第10話 生徒会費が盗まれました

 授業が終わった私は生徒会室に向かった。私はヘイズ王立魔法学園の生徒会長をしている。公爵令嬢だし、成績は学年トップだし、美人だし、人徳があるし……

 主に前2つの理由だとは思うが。


 いつもは静かな生徒会室。でも今日は状況が違った。

 私が生徒会室のドアを開けたら、生徒会のメンバーが一人の女子生徒を取り囲んで尋問している。


「あなたがやったんでしょ? 正直に言いなさいよ!」

「そうよ! 証拠もあるんだからね!」


 取り囲まれた女子生徒は下を向いたまま黙秘を続けている。

 私は生徒会メンバーのメアリに「どうしたの?」と尋ねた。


「マーガレット様、生徒会費の使い込みが発覚して、この子が犯人として捕まったんです」

「生徒会費を使い込んだ……生徒会費ってこの生徒会の活動費だよね?」

「そうです。生徒会の活動は生徒会費から賄っています」

「うちの学園の生徒会費ってそんなに残っていたかしら?」

「それが……」


 生徒会費の管理は会計のカトリーヌに任せている。生徒会費の管理は私の仕事ではないけど、学園祭も終わったし年度の後半に差し掛かっているから、既に年度予算のほとんどを消化している。だから、大きな金額が残っていなかったはず……


「予算は消化しているはずだから、大金ではないんでしょ。そんなに大事(おおごと)にしなくてもいいじゃない?」

「それが……今までの会計報告が虚偽(きょぎ)でして……」

「生徒会の会計報告が間違っていたということ?」

「そうです。今まで生徒会が支出したと報告されていた金額のうち、かなりの金額の使い込みが発覚しました」

「えぇ? どれくらいの金額なの?」


 メアリは耳打ちして教えてくれた。相当な金額だ、ロベールの家なら建つかもしれない。

 やっと生徒会メンバーが騒いでいるのが理解できた。これは大事だな……


 そうしている間にも生徒会メンバーによる尋問は続いている。


「カトリーヌ、証拠はあるのだから、何とか言いなさいよ!」

「何も言わなかったら、警察に通報するわよ!」


 女子生徒は黙秘を続けている。


――カトリーヌ……


 生徒会の会計を任されているカトリーヌ・ブラン、今回の容疑者だ。

 たしか、ブラン子爵家の次女のはず……


 子爵令嬢なのに生徒会費を使い込むのか? 遊ぶ金欲しさに?


