花火大会

 夏のイベントと聞いてみなは何を思い浮かべるだろうか。


 おそらく多くの人が夏祭りを思い浮かべたことだろう。そして祭りの中でも特に花火大会が人気なはずだ。


 そう、花火大会である。ラブコメに出てくるイベントランキング一位だとボクは勝手に思っている。


 花火大会は本当は鎮魂のための送り火のようなものなのだが、もはや家族の交流の場か男女の逢瀬の場としてしか使われていないように思う(ど偏見だが)。


 何が言いたいのかというと、ヤツを仕留めるためには花火というイベントは欠かせないということだ。


 この日の為に数ヶ月前、夏休みが始まる前から彼と一緒に行く約束をしていた。なんなら約束自体は去年からしていた。去年は高校入試のせいで行けなかったので今年こそはと思っていたのだ。


 そして今回は今までとは一味違う。クローゼットを開けて例のブツを取り出す。そう、浴衣である。


 深みのある黒の生地に薄ピンクの桜模様があしらわれた一品。頑張ってお小遣いを貯めて買ったのだ。もちろん家に何着か浴衣はあるのだが夏祭りに着て行ったことはない。サイズも微妙に合わないし。



 ふへへ、オタクが黒に弱いのは知ってるんだ。何故ならボクもオタクだから。



 去年まで中学生だったボクには痛い出費だ。しかし丁度身長も伸びなくなってきた頃だし、まぁ仕方ないと割り切ろう。


 これで無反応だったらどうしようか……。



 ………………。



 まぁいいや。握ったせいで少し皺になった部分をさっと直してクローゼットに仕舞う。


 まだ昼なので花火まで少し時間がある。


 ちょっとあいつの家に遊びにいくか。





※※※






 彼の家はボクの家から徒歩一分の場所にある。これも幼馴染的にとてもポイントが高い。


 歩いて行くと二階建ての立派な一軒家が見えてきた。大きな家だが、父子家庭の彼らには少しだけ広くて、どうも寂しい印象を受けてしまう。彼のお母さんとは小さい頃に何度か会ったことがあるが、とても優しそうな人だった。


 チャイムを鳴らすとしばらくしてお義父さんが開けてくれた。蓮は相変わらず二階の自室に籠っているようだ。ボクが尋ねて留守だったことがない上にいつも自室にいるが大丈夫なのだろうか、友達いないのかな。少しだけ心配だ。


 家に上げてもらうとまずリビングに向かう。結構広いリビングだ。大きなテレビに革のソファ、ソファの後ろに大きめの木のテーブルが置かれている。そしてリビングの隅にぽつんと小さな仏壇がある。


 お義母さんに挨拶をしてから二階に向かった。


 一切の音を立てずに階段を上がる。最近無駄にスニーキングが上手くなってきた。無駄に洗練された無駄のない無駄な技術だ。


 部屋の前に立って耳をそば立てる。コントローラーのスティックが出すカチカチ音が聞こえる。どうやらまたゲームをしているようだ。



「開けろ! デトロイト市警だ!!」



 大きな音を立てて勢いよく部屋に入ると「うおお、びっくりしたぁ」とびくんと跳ねる蓮。どうやら某愉快なパーティゲームのオンライン対戦をしていたらしい。画面には「GAME SET」の文字が浮かんでいる。どうやらいいところで邪魔をしてしまったらしい。とても申し訳ないことをしたと思う(棒読み)


 このダイナミック入室が最近のマイブームだ。毎回いちいち驚いてくれる彼が面白くてやってしまう。でも流石に今回みたいにオンライン対戦を邪魔してるといつか本気で怒られそうだ。しかしこうやって予告なしに訪問できるのはお義父さんがいるときだけだから許して欲しい。



「それほんとに心臓に悪いからやめろよ」



 はぁ、とため息を吐いた彼は一旦コントローラーを置いてこちらに向きなおる。



「で、今日は何しに来たんだ? まだ花火大会には早くないか」



 もしかしてちょっと機嫌悪い……?



