6-12
「
意識が戻ったとはいえ、まだ毒の効果は抜けきっていないのか、和矢君の足取りは覚束ない。それでも彼は重い足を引きずって、私と
「グゥ……ッ」
「聞こえただろう、和泉さんの音色が。ずっと僕たちを救ってくれた、あの音が。今だって僕たちを見捨ててないよ。もしちゃんと会えたら今度は僕たちが守るって、一緒に誓ったじゃないか……広!」
和矢君が言い放った瞬間、緋色の目がハッと見開かれた。そして数刻もしないうちにヒグマは見る見る小さくなり、白い体毛が崩れ落ちて中から広君の姿が現れ、そのまま地面に倒れたのだ。
慌てて私はその小さな体へ駆け寄り、傷だらけの上体を抱き起こす。その反動で彼の目元から一筋の何かが零れ落ちていった。心配していた毒針による傷口は、とりあえず出血は止まっているようだ。
「広君……」
私の呼びかけに応えるように、広君はゆっくりと可愛らしい目を開いた。ようやく彼が戻ってきたことの安心感からか、私も泣きながら微笑みかける。でも何となくバツが悪いのか、広君の視線は気まずそうに泳いでいた。
「……どうして、逃げなかったのだ? 僕はお前を、傷つけようとしたのだ。下手したら、死んでたかも、しれないのだ」
「逃げないよ。言ったでしょう? 広君の傍から離れないって。何があっても〝一緒に戦う〟って」
広君が苦しんでいるなら、私も一緒に苦しみを分かち合おう。
ただ、そう思っただけ。
すると彼が震える手を伸ばしてきたので、力強く握り返した。真っ直ぐに見つめる瞳は、溢れる涙を必死に堪えている。
「辛かったよね。よく頑張ったね、広君」
「っ……和泉」
広君は私を名前で呼ぶと、腰に抱きつき子供らしく大声を上げて泣いた。
そしてふと気がつくと、目を覚ましたテナーが人の姿で和矢君を支えながら、私たちのすぐ傍まで辿り着いていた。張り詰めていた糸が切れたように、和矢君もそっと私の首元に抱きつき、震える吐息を漏らす。
私は二人の気が済むまで、それぞれの頭を優しく撫でながら、剥き出しの感情を受け止めた。
しばらくして泣き疲れた広君が眠ってしまった頃、ソプラに導かれて和田君が駆けつけてくれた。姿が見えなかったソプラは、どうやら助けを探しに行ってくれていたようだ。そんなソプラの姿を、高杉君たちから彼らの話を聞いていた和田君が見つけ、助けに来てくれたのだ。
聞くところによると和田君も街の異変に気づいてから、角が放った虫たちを相手にしながら私たちを探していてくれたそう。高杉君と荒井君は電車や車の流れが止まっているから、ここへ来るにはまだ時間がかかるだろうとのことだった。
街中の人たちは、角の力による催眠効果が切れて次第に目を覚ましていった。記憶が曖昧なようで、彼らは不思議そうに首を傾げながらも、何事もなかったかのように日常が戻り始める。先ほどまでの惨状が嘘みたいだ。
私たちはそんな民衆の目を忍んで、ひとまず病院へと向かった。
◇
「そうか……、角も和泉に封印されたか」
偵察部隊の報告に私は唇を噛みしめる。〝暗里様、暗里様〟と懐いてくれていた彼女がもういなくなってしまったことに、ほんの少しの寂しさを覚えた。
どうやら今回は鋼線使いの陸前と、動物使いの陸中が和泉との合流を果たし、戦闘を交えたようだ。角は羽よりも健闘し、彼女の最終形態である巨大蜂にまで姿を変えて奴らを追い詰めた。
しかし陸前・陸中共に彼女の毒の餌食となったが、命を落とすまでには至らなかった。まだまだ角自身の力が未熟であったのだろう。もっと毒が強力なものであれば、奴らは即死していたのに。
私の力で蘇らせた五音衆では、奴ら国守護楽団に立ち向かうことはできないのだろうか。
……くそ。これでは黒使様が目覚めた時、何の顔向けもできぬではないか。
「情報の方はどうだ、角は奴らについて何か掴んでおらぬのか?」
「はっ。陸前を捕え尋問するに至りましたが、捕えたと思った者は陸前の策略で陸中が使役する犬であり、情報を取得するには及びませんでした」
それを聞いた私は思わず舌打ちをした。面倒な奴らが転生をしてきたものだ。まぁ前世より頭のキレが異次元であった陸前と、動物を操り自らもヒグマに変化する陸中の力を、生かさぬわけはなかろうな。
ならば恐らく奴も……。国守護楽団の副長、あの者が転生組に選ばれていないとは考えにくい。そろそろ出てくる頃合いか。
「あの、暗里様。個人的に1つ気になることがございまして」
色々と思考を巡らせていると、偵察の男が口を挟んできた。
「なんだ、申してみよ」
「はっ。実は角と交えた陸中が、総長・和泉に対し〝お前〟と呼びかけていたのです。そればかりでなく〝ウルサイ〟〝邪魔だ〟とも」
「は……? だからどうしたというのだ」
それは単なる陸中が幼稚なだけではなかろうか。
そう思ったのだが、私はすぐにその違和感に気がついた。
そう、和泉は
考えられるのは、今の和泉は前世に匹敵する存在ではないということ。そういえばあの女、封印術を扱えるようになったのも羽との一戦からであったな。
――もしや、前世の力を継承しておらぬのか?
いや、
断片的に思い出してはいるが、前世のことを何も覚えていないのか?
信頼した仲間の顔も、黒使様を封印する際に起きた惨状も。
お前と黒使様の関係も。
「くく……、ハハ。ハハハハッ! 面白い、これは使えるぞ!」
可笑しくて腹がよじれそうではないか、和泉よ。
何故なら私は既に、それを利用して貴様らを陥れる駒を手にしているのだからな。
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