6-2

 演奏が終わると観客の何人かが、男の子たちの手前に置かれていた小さな箱にお金を投入していった。皆、満足そうな表情を浮かべて帰っていく人ばかりだ。

 ある程度の人だかりが解消すると男の子たちにもこちらの姿が目に入ったようで、彼らは目を大きく見開いて驚いていた。かと思うと後片付けをしている友達らしき二人を残し、剣の舞を演奏していた二人が今にも泣きだしそうな顔でこちらへ駆け寄ってきたのだ。


 先に来たのはマリンバの子だった。しかも彼は真っ直ぐに私の方へ向かってきて、どうしたら良いのか慌てている間に飛びつくように抱きつかれてしまった。決して嫌ではないけれど状況の理解が追いつかない。

 更に今度はピアノの子が目の前に来ると、私に向かって深々と頭を下げたので益々焦るばかりだ。


「初めまして……いや、大変ご無沙汰しております。お会いできる日を心待ちにしていました、和泉様」

「えぇっと、あの――」

「ブリッランテの陸前、それから陸中だね?」


 反応に困っていると横から荒井君が口を挟んでくれた。するとピアノの子は顔をゆっくりと上げて「はい」と絞り出すような声で返事をする。

 中学生と思われる彼はアッシュブルーのミディアムヘアをしており、くっきりとした目が印象的だ。言葉遣いも丁寧で育ちの良いことが伺える。


「僕は首領名を姓に受け継いだので陸前りくぜん和矢かずやといいます。同じく、その子は陸中りくちゅう ひろです。貴方は安芸さん、それにそちらは日向さんですね」

「あぁ、よく来てくれた。……だが驚いた、まだ義務教育も済んでいない歳で現れるとはな」


 今度は高杉君がそう応えると陸前と名乗った子は苦笑した。全員が近い年齢で生まれ変わるよう転生は施されていたようだけど、個々で誤差が発生し時期に遅れが生じたのでは、というのが陸前君の見解らしい。

 それにしてもこっちの陸中君は一体どうしたんだろう。ツーブロックのサラサラな黒髪が、さっきからピクリとも動かなくて心配だ。


「広、和泉様が困っているだろう。いい加減に離れるんだ」


 陸前君が声を掛けるけれど、陸中君は私にしがみついたまま無反応だった。

 見かねた陸前君は無理矢理に引き剥がし始める。


「ひ~ろっ! 会えて嬉しいのは分かるけど、ご挨拶ぐらいしないとダメだよ」


 まるで保護者みたいだなぁ、なんて微笑ましく思っていると、陸中君は突然パッと顔を上げて私を見上げた。そして彼の小さな瞳に涙が浮かんでいることが分かり、一瞬でも和やかに思った自分を恥じた。


「和泉様、やっと見つけたのだっ。和泉様と会うために、楽器もいっぱい練習して、メストも沢山やっつけてきたのだ。……褒めてくれるのだ?」


 その瞬間、まるで心が張り裂けんばかりの感情に襲われた。ある日突然に前世の記憶が戻って自分が戦う運命にあると知り、こんな幼い子にはどれほどの恐怖だっただろう。楽器だって、さっきの演奏を見れば血の滲むような努力をしてきたことは一目瞭然だ。

 その全ては総長である私と会うために行ってきたこと。私のことを和泉と呼ぶくらい、彼らにとって唯一の偉大な存在なのだから。


 でもごめんね、今の私はそんなじゃない。何の記憶もないただの〝工藤和泉〟。

 けれどそんなことを知るはずもない陸中君は、更に何かを訴えようとしている。


「それに僕、今ずっと――」

「うんうん! ここまでずっと辛かったよね、陸中。だからまずは皆で再会をお祝いしよう! ねっ、日向?」


 その時、陸中君の言葉を遮って荒井君がどこかわざとらしく声を上げた。急に話を振られた高杉君は肩をビクつかせて驚いている。


「はぁ? おま、何言って……」

「そうだ、乾杯したいから何か飲み物を買ってきてよ。あぁ、でも日向だけじゃ心配だから、悪いけど和泉も一緒にお願いしていい?」


 まるで話の続きをさせまいとするように、いつになく荒井君はかなり強引だ。押される高杉君は文句を言いかけたけれど、荒井君に意味ありげな視線を送られると小さく溜め息を吐き、「分かったよ」と言って私の手首を掴んで連れ出したのだ。訳が分からず荒井君を振り返れば、彼は小さく手を合わせてウインクをし〝ごめんね〟の合図を送られてしまった。


 結局、有無を言わさず飲み物の買い出しを任された私は、手首を掴まれたまま相変わらず高杉君の後ろを歩いていた。もうすっかりこの辺の地理に慣れてしまったようで、彼はスタスタと進んでいく。

 陸中君の話は何だったのか。彼の表情からして深刻なことだと思うけど、どうして荒井君は中断させたのだろう。


「待ってよ高杉君。陸中君が何を言おうとしたのか、二人は知ってるの?」

「さぁな。ただ、アイツらはお前に記憶がないことを知らないから、一旦話を止めさせたまでだ。今頃、安芸が説明してるだろ」


 ……何だろう、この不自然な強引さは。荒井君の説明は丁寧で分かりやすく高杉君が信頼を置いているのは知っているけど、私に前世の記憶がないことを説明するだけなら、わざわざ理由を作って私を連れ出す意味はない。


「もしかして何か隠してる? 荒井君があんなに慌てたのは、私に知られたくないことがあるから?」


 直球に投げた質問は、高杉君の足を止めるには十分だった。彼は振り返ることなく黙ったまま、掴んでいた私の左腕に一瞬だけ力を込めた後、その拘束を解く。

 そう。他にワケがあるとすれば、何か私に言えない話があるとしか思えない。そう考えれば高杉君が去る前の二人の目配せにも納得だ。


 すると高杉君は眉間に皺を寄せて、ようやく私を振り返った。


「俺を怪しむのは構わねぇが、安芸のことまで疑うのはよせ。仮に隠しごとがあったとしても、それはお前を思ってのことだ」


 私を思って……。


 確かに荒井君は、私のために自分を犠牲にすることも厭わないでいてくれる。それはきっと総長・和泉を守るために他ならず申し訳ないと思いつつも、彼の優しさに甘えてしまっている自分がいるのも事実だ。

 そんな荒井君を疑うつもりはないけれど、高杉君の言い方はそれに自分を含めていない。俺を怪しむのは構わないって、どうゆうこと?


「行くぞ、あまり遅いとまた安芸アイツに文句言われる」

「……うん」


 再び振り返って歩く彼の背が、いつもより遠く感じた。

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