「え、何かないと遊びに来ちゃだめなの?」


「いや、別にいいけどさ」



 そう言ってまたモニターに向き直る彼、やっぱり怒らせちゃったかな。もうゲームを邪魔するのはやめておいた方がいいかもしれない。



「怒らないでよぉ……ごめんって、邪魔したの謝るから。ほら、機嫌なおして」



 椅子に座ってモニターを見つめる彼の肩を揺さぶる。先ほどから話しかけてもポツポツと返事をしてくれるだけで全然会話が続かないのだ。


 別に、同じ部屋に集まってお互いに無言で漫画を読む、なんて日もよくあるのだが。ただ何となく、怒らせてしまったかもしれないと思うと無言が気まずく感じる。



「別に、怒ってないよ。ただ集中してただけで」


「ほんとに?」


「ほんとほんと」



 そう言ってモニター横で充電されていたもう一つのコントローラーを渡してくる蓮。そしてボクがよく遊びにくるせいで備え付けられた予備の椅子をモニターの近くに並べる。


 その顔は若干唇が結ばれており本当に怒ってないのかはわからない。が、まぁ構ってくれるならいいかと横に並んで座る。



 画面を見るとガチ1on1のルールでメインキャラを選ぶ蓮がいた。


 横を見るとニヤニヤとこちらを見ている。なるほど、受けて立とうか……







 ──────────────────────ー







 無視するとめちゃくちゃしつこく絡んでくる菫が面白くてつい意地悪をしてしまった。昔から構ってちゃんなのだ。



 普段は手加減しておまかせで戦ってるが今日は久しぶりにメインキャラの黒装束の男子高校生を使う。


 僕は隙あらばオンライン対戦をしているのでまぁまぁ強い自負があるが彼女はいろんなゲームを幅広くやるタイプなのであまり強くはない。案の定ボコボコにしてしまう。



 しばらくお互い無言で、ボタンとスティックのカチカチ音、そしてゲームの音だけが部屋を支配する。



 僕の操作する男子高校生が華麗に撃墜コンボを決めた。キャラの下にはストック数を示すアイコンが三つ並んでいる。つまりは三タテだ。



「なんでだよぉ……」



 悔しがる彼女を横目に見る。男としてどうかと一瞬思ったが、嗜虐心が湧いてきたのでしばらくボコボコにし続けた。


 もうやだ! と叫び、泣き真似をしながらベッドにダイブする彼女。少しいじめすぎてしまったようだ。



「あー、スッキリした」


「やっぱめっちゃ怒ってるじゃん」


「もう満足したからマ◯カーしようぜ」



 やはり彼女は◯リカーのような(ガチ勢を除いて)比較的わいわいしたゲームの方が楽しめるようだ。終始ニコニコと楽しそうにする彼女を盗み見ながらゲームに勤しんだ。




 ***




「一旦準備してくる」と言って自宅へと戻って行った彼女を見送り、僕も軽く準備をする。


 と言っても準備することなんてほとんどないので一瞬で終わり手持ち無沙汰になった。


 少し悩んだ末に家まで迎えに行くことにした。


 彼女の家は歩いてすぐの場所にあるので荷物を持って向かう。


 彼女はマンションの5階に住んでいるのでオートロックの扉の前でインターフォンを鳴らす。しかし結局誰も出ずに切れてしまった。


 いつも準備が速いのでもう終わってると思っていたがまだのようだ。


 しばらく待っているとLIN◯で『もうちょっとだけ待って』と送られてきた。


 珍しいなと思い、スマホを弄りながら外で待っていると。自動ドアの開く音が聞こえてきた。



「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった」



 おう、と声を掛けながら振り向いて、



 一瞬世界が止まった。



 そこには上品な浴衣に身を包んだどこぞの令嬢と見紛う少女が佇んでいた。夜の闇のように深い黒に、どこか儚さを感じる淡い桜色。普段はストレートでおろしている髪もアップになっている。いつもはどこか幼さを感じるのに、今は艶っぽい大人な雰囲気を纏っておりまるで別人のようだ。


 端的に言って見惚れていた。え、これと一緒に歩くの? やばくない? 嫉妬に狂った同級生に刺されない? 


 言語を失い金魚のように口をパクつかせているとニマニマとした彼女が見つめてくる。


「ん? どうしたの? 何か言いたいことがあるなら言ってみ?」


 こいつ、自分の可愛さを自覚してやがる……ッ!


 惚けてる僕を煽るようにそう言う彼女に、「何でもない、早く行くぞ」とだけ言って歩き始める。今彼女を視界に入れると色々耐えられそうになかった。


 隣を歩く彼女が色々と話しかけてくるが今はそれどころじゃない。ドキドキしすぎて何も頭に入ってこない。「ああ」とか「うん」とか、まるでうわ言のような返事だけを返し続けていると。最初は楽しそうだった彼女のトーンがどんどん下がっていく。


 まずい、何か気の利いたことを言わないと、と思うも緊張で何も浮かんでこない。いやそもそも僕みたいなクソインキャオタクにそんなトークはハードルが高すぎる。


 あー、と何かを言いかけてはやめることを繰り返してると、ついに菫が立ち止まってしまった。ぐいぐいと裾を引っ張られる。


 僕も立ち止まって後ろを見ると、いかにも不機嫌ですといった表情を貼り付けている彼女。な、なんだ、一体何を言われるんだ? 


 そう身構えるも、しかし俯いて視線を彷徨わせる彼女は一向に口を開かない。


 しばらくして意を決したように顔を上げ強い視線でこちらを射抜いてくる。



「ねぇ、頑張っておめかしした幼馴染に何か言うことはないの?」



 そう拗ねたように言う彼女の姿になにか良くない欲求が湧き上がってきそうだったが何とか堪える。え、あ、それで拗ねてたの? えぇと、これは何て言うのが正解なんだ? 



