翌日

 昨晩、特にやましい気持ちなんてかけらもないが、断じて含みなどないが、なんとなく布団に顔を埋めてみた。


 自分の汗の臭いしかしなかった、最悪である。ファブ○ーズを100回くらい噴射しておいた。



 おかげでベッドがびしょ濡れになってしまったので寝る場所がなくなり仕方なく徹夜でゲームしたのだが、何故か菫から深夜二時頃に「早く寝なさい」というお叱りのL○NEが送られてきた。貴様見ているなッ!? 



 彼女はあまり夜更かししないので珍しい。何かあったのだろうか。



 今日は彼女に勉強を教えてもらう予定なのだ。僕が勉強が苦手だとかそういうわけではないのだが、何故か菫は昔から勉強に関してはとてもうるさい。いつの間にか定期的に勉強を教わることになっていた。



 スマホを弄ってると突然ドアが勢いよく開かれる。その音にびっくりしてスマホを落とした。ゴム製のカバーを付けている為盛大に飛び跳ねる。画面は割れていなかったがヒヤリとさせられる。



「私が来た」



 思わず睨むようにドアの方を見ると菫が手提げ鞄を手に仁王立ちしていた。



「いやノックしろよ」



 思春期男子の部屋だぞ。いつナニをしてるかわからないのだ。特にやましいことはしてないが急に入ってこられるとドキドキする。


 ごめんごめんと言いながら自分の家にいるかのようにズカズカと入ってくると、僕の棚から勝手に参考書類を漁り出す菫。見られてはいけないノートとか日記とかも置いてあるので怖い。


 ビクビクとそれを見守ってると振り向いた彼女に呆れたような目をされた。



「何してるの、ここじゃ狭いからリビング行くよ」



 いやここ僕ん家なんですけど……。


 その言葉を飲み込み、徹夜明け特有のふわふわとした感覚を覚えながらも彼女と一緒にリビングへ降りる。ちなみに僕の部屋は二階にある。



 リビングに行くとお父さんがお茶を用意してくれていた。今日は土曜日で休みなのでカジュアルな格好をしている。



「ゆっくりして行ってね」



 それだけ言うとこちらに意味ありげな目線をよこしてから二階に上がっていくお父さん。おそらく二階の仕事部屋に行ったのだろう。実に気遣いのできる父である。


 頭を下げていた菫はそれを見届けるといそいそとテーブルに勉強道具を並べ出した。



 彼女は顔も性格も良い上に勉強もできる無敵の存在だ。なんで僕の幼馴染なんかやってるんだろう……。定期テストで一位はあたり前だし、模試もかなりの点数を取っている。前聞いたところ、もう高校三年間分の予習は終わってるらしい。はっきり言って化け物すぎる、人生二周目と言われても素直に信じてしまうかもしれない。そんな彼女のおかげで僕もなんだかんだ良い成績が取れてる状況だ。本当に感謝しかない。



 今日は化学を教えてくれるらしい。いつの間にか数英物化は数ヶ月分予習が終わってしまったのでだいぶ余裕はある。



 予習であるのでまず教科書などの内容から授業をしてくれるのだが、彼女の教え方は非常にわかりやすい。将来教師にでもなるつもりなのだろうかと思う程だ。



 二人で並んで座っていると良い匂いがしてきて頭がくらくらとしてくる。特にノートを見せながらそれに書き込んだりするため非常に距離が近いのだ。


 真夏で薄着をしているせいで視界を占める肌色が多すぎるのもとてもいくないと思った。


 息子が領域展開しそうになるのを必死に耐えつつ授業に耳を傾ける。しかし今日は徹夜明けなのもあって頭がぼーっとして良くない方向に思考が向いたりと全く集中できていなかった。



 気がつけば彼女は手を止めてじとーっとした目でこちらを覗き込んでいた。



「ねぇ、ちゃんと聞いてる?」


「聞いてる聞いてる、ええと、塩がなんだって?」


「触媒を加えてもどっちも速くなるから平衡は動かないっていう話。ちゃんと集中して」



 完全に話を聞いてなかった。適当なことを言うと頭を優しくペシっと叩かれる。はぁ、とため息を吐いた彼女は授業を再開する。しかしだんだんぼーっとしてきて授業が耳に入ってこなくなる。


 思考がどんどん逸れてふと疑問が浮かんできた。



「そういえばさ、どうしてここまでしてくれるの?」


「ここまでってどういうこと?」



 こてんと首を傾げる彼女。髪の毛から良い匂いがする。



「いやさ、すごい時間かけてずっと勉強教えてくれてるじゃん。めっちゃありがたいけど大変じゃないのかなって」



 それを聞いてキョトンとした彼女は目をぱちくりとさせると少しだけ顔を伏せる。その表情からは何を考えているのかあまり読み取ることができない。ほんの少しの間をおいてその口を開く。



「えっと……だって君には良い成績を取ってもらわないと困るし……」


「んん? 別に菫は困らないだろ。それに僕も成績悪いわけじゃないし」



 あっと失言したかのように目をあちこちに泳がせる彼女。何をそんなに慌てているのだろうか。



「えっと、あぁと、ああ……、あ! そう、君私が教えてあげないと全く勉強しないでしょ?」


「うん、絶対しない」


「そこはきっぱり言い切らないで欲しかったかな。うん、だからこうしてわざわざ教えてあげてるの。感謝してね」



 結局彼女が困る理由にはなっていなかったが。えへへ、と口に手を当てて誤魔化すように笑う彼女が可愛かったのでまぁいいかと思った。感謝感謝。







 ──────────────────────────────ー






 危ない危ない。昨日は何故か落ち着かなくてちゃんと寝付けなかったから変なことを言いそうになった。


 「将来養ってもらうために君を育ててます」だなんて言えるわけがない。良い大学かいい感じの学部に行ってもらわないと困るのだ。起業したり、他にも色々道はあるだろうがやはり安定択をとってもらいたい。


 そういえば、昨日ふとゲームのフレンド欄を確認したら彼がオンラインになってたのでついLI○Eを送ったのだが、やはり彼もちゃんと寝てないのだろう。いつも以上にぼーっとしてるように見える。目元にはくっきりとくまが浮かんでいる。



 ふと話を全く聞いてない彼に少しイライラしたのでイタズラしてみる。ぼーっとしてる彼のくまを急に撫でてみた。


 うおっと大袈裟に驚いてびくんと跳ねた彼が可愛くて少しだけ溜飲が下がった。



「眠そうだし話聞いてなさそうだから今日はやめとこっか」



 そう声を掛けるとごめん、と申し訳なさそうに謝ってくる彼。どの道眠たい中で勉強したところで効率はよくない。一緒に勉強道具を片付けて彼の部屋に戻る。


 それから残りの時間ゲームをして過ごし、いつの間にか寝落ちしていた彼を置いてその日は帰ることにした。



「いつも息子をありがとね。またおいで」



 帰り際にお義父さんが見送ってくれた。とてもいいお父さんだと思う。

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