乙女の心は複雑怪奇

 ピピピピ ピピピ



 目覚ましの音で意識がゆっくりと浮上する。時刻は五時半だ。まだ視界がぼやける中、目を擦りつつ無理矢理体を起こす。早起きの秘訣はこの初動だ。気合いで無理矢理ベッドから出てさえしまえば勝手に目は冴えてくる。


 ぽわぽわと霞む思考のまま洗面台で歯を磨き顔を洗う。乳液を適当に塗って保湿を済ませて部屋へ戻り、寝巻きから制服へと着替えた。


 学校に行く準備が終わりリビングへと向かうと既にお母さんが朝ごはんを用意してくれていた。高校に入ってバス通学になり、少しだけ我が家は朝が早くなった。両親の負担になってないだろうか。少しだけ申し訳なく思う。流石にボクの都合だけで早起きしてもらうのは良くないのでボクの準備が終わったくらいの時間にご飯を作ってもらうことにしている。そうすればあまり普段と起きる時間も変わらない。



 ご飯を食べて家を出るといつの間にか蓮の家まで来ていた。そしてようやく我に帰る。



 そうだった、今日から一緒に行かないんだった。



 はぁ……とため息を吐きながら来た道を少し戻りバス停を目指す。まだ早い時間帯なので誰もいない。


 乗客のほとんどいない空いたバスに乗り、ソシャゲのログインとデイリーを済ませながらバスに揺られる。


 きっと学校に着いたら寂しくて蓮の方から泣きついてくるに違いない。そうしたら、仕方ないから、明日からも一緒に登校してあげてもいいかもしれない。うん、流石に可哀想だし、そうしよう。


 デイリーが終わったタイミングで丁度学校の最寄駅に着く。しかしだいぶ早く来たため登校中の生徒はあまり見かけない。



 教室に入ると女子生徒が三人いるだけだった。



「あ、小野寺さんじゃん。今日は早いね。彼氏と喧嘩でもしたの?」


「そういうのじゃ、ない」



付き合っていないのだがいつの間にか女子の中ではボク達がカップルとして広まっていた。ゴシップに敏感な彼女らはことあるごとに揶揄ってくる。比較的真面目な人たちが多く、勉強ばかりであまり恋愛話がないためこういうのに飢えているのだろう。


 まだ仲のいい女子は登校してきていないので、ポツポツと内容のない会話をしつつ英文法書を読み込む。ボクのイチオシの文法書はVint○geと頻○1000だ。今度蓮にも買うように薦めようかな。


 そうして参考書とにらめっこしていると次第に教室内の人が増えていく。蓮はまだ来ていないようだ。


「すみちゃんおはよー! 今日早いね」


 柑奈ちゃんを含む女子の集団が登校してくるとその後ろから男子のグループも入ってくる。もうほとんどが登校し終わったようだ。いつもの喧しい朝の教室だ。



 しばらくして蓮も男友達と談笑しながら教室に入ってきた。こちらを一瞥もせずにそのまま自分たちの席に向かう彼ら。友人と会話する蓮の笑顔がなぜだか妙に気になった。



 蓮の席に集まって大声で話してる彼らをぼーっと眺める。毎日バカ騒ぎをする彼らは楽しそうだ。その輪の中心には珍しく蓮がいる。


 いや、珍しいのではない。ボクが学校で話しかけるようになるまでは、よくああして集まっていたように思う。


 そう、ボクと一緒に登校するまではそうだった。


 一ヶ月ぶりに見たせいで随分と久しぶりに感じただけなのだ。


 前世ではああいう所謂「男子のノリ」というものに交ざったことはなかった。交ざることができなかった。


 だから彼らのその様子を見て、少しだけ、羨ましいなと思った。



 そして、どうしてか、楽しそうな蓮の姿が目蓋の裏に焼きついて離れなかった。







※※※







 結局昼休みになっても蓮から話しかけられることはなかった。まぁ、よく考えたら当然だ。一ヶ月前までは向こうから話しかけてくることなんてまずなかったのだから。



 本当に? 



