花火大会の裏で


 私こと一ノ瀬柑奈かんなには世界一美人な親友がいる。


 廊下を歩けば学年問わず男子の視線を釘付けにし、駅を歩けば辺りがざわつく。他校で噂になっていてもきっと誰も驚かないだろう。


 そんな彼女は中学からの親友である。先輩含めて部員二人の廃部寸前だった美術部に入ってくれたのだ。彼女が入ってきてしばらくしてから彼女目当ての部員が一気に増えたが、それまでは三人で細々と活動していた。


 私みたいな根暗な陰キャオタクにも優しくしてくれて、辿々しい喋りを辛抱強く聞いてくれる彼女は、私にとって救いであった。


 しかし、私なんかでは、きっと彼女と対等の友達にはなれないだろうとわかっていた。きっとあのままでは「恐れ多くも優しい彼女に構ってもらってるモブ」で終わっていたはずだ。



 だから、私は彼女の隣に立つために、彼女の友人となるために、自分を変える決意をしたのだ。



 まずは徹底的に自分磨きをした。毎日お風呂で発声練習をし、どもりをなくすために彼女から譲り受けた金魚に話しかけ続けた。その奇行を心配したお母さんに精神科へ連れて行かれそうになりつつもまずは話す練習を徹底した。



 次に容姿を磨いた。ボサボサで適当に後ろにまとめていた髪もバッサリ切ってショートカットにし、ヘアケアも毎日欠かさず行った。今では自慢のサラサラヘアだ。潰れたカエルのような声を上げながらも捻り腹筋に励み、ウエストもしっかりと絞った。ゲンドウポーズをしたお父さんに「お前……遂に男に目覚めたか?」と言われたりと家族を大混乱に陥れた『柑奈ちゃん大変身計画★』はしっかりと身を結び、どこに出しても恥ずかしくない自分を手に入れた。



 そうして私は小野寺菫の親友の座を得ることができたのだ。




※※※




 そんな彼女はどうやら最近、一人の男子に夢中らしい。いや最近というのは語弊がある。実は中学の頃から私は気づいていた。


 ぼーっとする彼女の視線を追った先にはいつも彼がいた。直接話しかけに行ったりだとか、露骨なアピールをしたりはしないものの、いつも彼を目で追うその姿は恋する乙女のそれで……私が気づかないわけがなかった。


 島田蓮、容姿は平均よりは良いという程度、成績はそこそこ優秀、しかしあまり積極的に人と話すタイプではなくいつもラノベを読んでいる。その姿に私はちょっとした親近感を抱くものの、菫ちゃんが好きになるほどの男かと言われると微妙である。インキャであることを除けば無難なタイプであるし、平均的にモテていつの間にか彼女を作っているタイプの人だ。他にもイケメン陽キャはたくさんいるのに、どうして彼なのだろうか。



 そんな失礼なことを考えつつも私は親友の恋路をそっと見守ることにした。



 しかし特に何かが起きるわけでもなく、中学卒業式を迎え、そのまま高校に進学。



 いざ高校生活! と意気込んで入学式の日、教室に入るとしれっと彼も同じ高校に進学していて驚いたことは記憶に新しい。



 もしかして実は両思いで彼も菫を追って同じ場所を受験したとか……!? とそんな妄想をしながらドキドキワクワクと見守っていたのだが、またもや何事もなく夏休みに。



 そしてその夏休みでついに事件が起こったのだ!



 私は祭りの雰囲気が苦手で中学の頃は一度も行ったことなかった。しかし高校でお祭りデビューをしようと、勇んで菫を誘うも「先約があるから、本当にごめん!」と断られ撃沈した花火大会。


 その時、私の明晰な頭脳はある推測を導き出した。



 すなわち「男か?」と。



 自惚れではなく、私は女子の中で彼女と一番仲が良い友達だと思っている。であるからこそ、ただ友達と行くだけなら一緒に行けば良いだけなのだ。少なくとも一緒に行けるか確認する素振りも見せていなかった。


 つまりどうしても二人きりで行きたい人であり、それだけ特別な人なのではないかと。


 そしてその推測は見事的中する。


 花火大会当日、他の菫ちゃんに振られた女子たちで集まって一緒に行くことになり、大所帯で歩いていた時、遂にそれを見たのだ。



 島田君と菫ちゃんが一緒に歩いている姿を、しかも気合を入れて着飾っている姿を。



 それを視界に入れた瞬間ほぼ脊髄反射でみんなの視線を別の方向へ誘導し、それとなく彼女に出会わないルートに導いた。絶対に親友のこの舞台を邪魔しては行けないと。初めての夏祭りは、そのことに意識を割きすぎて、結局あまり祭りを楽しむことはできなかった。



 しかし最後まで彼女と鉢合わせないよう努めた私は、妙な達成感を感じたのだった。




※※※




 あの花火大会以降吹っ切れたのか、彼女はすごく大胆な行動を取るようになった。周りの目を全て奪っていってるのも気にせず、堂々と一緒に登校してきたのだ。課題テスト直後にL○NEで「ごめん、今日から一緒に登校できないかも」と送られてきた私はすぐさま察して「頑張っておいで」と返信した。そして予想通り島田君と登校してきた彼女を見て思わず涙が出てきた。ようやく進展したのかと。さながら子の成長を見守る親のような気分だった。



 それから彼らは毎日一緒に登校してくるようになった。ニコニコと彼の横を歩く菫ちゃんの姿に、様々な噂が飛び交っているが、菫ちゃんの方は一切気にしないことにしたらしい。




 仲のいい彼らの様子を見て、何故だか息が苦しくなった。しかし私は、彼女の親友として、胸を満たすその不遜な感情に蓋をした。



 きっとこんなことを思う資格は私にはないだろうから。










 ──────────────────────────────────────









「ざぁこ♡ざぁこ♡ よわよわ♡ 一教科も私に勝てないなんて、男として恥ずかしくないの? ばぁか♡」


「クソッ! この、メスガキ……ッ!! わからせてやるッ!!!」


「私にいつも(勉強を)わからせられてるくせに♡」



 ベッドに腰掛けて足を組み、僕の成績表を手にする菫は挑発的な笑みでこちらを見る。


 何を間違ったのか知りたいから、という理由で僕のそれぞれの答案を強奪し散々煽ってくる彼女、いつからそんな嫌な奴になってしまったんだ……昔はあんなにいい子だったのに……。



「でもちゃんと成績上がってるね。いいこいいこ」



 前回は十八位で今回は十二位であるため成績は確実に上がっていっているのだ。一位に褒められても正直あんまり嬉しくないが。これが彼女のおかげであることは間違いない。



「ご褒美にこの飴ちゃんをあげよう」



 どこからともなく取り出した飴を投げてくる菫。運動神経皆無の僕はめちゃくちゃ危うげにキャッチする、危うげなくキャッチしたかった。インキャに物を投げないでくれたまえ。



 それからグレープ味の飴を舐めながらマリ○ーして少しだけ勉強した。夕食前に明日も朝迎えに来ると言い残して彼女は帰っていった。



 夜になって、彼女をわからせるために参考書を開いたがいつの間にか参考書が漫画に変わっていた。超スピードだとか、そんなちゃちなもんじゃ断じてねぇ何かを感じた。とても怖い。

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