 子爵家の令嬢がお金に困っている状況に違和感がある。


 それに、こんなに責め立てられたら、カトリーヌも弁明できない。

 とにかく、私はカトリーヌから理由を聞くことにした。


「カトリーヌ、ちょっといい?」

「マーガレット様!」

「隣の部屋で私と二人きりで話しましょう」

「はい」

「私が事情を聞くから、他の人はこの部屋にいて下さい」


 私はそういうとカトリーヌを連れて別室に移動した。



***



 静かな別室に移ってカトリーヌを責め立てる生徒会メンバーの姿はなくなった。それでも、カトリーヌは緊張しているように見える。

 私はカトリーヌに静かに語り掛ける。


「カトリーヌ、話はさっきメアリから聞いたわ。お金を盗んだのは本当なの?」


 カトリーヌは黙ったまま私の目を見つめている。

 私が「怒らないから、正直に言ってほしいの」と言うと、「うぅぅぅ……」と嗚咽が聞こえた。


「辛かったのね」

 私はカトリーヌを抱き寄せた。


 カトリーヌは「申し訳ありません」と何度も私に謝った。私に謝ってもしかたないのだが、今はカトリーヌのしたいようにさせておこう。


 しばらくしたら、カトリーヌは少し落ち着きを取り戻した。

 私は改めてカトリーヌに質問する。


「カトリーヌ、あなたはブラン子爵家の令嬢です。何があったのですか?」

「……」

「遊ぶ金欲しさに盗んだのですか?」

「違います!」


 カトリーヌは精一杯否定した。子爵令嬢としてのプライドはあるようだ。


「じゃあ、何か事情があったの?」

「……」

「口外しないから、私にだけ教えてくれない?」


 カトリーヌは「分かりました」と言って経緯を語り始めた。


「お恥ずかしながら……母が違法カジノにハマってしまって……」

「違法カジノ? 違法カジノって違法よね?」


 バカな質問をしてしまった私。

 ヘイズ王国では国営カジノ以外は認められていない。私は違法カジノが存在していることを知らなかったから、当たり前のことを聞いてしまったのだ。


「もちろん違法です。違法カジノで母が作った借金返済のために、領地や自宅を売却したりしたんです」

「ブラン子爵家は裕福な家だったわね?」

「はい、以前は……」

「領地や自宅を売っても足りなかった……そういうこと?」

「……はい」


 カトリーヌは私から目を背けて話を続けた。きっと恥ずかしいと思っているのだ。


「学園のお金を盗むことは悪いことです。許されることではありません。もちろん知っています。私は警察に突き出されても仕方のないことをしたのです」

「そうね」

「申し訳ありませんでした!」


「それで借金は返済できたの?」

「いえ……利息の支払いしか……」


 カトリーヌは借金返済のために領地や自宅を売却したと言ったが、それでも全然足りなかったらしい。違法カジノで借金がそこまで膨らむものなのか?


「ねえ、カトリーヌ。あなたのお母様が違法カジノで借金を作ったことは分かった。あなたの家は裕福な子爵家だったのよ。領地や自宅を売却しても完済できない借金って、どういうことなの?」


 すると、カトリーヌは借金が雪だるま式に膨らんでいったカラクリを語り始めた。


 カトリーヌの母が違法カジノに初めて行ったのは半年前。知り合いの伯爵家のママ友と一緒だったらしい。そのカジノは子爵家が運営しているものらしいが、カトリーヌはその子爵の名前を知らなかった。


 初めての賭博に不安を抱えていたものの、カトリーヌの母は勝って帰ったらしい。その次に違法カジノに行ったときも勝って帰ってきた。カトリーヌの母は違法カジノに行けば、お金が儲かると錯覚したようだ。これはカジノの戦略だ。


 そのうちカトリーヌの母は負け始める。それでも、『次のゲームに勝てば負けを取り戻せる』と思って違法カジノに入り浸るようになった。


 カトリーヌの母はトータルで負け続けていたが、家の金を持ち出して違法カジノに行っていたわけではなかった。カジノは貴族に対して信用(借入)でゲームをすることを許可していたため、カトリーヌの母には借金が膨らんでいる認識はなかった。

 ちなみに、違法カジノの金利はトイチ(10日で1割の利息が付く)。例えば、半年前に借りた100は、半年後(180日後)には556(=100×(1+10%)^18)になる。

 カトリーヌの母は、違法カジノでは信用(借入)で賭博行為をしていたから、賭け金として作った借金とは別に、その何倍もの利息が発生して借金が急激に膨れ上がった。



「つまり、あなたのお母様の借金はそれほど大きくなかった。そういうこと?」

「そうです。母の借金のほとんどは利息です」


 カジノもトイチの金利もヘイズ王国では違法だ。私はカトリーヌを助けてあげたいのだが、違法行為から発生したブラン子爵家の借金をうち(ウィリアムズ公爵家)が肩代わりするわけにはいかない。


 それに、同じような状況はヘイズ王国で起こっているはずだから、大本を断つ必要がある。


 違法賭博で財産を巻き上げる行為は公爵令嬢として許せない。それに、違法カジノを運営しているのはどこかの子爵家らしいから、ロベールの出世に役立つはずだ。


 私は違法カジノの調査を次の案件にすることを決めた。

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