 そもそもこの一ヶ月でも、蓮の方から話しかけてくることなんてあっただろうか。よくよく思い返してみたら、ボクから一方的に話しかけていただけで、一度たりとも向こうから話しかけられたことなんてなかったような気がする。



「は、はは……」



 乾いた笑みが零れる。


 何をたった一日、距離を置いただけでこんなに心を乱してるんだ。



 なぜか心臓をぎゅっと握りしめられるような、奇妙な圧迫感が胸を襲う。



 もしかして、蓮にとって、ボクって友達ですら、ないのかな……ボクがずっと一方的に纏わり付いてただけで、心の中でずっと鬱陶しく思ってたのかな。



 わからない。前世では普通の友人関係も築いたことないから、友達というものの距離感がわからない。


 でも、あんなに楽しそうに談笑してる蓮をほとんど見たことがない気がする。それに、他の男の子には普通に話しかけてるし。


 疑念がどんどん確信に変わって行く。


 たったこれだけのことで大袈裟に考えすぎだというのもわかっている。でも、一度気づいてしまったら、もう脳裏にこびりついて離れない。



 机に突っ伏して顔を隠す。



 きっと、他の友達とずっと話したかったに違いない。だというのに、ボクがずっと邪魔ばかりしてたから……


 これだけアピールしても女の子として意識してくれないことだって、よく考えたら当然のことだったのかもしれない。だって、そもそも好感度がマイナスに振り切れてるのなら、異性として意識するなんて無理な話だ。



 勝手に被害妄想して勝手に傷ついている自分に嫌悪が募る。



 はぁ………………なんで生まれ変わったら誰かに×してもらえるだなんて勘違いしてたんだろ…………。




 どんどん思考が沈んでいく。こんなんだから友達一人作れないのかもしれない。一人で疑心暗鬼になって勝手に傷つくやつなんてめんどくさくて関わりたくないだろうし……。




 ……………………。




 机から顔を上げてペシっと頬を叩く。隣の席の子がそれを見てビクッと跳ねていた。


 よし、メンヘラモード終わり! 変なこと考えても仕方ない、ほんとに嫌われてたのかわからないし切り替えていこう。




 でも、しばらくは蓮とは距離を取ったほうがいいかもしれないな。






※※※






 今日は授業が全然頭に入ってこなかった。まぁ、高校の範囲はとっくに終わってるし大して問題ないんだけど。一応先生に怒られないように板書だけは取った。



 作業をしている間だけは嫌なことを忘れられた。ノートにはいつも以上に綺麗な字が並んでいる。


 今日がテストでなくてよかった。こんな調子じゃ初めての一位脱落事件を起こすところだった。


 どうやらボクが自覚していた以上に、蓮の存在はボクの中で大きなものとなっていたようだ。



 だってしょうがないじゃないか。初めてできた友達だったんだから。







 最後の授業が終わり、終礼が終わると教室が一斉に騒がしくなる。帰宅RTAでもやっているかの如く素早い動きで鞄を背負って教室を出て行く男子、後ろの黒板で勉強を教え合う女子達、黙々と一人で自習をする男子。



