第12話 コストナー子爵を逮捕しろ

 変装してカジノに潜入した私とロベールは、カジノの中を歩いていく。着飾った貴族の男女もちらほらと見えるから、一部の貴族の社交場になっているようだ。中には、ここが違法カジノだとは知らずに遊びに来ている人がいるのかもしれない。


 カジノのスタッフは慣れた様子で、貧乏人は後回し、金持ちそうな人から対応していく。無料のアルコールのサービスはもちろん、テーブルでは男性客相手の美人ディーラー、女性客相手の美男子ディーラーが対応している。ディーラーと客が談笑しながらゲームをしており、これが貴族の男女が違法カジノにハマる理由の一つだ。

 美人ディーラーを必死に口説く男性貴族を横目に、私たちは奥へ進んでいく。


 私たちはスロットマシーン、ジャックポット、バカラのテーブルを越えて、買収したディーラーがいるポーカーのテーブルに座った。ディーラーの話によれば、このカジノのポーカーは賭け金が無制限、幾らでもレイズできる。このカジノに損失を出させたい私には最適なゲームだ。だが、万が一負けると、かなりの損失を覚悟しないといけない。

 負けたらお父様に怒られるわね……


 私がディーラーに依頼したイカサマは単純なものだ。

 このカジノではカードシューター(カードを1枚ずつ取り出す機械)を使っていない。私が買収したディーラーはセカンドディール(一番上のカードを配ると見せかけて2枚目のカードを配る方法)とボトムディール(一番上のカードを配ると見せかけて一番下のカードを配る方法)を併用して、2回に1回、私にペアのカードを私に配る。

 つまり、2回に1回はワンペア(同じ番号のカードが2枚ある状態)以上が確定する。同じ番号のカードをもう1枚手に入れればスリ―カード(同じ番号のカードが3枚)になるから、ゲームに勝ちやすくなる。


 私は勝てる可能性の高い2回に1回は賭け金を増やし、勝敗が分からない2回に1回は賭け金を減らしてゲームを続けた。私の手持ちのチップは増えていき、1時間でチップを3倍まで増やすことができた。


 ロベールは私がいつか負けるのではないかと心配になってきたようで、「もう帰ろうよ!」とか言い出す始末。既にロベールの家が数件建つくらいの金額になっているから、ビビる気持ちは分かる。

 でも、ここで帰るわけにはいかない。勝負はここからだ。


 ポーカーはカジノの中でも時間が掛かるゲームだ。買収したディーラーの情報によれば、私の勝った金額はこの時点で店の売上(利益)の50%。今回の作戦ではカジノに大損害を与えないといけない。だから、もっと大きく勝たないといけない。


 この時点で、店にとって私は要注意人物。店は私とディーラーのイカサマを疑っているようで、買収したディーラーが交代させられた。さらに、1人のプレイヤーが私と同じテーブルに入ってきた。入ってきたのはコストナー子爵の手下だ。2対1なら勝てる可能性が高くなると考えているのだろう。


 ゲームが再開された。

 ディーラーが代わったから、私は勝ったり負けたりを繰り返す。いい役がきたときにはレイズ(上乗せ)し、役が悪いときはフォールド(降りる)していった。ディーラーと他のプレイヤーはコール(合わせる)場合もあれば、リレイズ(更に上乗せ)してくることもある。


 他のプレイヤーが「レイズ」してきたから、私は「リレイズ」した。

 役はフルハウス、負けることはない……はず。


「リリレイズ(再々上乗せ)」とディーラーが言った。


 ディーラーは自信があるようだ。

 他のプレイヤーは「フォールド」と言ってゲームを降りた。


 ロベールは「もうやめようよ……」と言う。大金にビビったロベールが可愛いい。


 既に賭け金は膨らんでいるし、役もいい。今回の作戦にはいいタイミングだ。


――勝負にでるか……


「オールイン!」

 そういって手持ちのチップを全てテーブルに押し出した。


 ディーラーは「ちょっとお待ちください!」と言って、後ろの黒服と何やら話始めた。

 私が賭けたのは店の売上の50%。ディーラーが独断で受けていいゲームではない。コストナー子爵に確認しているはず。そうでなければ困る。


 私の隣には小心者のロベール。

 ロベールは待ち時間のプレッシャーが耐えられないのだ。不安な顔で「止めようよー」「もう帰ろうよー」と私に小声で訴えかける。

 私は不安がるロベールの手を握りながら「大丈夫よ」と励まし続けた。


***


 しばらくしたら、小太りの男がフロアに入ってきた。事前に確認した顔写真と同じ顔をしている。彼がコストナー子爵だ。ディーラーに話を聞いて私の方へやってきた。


「これは、ウィリアムズ公爵令嬢ではありませんか」とコストナー子爵は私に言った。


 変装していたものの、私の正体はバレていた。かなり勝っていたから、カジノ側が私の素性を調べたのだろう。しかたないから私はコストナー子爵に挨拶する。


「はじめまして、マーガレット・マックスウェル・ウィリアムズです。あなたは、パオロ・デ・コストナー子爵でよろしかったかしら?」

「はい、そうです。私のような者の名前を憶えていただき光栄です」


「それにしても、ご盛況のようですね。私も連れも楽しんでおります」

 私はそういうと、ロベールを引き寄せて腕を組んだ。


「これは、これは。私どものカジノを贔屓にしていただき、ありがとうございます!」

「いえ。この素晴らしいカジノはコストナー子爵が経営されているのかしら?」

「はい、今後ともご贔屓に……」


 私はロベールに「今よ!」と小声で伝えた。ロベールは大声でフロアに向かって叫ぶ。


「確保!」


 すると、客に紛れていた10人の警察官がコストナー子爵を取り囲んだ。


「これは?」

「コストナー子爵、あなたを違法カジノの運営容疑で逮捕します。先ほどご自分で違法カジノを経営されていることを認められましたよね?」

「なっ……」


 コストナー子爵は警察官に連れられてカジノを出ていった。今日でこの違法カジノは閉店だ。


 無事にコストナー子爵の逮捕は完了した。私の仕事はここまで。

 私はロベールの手を取って、颯爽とカジノを出ていった。


***


 カジノを出たらロベールは少し落ち着いたようだ。思い出したように私に尋ねた。


「賭け金、返してもらわなくて良かったの?」


「あ゛ぁぁぁぁ………」


――お父様に怒られる……


 私はフィリップに回収を命じた。

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