見ちゃった

 目を開けると、そこには天使がいた。


 え? 天国? 死んだ? 


「何寝ぼけてるの。今日も学校だよ」


 え、あ、はい。え? 


「お父さん、朝ごはん作ってもうお仕事行っちゃったから。取り敢えず歯磨きしてきて。ご飯の後がいいなら先に食べてもいいけど」


 お、おう。


 取り敢えず何が何だかわからないが一階に降りて歯磨きをした後ご飯を食べる。


 食べた後の食器を洗って自室に戻ると何故か制服姿の菫が鞄と着替えの準備をしていた。


「食べ終わった? じゃあお着替えしましょうね〜」


 老人介護ですか? てかなんでうちにいるんだ……。


「なんでいんの?」


「幼馴染だから」


「先輩それ答えになってないっす」


 わけがわからないが、菫が妙な行動をするのはいつものことだ。突っ込むのは諦める。


 そういえば平日の朝から来るのは初めてなように思う。学校に行く時は菫は他の女子の友達と一緒なため、いつも別々に登校しているのだ。それが一体どういう風の吹き回しなのだろうか。


「てか着替えるから部屋出ろ」


「えっ!?」


「えじゃないが」


 無理矢理菫を部屋から押し出して制服に着替え始める。寝起きにあの顔面は堪える、相変わらず顔が良すぎるんだ……。そう、顔が良いのだ。だからなるべく学校で関わるのは控えてたし朝一緒に登校するのも避けていた。クラスどころか学校のマドンナたる彼女と登校したりなんてしたら男子生徒全員から顰蹙を買うだろう。しかしこうやって押しかけられてから断るのは流石に可哀想でもある。どうしようか悩ましい。



「デトロ! 開けろイト市警だ!」


「まだ入っていいって言ってないんだけど」



 ズボンを履いてシャツのボタンを止めていると我慢できなくなったのか部屋に突撃してくる菫。今日の彼女はなんだかいつも以上にテンションがおかしい。


 何故か異様にテンションの高い菫を無視して赤色のネクタイを締める。僕の通う高校は制服がブレザータイプなのだ。ベッドに腰掛けてじーっとこちらを見つめていた菫が「ネクタイ曲がってるよ」と笑ってきたが放置。


「準備終わった? まだ登校するには早いけどもう行く?」


 出来るだけだらだらしたい僕は、普段はギリギリのバスに乗っている。しかしもう着替えてしまったし、ベッドでゴロゴロするわけにもいかない。どうしようか。


 取り敢えずもう少しして出よう、と返事してリビングへ行く。


 適当にテレビをつけてソファでくつろぎながらスマホを弄ってると、今週分のジャンプを手に取った菫も近くに座る。


 昨晩読んでいたネット小説を読む。ちゃんと菫に見えない角度でスマホを持つのも忘れない。あまり見られて嬉しいものでもないし。


 画面を見つめながらニチャアっと気持ち悪い笑みを浮かべているとふと視線を感じたので横を見る。ニヤニヤとこちらを見つめる菫と目が合った。


「なんだよ」


「なんでも。笑い方気持ち悪いなぁって」


「チクチク言葉はやめるんだ」


 なんてことを言うんだ……そんなことを言う子に育てた覚えはないぞ。


 密かに傷つきつつそうして過ごしているといい感じの時間になってきた。戸締りを済ませて一緒に家を出る。


 日傘を差している菫を見ると、女子は大変だなぁと思った。


 いつも乗っているものよりいくつか早いバスに乗った。この時間は割と空いているようで、いくつか席が残っていた。普段ぎゅうぎゅうのバスに乗っているがこの時間に乗るのも悪くないかもしれない。


 横に並んで座りながらぼーっとする。目線だけ横に向けるとニマニマと笑みを浮かべながら上機嫌な様子の菫。何故か今日はずっとテンションが高いし楽しそうだ。何かあったのだろうか。


 普段はこの時間はネット小説を読んだり音楽を聴いたりして過ごすのだが、今日は菫もいるし何となく控える。



「ほら、降りるよ」



 どうやらぼーっと考え事をしている内に寝てしまっていたらしい。頬を突かれて目を覚ました。いつの間にか目的地についていたようだ。


 バスを降りてしばらくして後悔する。この時間帯に登校する生徒が多いことを失念していた。



「おい、小野寺さんの横歩いてるの島田じゃね?」


「おいおい抜け駆けか?」


「久しぶりに、キレちまったよ……」



 ふえぇ……怖いよぅ……(ガチ)


 後ろからヒソヒソと話す声が聞こえる。てかお前ら会話丸聞こえだぞ、たぶん菫にも聞かれてるがいいのか? 