 そして固まってふざけ合いながら教室を出て行く男子のグループ。その中には蓮もいた。



 そんな教室の光景を、どこか遠くからスクリーン越しに見ているかのように、俯瞰する。なぜだか全てが現実味がなく感じた。



 そうやってぼんやりとしていると後ろから柔らかな感触に包み込まれる。



「ねぇ、ほんとにどうしたの? 今日すみちゃんすごく変だよ」



 どうやら柑奈ちゃんに抱きしめられているらしい。人の温もりに安心して力が抜ける。



「島田君となにかあったんでしょ? 嫌なことがあったならいつでも相談してくれていいんだよ?」



 そうだ、蓮に友達だと思われていなくても、ボクには柑奈ちゃんがいるじゃないか。



「ほんとに、大丈夫だよ。ただ勝手に悩んで落ち込んでただけ。でも、ありがと。柑奈ちゃんのおかげで元気出たよ」



 後ろから巻きついてくる手をぎゅっと握る。前世と違って、こうして気にかけてくれる人がいる、それだけで幸せなことなのだ。






※※※






 柑奈ちゃんとイチャイチャしながら下校し、ようやく沈んだ気分も再び上がってきたボクは、やはり一抹の寂しさを覚えながら帰宅した。


 今日はほんの少しだけテレビを見て楽しむことができた。お母さんもホッとした様子だ。お風呂に入った後、今日は日課の勉強をサボってベッドに寝転がる。変なことばかり考えたせいで少し疲れた。



 はぁ………………。



 LIN○のトーク履歴を見る。ずらりと並ぶ会話と通話の発信履歴。そう、発信履歴だけで着信履歴はない。



 なんでもっと早くに気づかなかったのだろう。



 一緒に登校し始めるまでは、あまり学校で話せないからと、よく夜に通話していた。でも、それはボクが一方的に掛けていただけのようだ。メッセージだって、ボクが送ったものに返信してくれるだけで…………。



 枕に顔をうずめる。胸が締め付けられる。



 考えても仕方ないとはいえ、気づいてしまったせいでどうしても意識せざるを得ない。でも、柑奈ちゃん含め、今世にはたくさんの友人がいる。それだけでも救いだ。



 明日の天気は、曇りのち雨。まるでボクの心を反映しているかのようだった。










 ──────────────────────────────────────










 昨日は珍しく朝のお迎えはなかった。まぁそういう日もあるだろうと一人で登校したのだが、久しぶりに一人だったため友達にめちゃくちゃ絡まれた。菫のことを根掘り葉掘り聞かれて少し鬱陶しかった。


 昼休みもいつもなら笑顔で駆け寄ってくる菫が珍しく自分の席でぼーっとしていたので、きっと一人でいたい日なのだろうとアタリをつけた僕は昨日一日干渉せずに過ごした。



 そしてどうやら今日も朝は一人で登校するらしい。ここ一ヶ月寝ているところを菫に叩き起こされ続けたので、寝顔をこれ以上見られたくなかった僕は普段より早く目覚ましをセットするようになっていた。しかし今日はいつも騒がしい菫がやってくることはなく、静かな朝の時間を過ごす。



 朝から菫といることに慣れてしまったせいで少しだけ寂しさを感じた。




 諸々の準備を終えて家を出るとむわっとした生暖かく湿った風に襲われる。曇ってたから多少は涼しいかなと希望的観測を持っていたのだが、むしろいつも以上に過ごしにくい一日になりそうだ。


 暑さで溶けそうになりながら一番遅いバスに乗り込む。バスの中はエアコンが効いてて快適だった。


 スマホを弄っていてふとL○NEを開き、そういえば今日も昨日も菫からLIN○すら来てないなと気づいた。いつも喧しいくらいメッセージを送ってくるのだが、何かあったのだろうか。


 いつも夜になると予告なしにいきなり電話が掛かってくるのだ。たまにシている時に掛かって来たりして微妙な気分になったりもするが、何だかんだでいつも楽しみにしている時間だった。通話を繋いでも話すことはすごくくだらないことだし、なんなら繋ぐだけでほとんど話さないことすらあるが。



 汗だくになりながらバス停から学校までの坂を上がり、ざわざわと煩い廊下を歩いて教室へ行く。そして扉を開けて教室へ入った瞬間猛スピードでタックルして来た友人に廊下に引き摺り出された。ぐえっと変な声が出た、一体なんの騒ぎだ。



