第9話 虫よけ大作戦!

 ヘイズ王から「あと2件手柄を立てればロベールを子爵にする」と言質が取れたので、私は決意を新たに、貧乏男爵を出世させることにした。

 ちなみに、王城にてロベールに『マーガレット(私)が暴走しないよう見張っておくように!』と王命が下ったらしいのだが、私は知らない。


 さて、王城から屋敷に戻った私は、フィリップとミシェルから作戦の進捗を確認している。


 フィリップは『邪魔な子爵を潰す作戦』の担当だ。内容は悪事を働く子爵家を探し出し、その証拠を掴むこと。フィリップのおかげでシュミット子爵家の違法薬物の取引を潰すことができた。この件だけでロベールを子爵にすることはできなかった。が、ヘイズ国王から2件手柄を立てればいいと言質をとれたので、フィリップの担当する『邪魔な子爵を潰す作戦』は順調と言える。


 次に、ミシェルは『虫よけ大作戦』を担当している。ヘイズ王立魔法学園でロベールに女子が寄り付かないようにするのが仕事だ。「ロベールが私(マーガレット)を愛している」ことを学園内で周知させ、ロベールに近づく女子生徒を妨害する。これがミシェルの役割だ。

 私はミシェルから作戦の報告を受けている。


「ここ数日で何件か動きがありました」

「動き? まず報告を聞きましょう」

「まず、お嬢様とロベール様がデートしているところを目撃した、と噂を学校中に流しました」

「あら、いいわね」

「そして、デートのエビデンスとして、至近距離で二人が楽しそうに話している写真をばら撒いておきました」

「ばら撒いた?」

「ええ、写真を各教室の掲示板に貼り付けておきました!」

「えぇぇ……」

「お嬢様、恥ずかしがってはいけません。誰よりも先に既成事実を作るのです!」

「そんな……悪役令嬢みたいな言い方……」

「お嬢様、ご存じないのですか?」

「なにを?」

「お嬢様が周囲からどう見られているか? 悪役公爵令嬢ですよ!」

「まぁ、いいわ。ところで、どんな写真を貼ったの?」


 私はミシェルから写真を受取った。シュミット子爵の倉庫の前で張り込みをしている時の写真だ。デートではないが二人の親密さがよく分かる。いい写真だ。

 多分、万引きGメンの話をしていた時だと思うのだが、私がロベールの眼を見ながら楽しそうに話している。一方のロベールは取引関係者を監視している最中だから、若干顔が引きつっているような気がする。


 ちょっと待て……


――これは『私がロベールのことを好き』な写真じゃないのか?


 私が欲しい絵面は『ロベールが私のことを好き』な写真。ちょっと違うな……

 私はミシェルに指示をする。


「次は、ロベールが私をウットリと見ている写真を撮るのよ。分かった?」

「ちっ……」

「舌打ちした?」

「いえ…承知しました」


「それで、次の報告は?」

「1年生のある女子生徒がロベール様の机にラブレターを入れているのを発見しました」

「えぇ? ロベールは人気あるのね……」

「とても女子生徒から人気があります」

「へぇ」

「親切ですし、そこそこイケメンですし、頭いいですから」

「まあ、否定はしないわね。で、何が問題なの?」

「私も普通の女子生徒からのラブレターだったら、こんなことはしません」

「どういうこと?」

「この女はダメです。とにかくダメなんです!」

「ダメって、何がダメなの?」

「男を破滅させる女です」

「男を破滅させる……。それで、ラブレターは?」

「はい、こちらに!」


 私はミシェルからラブレターを受取った。ある女子生徒がロベールに宛てて書いたラブレターだ。私はラブレターを手にしたまま固まっている。迷っていると言った方が正確だろう。


――読んでもいいのだろうか?


 ロベールが女子生徒から人気があることは、私としては嬉しいことだ。女性から見向きもされない男性は、公爵令嬢の婚約者として相応しくない。ただ、ロベールが女子生徒からモテすぎるのは気にくわない。