 周囲の視線にビクビクしながら校門をくぐる。こんなことならもっと早めに登校しておくべきだった……。


 菫とは同じクラスなので教室まで一緒に行った。廊下を歩いてる時に男子と一部の女子の殺気が飛んできて怖かった。


 教室に入ると後ろの方に人だかりができていた。


「すみちゃんおはよー! また一位だったよ!」


 ショートボブの元気っ子女子が菫に駆け寄って行く。そしてそのまま彼女を連れて一緒に女子グループの輪に混ざっていった。


 予想通り、夏の課題テストの順位が張り出されているようだ。採点が速すぎる、テスト受けたの四日前なのだが。


 僕も一応順位表を確認する。やはり菫は今回も一位だ、いつも通りすぎてなんの驚きもない。そのまま視線を下に動かしていくと僕の名前も載っていた、十二位だ。


 うちの学校では上位三〇名までしか張り出されないので、順位表に載るだけでも栄誉なことなのだ。菫に教わっておきながらランキング載らなかったら何を言われるか……少し安心した。


「おい、島田。お前小野寺さんと一緒に登校してたよな? ちょっと屋上こいや」


 順位表を見ていると後ろからがっしりと肩を掴まれる。振り向くと血走った目を見開いたガンギマリ・スタイルの友人が立っていた。怖すぎワロタ。


「は? おいおい許せねぇよ」


 すると他の友人たちも集まってきて僕の両肩をガッツリホールドする。


「ちょっと向こうでオハナシしようね〜」


 や、やめろ! はなせぇ……! ひん……乱暴しないでぇ……。


「た、たすけ」


 静観する友達に助けを求めるも中指を立てられた。教室を連れ出され、ドアがピシャリと閉められる。クスクスと笑っている菫と一瞬だけ目が合った。



 屋上は立ち入り禁止なので男子更衣室に連れ込まれてたっぷりと絞られた。











 ────────────────────────────────









 新学期も始まり、新たなアプローチをかけてみようと思い立ったボクは蓮から強奪してきたラブコメを読み漁っていた。


 やっぱり幼馴染系ラブコメといえばこれでしょ。


 可愛い幼馴染が朝迎えにくるシチュ、とてもいいと思います。


 ということで朝早起きしたボクは自分の支度をさっさと済ませて彼の家に向かった。お母さんには事前に早く起きることを伝えていたので朝ごはんも早めに作ってくれていた。



 そして蓮宅に着いて、明らかに早く来すぎたことに気づいた。ちょっと気持ちが逸りすぎたようだ。


 まだ寝てるかな……? と家の前でうろうろしながらチャイムを鳴らす決心がつかないでいると中から誰かが出てくる。


 どうやらお義父さんはもうお仕事らしい。


「蓮はまだ寝てるけど、よければ上がって」


 と入れ違いになりながらも家に上げてもらえた。随分と信用されているようだ。かれこれ幼稚園からの付き合いなので私のことも娘のように思っているのかもしれない。



 いつも通りまずお義母さんに挨拶をすると二階に上がる。特に意識せずともスニーキングしてしまうようになってしまった。



「お邪魔します……」



 ゆっくりと音を立てないようにドアを開けるとベッドで寝ている蓮を発見。


 ふへへ、イタズラしちゃおっかなー


 蓮の机から勝手にマーカーを拝借して何を書こうか考えていると、ふと彼の横に置かれたスマホが目に入った。


 何故か充電器が刺さっており画面が開いたままだ。もしかしてスマホをいじりながら寝落ちしたのだろうか。



 ごくり、と喉から音が鳴る。



 これは友人として最低の行為だ、でも、なんだか開いたままのスマホから目を離せない。


 そ、そう、ただ友達が変なサイト開いてウィルス入れてないか確認するだけだから……決して悪いことをするわけじゃないし……ちょっとだけなら、いいよね? 



 音を立てないように全神経を使いながら蓮のスマホを手に取る。



 画面を見てみるとどうやらネット小説を読んでいたようだ。



『ギャルゲー世界に転生したらヒロインの幼馴染(モブ)だった件』



 あ、ふーん……(察し)


 な、なるほどね。



 何故かドキドキする胸を抑えながらタブ一覧を開く、他にもいろんな小説がキープされていた。そのほとんどが異世界転生系か幼馴染系のラブコメだ。『TSした親友が可愛すぎる』というタイトルがあってドキッとした。え、バレてる……? いやいや流石にそんなはずはないよね。


『検索履歴』


 えーと……ふふ、ゲームの攻略情報ばっかり。なんかすごく蓮らしい検索履歴だ。っておいなんだこの『メスガキ』ってのは。もしかして蓮ってそういう趣味なの?


 下にスクロールして行くがくだらないことばかり調べている。そろそろやめよう、と思ったところでとある履歴が目に入ってきた。



『幼馴染 恋愛』



 ほーん……………………。


 そういうネット小説でも探してたのかな? うん、きっとそうに違いない……。


 証拠隠滅を済ませてからそっと元の位置にスマホを戻した。


 特に深い意味はないが部屋から出て階段に座り込む。


 顔を手で扇ぎながら、蓮を起こすのはもう少しだけ後にしようと、そう思うのであった。



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