「おい、お前ほんとに何したんだよ! あれ見ろよ、やべぇよ」



 なぜか耳元でそう小さな声で言って来た彼の指差す方向を見ると、席についている菫。



 その雰囲気が異常だった。



 絶望に染まり切った顔でぼーっと虚空を見つめる彼女。時折世界の全てに失望したとでも言いそうな雰囲気でため息を吐いている。いつも元気な彼女らしからぬ様子だった。



「お前、俺らの小野寺さんをあんな風にしやがって! 取り敢えず一発殴らせろ」


「おいやめろ」



 取り敢えず友人を押し退けて教室に入る。相変わらず菫は負のオーラを纏ったまま動かない。


 僕には全く心当たりがないが、なにか嫌なことでもあったのだろうか。



 昨日は一人にしたほうがいいだろうと思って近づかなかったが、流石にこれは異常だ。取り敢えず菫の席へと歩いて行く。



「おい菫、朝からどうしたんだ?」



 近くの席の人の椅子を拝借し、彼女の隣に座る。



 声を掛けるとビクッと跳ねたあと何故か心底驚いたような顔でこちらを見つめる彼女。え、これ僕が何か無意識にやらかしてたパターン? 



「あ、え、れん?」


「おん、蓮だよ」


「え、え? どうしたのって、逆にどうしたの?」



 こいつは何を言ってるんだ(困惑)



「いや、お前が朝から今にも飛び降り自殺しそうな顔してたから」


「え、そんな顔、してた? ご、ごめん……別になんともないよ」



 あわあわと焦った様子で顔をペタペタ触る彼女。どうやらあの邪悪なオーラは無自覚だったらしい。でも、この様子を見る限り少し呆けてはいるものの、割と大丈夫そうだ。本人が言いたくないなら詮索はやめておこう。



「まぁ、詮索はしないけど。みんな心配してるし、なんかあったら言えよ」


「………………ほんとに何にもないんだけどね。ありがと」



 そう言って彼女は照れたように笑った。なんだかんだで昨日と今日で初めて見る笑顔だった。






※※※






 おいおいおいやべーよ。めっちゃ雨降ってるんだけど。傘もレインコートも持って来てないんだが。詰みでワロタ。



「なぁ、俺ら友達だよな? もちろん、傘入れてくれるよな?」


「小野寺さんを泣かせた罰だ。せいぜい足掻くんだな!!」



 ハッハッハッハッハ!! と高笑いしながら走り去って行く元友人を睨みつける。おのれ裏切り者めッ!! 



 え、まじでどうしよう。通りがかった友達に尽く断られる。お前ら人間のすることじゃねぇよ…………。



 しばらく雨降る外を眺めながら黄昏る。流石に教科書も全部濡らしながら走って帰る勇気は湧いてこない。



 ふと、傘を持ってエントランスから出ようとする菫を見かけた。もう彼女しか頼れる人はいない……。



「菫! すまん! 傘入れてくれ!!」



 急いで駆け寄ってそう頼み込むとキョトンとした顔でこちらを見上げてくる。しばらく無言で見つめあったあと、その気まずさに口を開きかけたところで、ぷっと軽く吹き出す彼女。



「あはは、普通逆じゃない?」


「仕方ないじゃん。もうお前しかいないんだ! 頼む!!」


「ふふ、まぁ、いいよ」



 そう言って何故か早足で玄関出て行く彼女を追いかける。立ち止まった彼女は顔をこちらに向けないまま傘を差して「ん」と隣に来るよう促す。ありがたく入らせていただくとお互いにゆっくりと歩き出す。