 つまり、ロベールには公爵令嬢の婚約者として相応しいモテ方(ほどほどにモテる)をしてもらわないといけない。

 このロジックによれば、ロベールに言い寄ってくる女性に対して、私は一定の敬意を払わないといけない。女性の想いの詰まったラブレターを、本当に読んでいいのか……

 それに、ミシェルが言った『男を破滅させる女』が気になる。


 私は一応確認する。


「ミシェル、中身は読んだの?」

「ええ、もちろん」

「どういう内容だったか、掻い摘んで説明しなさい」

「自分で読めばいいじゃないですか?」

「人の書いたラブレターを読む趣味はないわ。ましてや、この女子生徒はロベールのファンなのよ。本妻としてはファンを大切にしないと……」


 ミシェルは「ふっ」と鼻で笑った。コイツはいちいちムカつく侍女だ。


「なに言ってるんですか? そんなことでは立派な悪役令嬢になれませんよ」

「だから、私は目指してない! いいから、ラブレターの内容を言いなさい!」

「分かりましたよー。ポイントは2つです。1つ目は愛の告白。これがないと何の手紙か分かりませんから。天気や花の話を延々と書かれても困りますよね?」

「そうね。それで2つ目は?」


 ミシェルは言葉を選んで私に言った。


「この女子生徒はロベール様がお嬢様と交際されている噂を聞いたようです。その上で、この女子生徒は『ロベール様が本当にお嬢様と交際していても構わない』と書いています」

「私とロベールが交際していても構わない?」

「はい。女子生徒は、『私は二番でいい。だから、私のことは二番目として愛してほしい』と……」

「にっ、二番でいい?」

「ええ、そう書いていました。不倫や浮気といわれる関係でも構わない、そういう意味だと思います」

「控え目な女性なのね……」

「ふっ……」


 ミシェルはため息をついている。『やれやれだぜ』のようなポーズをしているから馬鹿にされているのだろう。イラっとする……


「このメスブタが『控え目な女性』のわけがないじゃないですか?」

「メスブタ……。さすがにその言い方は止めなさい。公爵令嬢のメイドとして恥ずかくないの?」

「ちっ……分かりました。メスブタは改めます」

「それで?」

「お嬢様。目を覚まして下さい! この女の目的は略奪愛です」

「略奪愛?」


「そうです。既婚者の平和な生活を壊したい、交際中の女性との関係を壊したい、そういう意図で男性に近づきます」

「そんな……」

「だから、男を破滅させる女なのです!」


 ミシェルはこの女子生徒の噂を聞いていたようで私に説明してくれた。


 まず、この女子生徒はとても美人なので、黙っていても男の方から寄って来るくらいの美貌の持ち主。

 ただ、フリーの男性と交際しようとは全く考えておらず、交際中の男性にだけアプローチする。女子生徒は男性に交際中の女性と別れるよう、執拗に迫って別れさせる。そして、男性が女性と別れて「付き合おう」と言うと、その女子生徒は「好きな人ができた」と断る。

 つまり、その女子生徒の目的は交際中の男女の中を引き裂くこと。男性への復讐なのだ。


 女子生徒が男性嫌いになったのは両親の離婚が原因らしい。父親が他に女を作って家に招き入れ、母親と女子生徒を追い出した。それ以来、世の中の男性は自分の敵だと考え、幸せな男性を不幸のどん底に陥れるモンスターになったようだ。



「うぅぅぅ…………分かるよーー! 辛かったんだねーーー!」

 女子生徒に感情移入していたら、ミシェルが私の肩を揺さぶった。


「目を覚ましなさい!」

「うぅぅ……だって……」

「私もこの女子生徒には同情します。でも、理由はどうあれロベール様に近づけてはいけないのです!」


 女生徒が男性不信になった理由を聞いて私は同情する。でも、ミシェルの言う通りだ。

 ロベールにこの女を近づけるわけにはいかない。


「つまり……この女生徒は狩猟系?」

「その一種です。が、対象がフリー男性ではないので、略奪系といった方が正しいでしょう。さらに、この女生徒の目的は復讐です。ざまぁ系と言えるかもしれません」

「ざまぁ系……」


 ミシェルはトーンを落として私に語り掛けた。


「お嬢様、男はこの誘いに乗りやすいことを理解して下さい。なぜなら、浮気しない男はいないからです!」

「ロベールも?」

「もちろんです。ロベール様は年頃の男ですよ!」

「うぅぅぅ」

「だから、この女子生徒を、絶対にロベール様に近づけてはなりません!」


 私はラブレターをミシェルに渡し、廃棄するように伝えた。


 この女子生徒を男性不信から助けてあげたいと思う。だが、それは私が何とかできる問題ではない。


――彼女を救ってあげられるのは、本当の愛だけだから……


 私はこの女子生徒が運命の男性に会えることを祈った。

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