴る胸を押さえる。この音で菫が起きるのではと思ってしまう程だ。
いきなり朝から色々と疲れてしまった。このまま起き上がる気にもなれず、ぼーっと彼女の寝顔を見つめる。こうしてじっくり見てみるとやはり彫刻のように整った顔だ。特に邪念もなく、半ば無意識にその顔へ手を伸ばす。
むにむにとほっぺたを触ってみるとそのきめ細やかな肌に思わず感嘆の息が漏れた。やはり神はお気に入りに
このままずっと撫でていたくなるが、こんなにも綺麗なものを万が一にでも痛めてしまえば世界の損失である。名残惜しく思いつつ手を離す。
結ばずにその場のノリで寝たせいであっちこっちに広がっている髪を撫で付ける。ほんの少し絡まっているものの手櫛を通してあげるだけでするりと解けた。羨ましい髪質である。
そこまでしても起きない菫に、そろそろまずいなと思い、そっと彼女の頭を撫でてから起き上がった。そして布団を掛け直してあげてからハッとする。
この状況、日葵さんたちに見られたら相当やばいのではないだろうか、と。
昨日よろしくお願いされたばかりである。その直後でこんな場面を見られるのは大変よろしくない。実際は何もしていないわけだが、どう考えても誤解される未来しか見えない。
まずいまずいまずい
スマホで時刻を見ると6時50分。耳を澄ませば誰かの動く音が聞こえる。日葵さんか茂和さんは既に起きているようだ。
菫を抱えて彼女の自室に置いてこようかとも思ったが見られてしまう可能性の方が高い。しかしこのままじっとしていてもその内見つかるのは確定だ。
つまりは八方塞がりである。もう菫が起きた後で彼女に丸投げしよう。
そうして僕は一旦考えることをやめた。
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「うんぅ……」
朝目が覚め、大きく伸びをして起き上がると、カーテン越しに見る外はまだ暗かった。背中を逸らして凝り固まった体をほぐす。
そこでふと、いつもと違う部屋であることに気づき、急激に目が覚める。隣を見るとまだ蓮が寝息を立てている。
昨晩早く寝過ぎてしまったため早く起きてしまったようだ。時間を見るとまだ5時30分。
水を飲むべくリビングへ行くと、既に起きていたお母さんがいた。
「あら、おはよう。今日は早いね」
「うん……おはよぅ」
チラッとこちらに目を向けて来たが、客間から出て来たことについて特に何かを言われることはなかった。少し驚いたような顔をしていたが。
少しくらい何か言われるのではないかと身構えていたので拍子抜けである。まぁ何も言われないならいいやと、水を飲んでから再び客間に戻った。
蓮はいまだに布団の中でぐっすりと眠っている。近くへ行って顔を覗き込んで見ても起きる気配はない。こんな至近距離で見られていても気づくことなく寝こけているアホ面を拝む。
そこでふと良くないことを思いついた。
今なら何をしても寝相が悪いってことで許されるのでは? と。
そんな悪魔的なことを考えてしまったボクはじっと蓮の寝顔を見つめる。毎朝家に迎えに行っていたボクは、彼がちょっとやそっとでは起きないことを知っている。
そっと、彼の手を取って頬に添えてみる。大きくてすべすべの手だ。いつもこの手に触れるたびに性差というものをはっきりと実感する。肌はすべすべだがやはり角張っていて、握って見るとゴツゴツとした感触がある。当然だがやはり蓮も男の子なんだよなぁと、妙なことを考えながらむにむにと触った。
触っているうちに変な気持ちになって、ふと思いついたボクはその手に頬擦りをしてみる。しかしなんだか変態的な光景だなと気づき、すぐにやめた。
そのまま私も寝そべると、ちょうど横向きに寝ている蓮と正面から向かい合う形になった。
しばらく手の感触を堪能しているとだんだんと飽き始めてくる。