 彼女の傘はあまり大きくなく、少しだけ肩が濡れる。それに気づいた彼女は距離を縮めて密着してきた。



 甘い匂いにくらくらしながら彼女の様子を窺う。ほんのりと頬が赤く染まっているのが見えた。彼女も、少しは恥ずかしがっているのだろうか。



 こうして同じ傘に入るのは小学校以来だ。あの頃はもっと純粋で、こうして密着しても何も感じなかった。しかしもう異性を意識しない年齢はとっくに過ぎてしまった。



 この気持ちを告げたら、彼女はどう思うだろうか。もしかしたら気持ち悪がられるかもしれない。もしかしたら彼女も同じ気持ちだと言うかもしれない。



 どちらにせよ、こうして好きな人と、合法的に密着できる立場を手放すリスクは負えなかった。



 しかしモラトリアムはもうすぐ終わってしまう。きっとこの関係もこのまま続いていくわけではないだろう。



 いつか、覚悟を決めないとな。



 右腕に感じる感触を噛み締めながらゆっくりと歩いていると屋根付きのバス停に着く。傘を閉じて雨を払う彼女。そのまましばらくお互い無言になる。



「な、なぁ。近くない?」



 傘を差してないのにそのまま密着している彼女に気まずくなってそう言う。しかし返事もなく、そのまま無言が続く。明らかにいつもより近い。いつもならここで笑いながら学校での事とか、色々話しかけてくるはずなのに一向に口を開かない彼女。な、なんだ。これはどう言う雰囲気なんだ? 



 気まずい……。



 無言が続くと唾を飲み込む音とか、色々嫌なものが聞こえてないか、くだらないことが気になってくる。変な風に思われてないかな……。そう、童○インキャらしくビクビクしながら構える僕。



「ねぇ、私たちってさ。友達……だよね?」



 そんな雨音だけが響く沈黙の時間を破ったのは彼女だった。



「なに言ってんの? 当たり前じゃん」


「そう……」


「逆に僕達で友達じゃなかったら友達のハードル高すぎじゃね」



 質問の意図が分からず適当にそう返すも、それからまた無言の時間になる。何か返答を間違えただろうか? 彼女の横顔を窺うも、うまく表情が読めない。



「いつも、通話かけてるのは私だし、話しかけるのも私からだけだから。もしかしたら迷惑に思ってないかなって」



 またしても時間を置いてそう呟く彼女。あぁ、なるほど…………。


 確かに昔から彼女は寂しがり屋だった。ずっと受け身だった僕に対して、不安に思ったのだろうか。


 そうだったら、なんと言うか、嬉しいな。少なくともそれくらい大事には思われているらしい。



「迷惑なんかじゃないよ」


「ほんとに?」


「うん。もしかして今日元気なかったのってそれのせい?」


「……………………うん」



 やばい、こいつ可愛すぎか? 僕に嫌われたかもって勘違いして落ち込んでたってことだよな。


 無性に抱きしめたい衝動に駆られる。


 好きな人にこんなこと言われて、嬉しくならないわけがないだろ。もしかしてこいつ俺のこと好きなんじゃね(勘違い)



「ごめん、ただ僕が受け身すぎただけで……。ずっと話しかけてくれてむしろ感謝してる。ありがとな」


「そ、そうなの……」



 頭を撫でそうになったが流石に堪えた。それは友達の距離感じゃないし。でもこうやって密着するのもだいぶおかしいと思う。おかげでさっきから僕のリトル蓮が覚醒しそうになってる。



 ちょっと臭いセリフを言ったせいで顔が赤くなっている自覚があった。こうして密着されてるせいなのもある。少し気まずくなって顔を逸らした。



 しばらくそうしていると、菫が無言なのが気になってチラリとそちらを見る。するといつの間にかこちらを向いていた彼女がじーっと僕を見つめていた。目が合うとクスクスと笑われる。まずい、顔赤いのバレたか? 


 恥ずかしくて顔を背けるとふふっと笑われた。クソッこいつ…………ッ!! 



「何照れてるの?」



 そうして笑いながら更に密着してくる彼女。な、なな、ななな何をやってるんだこいつは。

 布越しでも体の柔らかな感触が伝わってくるほどくっついて来た彼女は、何故かそのままピトッと僕の胸に手を当てて来た。


 思わずびっくりしてその場を飛び退く。



「お、おま、なななにしてんの!?」



 今日の菫はやっぱり疲れているらしい。突然の奇行に頭がパニックになる。やっぱこいつ俺のこと好きやん(錯乱)





「ねぇ、なんか、ドキドキしてる……?」


「ッッ!!??」





 悪魔や……。こいつワシの純情を弄んでおる……。てかこれはつまりそういうことなのか? なんでか分からんけどつまり男女のそういう雰囲気になってるのか? なんで? そういう要素あった? 