「めっちゃ似合ってる」


「ふーん、他には?」


「すげえ可愛いと思う。うん、テレビに出てても違和感ないと思う」



 言葉を考える前に口が動いていた。正直めちゃちゃ恥ずかしかったが、茶化すのはきっとよくない選択肢だっただろう。多分、これでよかったはずだ……キモって思われてないかな……



「あぁ、そう…………」



 ただそれだけ言って再び歩き出す彼女。僕もついて行くが何故かそれきり無言の時間が続く。ずっと顔を背けてくるせいでその表情は窺えない。えぇ……こわ。



「ありがと……」


「え、なんて?」


「何でもない」



 一体何なんだ(困惑)


 自分で感想聞いといてその反応はどうなんだ……こちとらめちゃくちゃ恥ずかしかったんだぞ。



「わぁ……やっぱ人多いね」



 しばらく無言で歩いて行くと花火大会の会場である公園に着く。早めに来たのに人で溢れていた。


 結構な規模の花火大会なので、小さい頃は人が多すぎて怖かった。今も割とそうだが。


 屋台の灯りに照らされ、太鼓の音を聴いているとそれだけでも楽しい気分になってくる。彼女もやはり祭りの魔力には抗えなかったのだろう。いつの間にか機嫌を取り戻してにこにこと笑っている。目を輝かせながらあそこ行ってみよ! と色んな屋台を指差す彼女。そういったところは昔と変わっていないようだ。


 たった去年行かなかっただけだというのに、随分と久しぶりに感じる。それは、隣の彼女が浴衣を着ている姿が、大昔、まだまだ小学校入りたての頃の情景と重なって見えたからかもしれない。あの時も一度だけ子供用の浴衣を着ていた。彼女はもう覚えていないかもしれないが。


 焼きそばにたこ焼きにポテトと目についたものをどんどん買って行く彼女。両手が食べ物で埋まっていく。


 取り敢えず空いていたベンチに腰掛けて両手にあるものを減らして行った。僕が買った焼き鳥と交換でたこ焼きとポテトを少しずつもらった。


 なんだろう、こういう屋台の食べ物ってやたら美味しく感じるんだよな。多分同じものを普通に家で食べたら大したことないんだろうけど。この空気で食べると何かが違う。それは隣に座る彼女も同じだったようで、



「いやーやっぱりこれだよ。去年食べれなかった分いっぱい食べるよ!」



 と張り切って食べていた。たこ焼きで火傷しそうになりながらもすごい勢いで平らげていく様子をぼーっと眺める。いっぱいたべるきみがすき。


 するとその視線に気づいた彼女が恥ずかしそうにしながら太ももをペシっと叩いてきた。



 その後もいろんな屋台を回って行く。綿菓子を食べたり、怪しげなくじを引いたり。夏祭りを満喫して行く。



「ね、見て! この金魚だけすごく大きい!」



 夏祭りの醍醐味とも言える金魚掬いの屋台に来た。正直高確率で病気を持っているので金魚掬いはあまり好きではない。あまり乗り気ではない僕とは対照的に目を輝かせる彼女。祭りに来るたびに挑戦しているせいで彼女の家の金魚がどんどん増えていってる。



「よし、君をアレクサンドロス2世と名付けよう」



 例の如く一発で失敗した彼女は屋台のおじさんの好意で狙っていた金魚を貰う。一匹は確定で貰えるのだ。こういう時にあの顔は便利だと思う。



 そんな感じで遊んでいると、人の流れが変わる。どうやら花火の打ち上げが始まるようだ。


 しかし本当に人が多い、祭りも佳境に入ってどんどん人が増えている。このままじゃ迷子になりそうだ。特に彼女は面白そうなものにすぐ飛びつくのでフラフラといなくなりそうで怖い。


 そんなことを考えていると急に耳元で声が聞こえる。急な出来事に全身がブルリと震える。これがリアルASMR!? 


「ねぇ、はぐれちゃいそうだし手繋ご?」


 え、何を言ってらっしゃるんですかね。ちょっと待って、手汗かいてないかな。せめて手洗ってアルコール消毒してちゃんと拭いていっそゴム手袋してから……


 急な提案に童貞らしくあたふたしているともう、と息を吐いた彼女にさっと手を取られた。ひぇ……



 手の柔らかな感触に全神経を集中させていると気が付けばいい感じの位置に腰をおろしていた。いつの間に……まさかス○ンド攻撃ッ!? 


 そんなバカなことを考えてるうちにひゅーという独特の音と共に光の筋が空に伸びて行く。花火の時間が始まったらしい。


 太鼓の音を聞いた時のような、心臓を優しく叩かれるような感覚がある。小さい頃はこれが苦手だったな……


 花火の破裂音が、ドキドキとうるさい心音を掻き消してくれた。繋いだ手がじんわりと汗ばむ。強く握り締められた手を伝って、この熱が伝わってしまわないか、ほんの少しだけ怖い。




 ぼんやりと、頬を染めながら空を見上げる彼女の横顔は、とても美しかった。






 ────────────────────────────────ー






 程よい時間になって、三尺玉も見終わるとぼちぼち帰る時間だ。



 なんだか妙に暑かった。密集した人の熱気のせいか、それとも、彼と繋いだ手が蒸れてしまったせいか。


 おそらく両方だろう。



 顔が熱いのは、男なんかと手を繋いだ嫌悪感とか、恥ずかしさとか、きっとそういうもののせいに違いなかった。

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