なんとなく今度はその胸にそっと飛び込む。そしてそのまま手を回してぎゅうっと抱きしめた。なんだかんだで正面から抱きつくのは初めてだ。寝ている相手にこんなことをしている背徳感も合わさって、心臓が急速に拍動音を伝えはじめる。
熱くなる顔を誤魔化すようにそのまま胸元に顔を埋める。すると、それが擽ったかったのか蓮が急に身じろぎした。びっくりして思わず勢いよく離れる。そして離れてから今自分は寝ているという設定だったことを思い出した。ボクが今動いてしまったら意味がない。
そーっと蓮の様子を窺うとまだしっかりと眠っていた。今ので起きなくてよかったと安堵に胸を撫で下ろした。
もう一度ゆっくりと抱きつく。そしてそのまま目を閉じる。
そのまま過ごすこと数分。蓮の寝息を聴いているとだんだんとまた眠気がやってきた。まだまだ早い時間帯なので二度寝してしまうことにする。
そうして、ほのかな不安を胸に抱きながらも、暖かさに包まれて二度目の夢へと落ちていった。
※※※
「なぁ、ほんとに僕がついてきて良かったのか?」
「んー? だいじょぶだいじょぶ。お婆ちゃん優しいし、友達連れてきたくらいじゃ何も言わないよ」
「いやそういう問題なのか……? 普通にこの中に混ざる僕の場違い感やばいんだけど……」
「まぁまぁ、気にしない気にしない」
時刻は12時、ボク達は車の後部座席に揺られながらダラダラと雑談していた。車窓からは高速道路の変わり映えのない景色が覗いている。
先程から不安そうな顔でコソコソと話し掛けてくる蓮に呆れる。もう今更だというのに、往生際の悪いやつだ。
落ち着きのない彼を適当にあしらいつつ、ぼんやりと外を眺める。高速道路の側面は大きな柵で囲まれていて外が見えない。特に見ていて面白いものでもないのだが、スマホを弄る気にもなれなかったボクは意味もなくそうしていた。
こうして長時間車に乗っていると、だんだんと夢見心地になってくる。眠たくなるのとは若干違う。なんと言えば良いのだろうか、高速で移動する景色を見ていると外界から切り離されたような、現実味のない不思議な感覚に陥るのだ。
高低差による気圧の変化も一因なのかもしれない。非日常感のせいでもあるだろうか。
ちくりと痛む頭を押さえて車窓から目を逸らす。隣を見ると遂に諦めたのか、無の表情で虚空を見つめる蓮がいた。まぁ、無理もないだろう。ボクと蓮だけならともかく、ボクのお母さんとお父さんも一緒なのだ。
二人でお婆ちゃん家に行く分には、ただ泊めて貰うくらいの認識でもなんとかいけるだろう。しかしこのメンバーだと蓮の浮き具合は凄まじい。
ボクも最初は二人だけで行くつもりだったのだ。しかし事情を聞いた両親が心配だから絶対について行くと言い出したのだ。蓮には申し訳ないことをしたなと思う。
「一旦昼食にしよう」
そんな感じに後部座席の二人で
外で思いっきり息を吸って背伸びをすると先ほどの妙な感覚が少し薄れた。頭の中のモヤモヤっとした霧が晴れる。
「二人は何が食べたい?」
サービスエリアの案内図の前に着くと、こちらを振り返って聞いてくるお父さん。蓮と一緒に飲食店の一覧を眺める。なんとなくラーメンが食べたい気分だったのでそちらを指差した。蓮はボクに合わせるようだ。
このメンバーでラーメンを食べるというのも面白いなと思いながら、四人で某有名チェーン店に入った。
各々注文しながらテーブルを囲う様子を見ていると、蓮も完全に家族の一員のように見える。側から見ればボクたちは兄妹にしか見えないだろう。
隣に座る蓮の膝をツンツンしながら待つこと数分、麺が固い順に注文したものが運ばれてきた。
猫舌ゆえにちまちま食べているボクを置いて、お父さんと蓮は一瞬で食べ終える。運ばれて来てからノータイムですする彼らをみて唖然としてしまった。いくらなんでも化け物すぎると思う。なぜ火傷しないのだろうか。