 動揺して目を回してる僕にゆっくりと近づいてくる彼女。そしてそのままお互いの息が掛かりそうなほどまで密着する。


 ほんのりと頬を染めながら目元を緩めて上目遣いをしてくる彼女に、絡まり合った目をうまく逸らせない。じっと至近距離で見つめ合い、心拍数が上がって行く。そのまま顔を近づけると、耳元でそっと囁いてきた。




「実はね、私も、ドキドキしてるの。………………どうしてか、君はわかる?」




 その瞬間、心臓が破裂して止まってしまったかと思った。



 至近距離で、その顔で、そのセリフ。破壊力は凄まじかった。うるさすぎて雨音も聞こえなくなるほど心臓が高鳴っている。


 あまりの衝撃に手が震え、足が地面についているのかわからないほど四肢の感覚がシャットアウトされる。密着する彼女に、きっとこの心音が聞かれてしまっているに違いない。キ○グエンジン並に音が漏れている気がする。体が痺れたように動かない僕は逃げることもできなかった。



 てかこれはもう告白では?? 



 もうこのまま抱きしめちゃっていいやつだよね、てか抱きしめないといけないやつだよな。



「え、えと……」


「あっははは、顔真っ赤だね」



 何かを言おうとした瞬間それを遮って笑いながらばっと離れる彼女。え、え? 



「君、からかい甲斐があるね。もしかして私に惚れちゃった?」



 は??? ど、どういうことだ? 


 顔だけこちらに受けながらクスクスと笑っている菫。その顔には意地の悪い笑みが浮かんでいる。その顔を見てようやく思い出した、彼女が重度の悪戯好きだということを。


 つまり僕はただ揶揄われただけってこと?? え? まじかぁ……え? ほんとに?? 


 おい、これは流石に冗談じゃ済まない揶揄い方だぞ。マジで死ぬかと思った。彼女を見るといまだにニヤニヤとイタズラな笑みを浮かべている。


 危ねぇ…………ここで抱きしめてたら一生ネタにされるとこだった。ていうか彼女も顔真っ赤である。自分も恥ずかしいならやめとけよ……



 いまだに爆音を鳴らして自己主張している心臓を手で押さえる。



「あー面白かった」


「うるせぇ!! 僕だって男なんだぞ! あんなんされたら耐えれるわけないだろ!!」


「つまり私を女の子として意識してるってこと?? ふーん、なるほどねぇ……」



 こいつ遂にメスガキとして覚醒しやがった。いつか絶対わからせてやる……。やっていい事と悪いことがあるだろ。


 こちとら小学生の頃からずっとお前のことが好きなんだぞ。いつか襲ってしまっても文句言わせないからな。普段から誘惑に耐えてる身にもなってみろ。



 そうして彼女をわからせる計画を練っているうちにバスがやって来た。



 終始ニヤニヤとこちらを見てくる彼女を尻目に帰宅するのだった。






 ──────────────────────────────








 いろいろと心労をかけられた仕返し(逆恨み)として少しだけイタズラしてみた。思ったよりも効いて驚いた。どうやらこういう直接的な色仕掛け?には弱いらしい。健全な高校生には刺激が強すぎたようだ。ふふ、この反応、ちょっと癖になりそう。



 ちょっと悪趣味な気もするが、まぁ今更だろう。



 男なんかを誘惑する自分への嫌悪感で少しだけ手足が震えた。あまりの恥ずかしさに顔が火照っているのを自覚する。



 雨の音にかき消されて、自分の心臓がどうなっているのか、それはわからなかった。



 それはきっと、確認すべきものではない。そう、確かめる必要なんてないものに違いないのだ。

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