ボクがあんな勢いですすったら一撃で致命傷間違いなしだ。犬舌とか猫舌とか関係なく普通火傷しないのだろうか。世界の七不思議に数えていいと思う。
みんなを待たせていることに罪悪感を覚えつつも、火傷するのは嫌なのでたっぷりと時間をかけて食べ終えた。久しぶりに食べたラーメンは大変美味だった。
会計を終えて建物を出ると、なんとなく好奇心に任せて周りを見渡す。
広いサービスエリアだなーと、特に意味もなく建物を眺めている内にふとあるものが目についた。
『期間限定オレンジ味ソフトクリーム』
そう書かれた自己主張の激しい大きな旗が揺れている。丁度ラーメンの口直しをしたい気分だったのでお父さんの袖をクイっと引っ張る。どうした? と言いながらこちらを振り返るお父さん。
「アイス食べてきていい?」
例の広告旗を指差しながらそう言うと、チラリとそちらを見たお父さんが財布から千円札二枚を取り出して渡してきた。
「行っておいで。ほら、これで2人分買ってきなさい」
別に買って貰うつもりではなかったのだが、結果的におねだりしたような形になってしまった。まぁ買ってもらえるなら嬉しいものは嬉しいのでありがたく貰うことにする。
お父さんにお礼を言っている蓮の腕を掴んでお店まで引っ張っていく。以前の蓮なら「自分で歩ける」と言いながら振り解いてきただろうが、最近は諦め気味なのかされるがままだ。ようやく調教の成果が出てきた。
看板が立っていた出店に着くと、数人並んでいたので少しだけ待つ。そして順番が来ると、蓮に同じものでいいかを確認してメニューを指差しながら注文した。
「オレンジソフト二つください!」
「オレンジ味二つですねー」
ソフトクリームはまぁまぁなお値段だった。相変わらずこういう場で買うスイーツはびっくりする価格だ。飲食店のソフトドリンクよりはマシだが。調べたことはないが原価比率は凄まじいことになっていると思う。
ダンディなおじさんからソフトクリームを受け取り、近くの空いているスペースに二人で移動した。そのまま並んで一緒に食べる。
特に話すこともなく、無言でゆっくりとアイスを喰む。こういう何でもない時間が一番落ち着くものだ。
このままずっと続けばいいのにと、柄にもなく思った。
もう遥か昔のことだが、こういう当たり前に誰かが享受している穏やかな時間を、自分には手に入らぬものとして確かに切望していたのだから。
蓮と兄妹だった世界線はこんな感じなのかなーと、そんなことをぼんやりと考えてたせいで妙な方向に思考が飛んでしまった。そんな思考を振り払うように一気にソフトクリームへ齧り付く。
今の時代、3月の終わりはまだほんのりと肌寒い季節だ。少し大きめのソフトクリームを食べているとそこそこ体が冷えてくる。
思わずぶるりと身震いすると、先に食べ終わった蓮が上着を貸してくれた。食べかけのソフトクリームを一旦蓮に預けて、ボクの体には少し大きなジップパーカーを羽織る。ぼんやりとしているようで人の事をよく見ている奴だ。そういうところに惹かれていったのだが。
まだ蓮の体温を残したパーカーが、少し冷えた体には心地よかった。最近嗅ぎ慣れてしまった匂いに包まれて、物理的な熱量以上の暖かさを感じる。
こういうことを平然と思ってしまうボクも随分と変わってしまったなと思う。その元凶である目の前の男を見上げる。
口元をアイスで汚しているせいで妙に格好つかない彼に思わず笑みが溢れた。
「仕方ないなぁ」
ポケットティッシュを取り出し口元を拭ってあげると恥ずかしそうにそっぽを向かれてしまった。蓮が情けないのは今更なのに。
食べかけだったソフトクリームを返してもらいパクリと一口。
溶けかけのそれは、期間限定オレンジ味の名の通り、甘酸っぱい味を口に残した。
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