第6曲 kindlich ―少年―
6-1
荒井君がカルテットを提案してくれたことで、楽しみが増えた私はそれを糧に音のズレとも上手く付き合えていた。
というのも、常に頭の中で私たちの奏でるカノンが流れていて、周りの音が気にならなくなったからだ。荒井君は勿論、一緒に参加してくれている高杉君や和田君にも感謝しなくては。
今日は練習をお休みにして、私と高杉君、荒井君の三人で会場探しに訪れていた。和田君は来月から就職が決まっている製造会社の説明会に行っているから不在で、荒井君も午後からはバイトが入っているみたいだから午前中だけの集まりだ。
昨日までに高杉君たちが下調べしたところによると、公民館や小劇場などはどこも直近の予定が全て埋まってしまってるとのことだった。急な依頼だから仕方ないけれど、春休み期間にできなければ四人が揃うのは難しくなってしまう。
そこで私たちは河川敷や公園などの屋外ライブに目を付けた。屋外ならば多くの人の目に留まるし、大阪入りした別の仲間が私たちを見つけるキッカケとなる可能性だってあるからだ。
第一候補は言わずもがな、槙尾川の河川敷である。
場所も近いし、広さも申し分ない。
「でも野外で人を集めて、メストの襲撃に遭う危険性は大丈夫?」
「これまでの傾向からして、奴らが襲ってくるのは夕方以降なんだ。それに、何故か人の密集地帯を避けて奇襲をかけている」
だから日中の早めの時間であれば、恐らく問題ないというのが荒井君の意見だ。当然、油断は禁物だけれど。
時間帯はともかく、人の密集を避けているのは何か理由でもあるのだろうか。和田君と初めて会った時に戦ったメストが使う黒煙も、毒ガスなどではなくただの睡眠薬だったし、
「最悪メストが現れても俺たち剣士が三人いるわけだし、和泉の封印の矢だってある。力を合わせりゃ何とかなるだろう。場所がどこだろうと戦う時は戦わなけりゃならねぇんだから、悩んだって仕方ねぇよ」
隣で高杉君がそう付け足した。確かに私たちがいる限り、メストに襲われるリスクはどこでも付きまとうのだ。それを考えていたらキリがないし、普段の生活まで制限されてしまうだろう。だから警戒をしつつ普段どおりに過ごすしかない。
「ところで、和泉が言う〝最適の場所〟にはもう着く?」
「うん、あの辺りの河川敷が整備されてて……」
私の案内でカルテットを披露する場所に向かっていたのだけれど、何やらそこには多くの人だかりができていた。普段から散歩をする人などの姿が見られる場所だけれど、ここまで人が多く集まっているのは珍しいことだ。
集まった人たちは皆、川側に向かって立っていて何かを見ているようだった。気になった私たちも覗きに行くと、近づくにつれて人だかりの向こう側から聞き覚えのある音楽が聞こえてきたのだ。
「上手ね、あんなに小さい子が」
「どこの子なのかしら」
そんな声を聞きながら人の隙間から見てみると、中学生と小学生くらいの男の子二人が楽器の演奏をしているではないか。同じことを考える人もいたものだ。何が凄いってこの子たち、大人顔負けの見事なテクニックを披露をしているのだ。
曲はアラム・ハチャトゥリアン作『剣の舞』。運動会でもお馴染みのアップテンポで軽快なリズムを刻んでいく楽曲だ。中学生の子が電子ピアノで伴奏を担当し、小学生の子が木琴であるマリンバで主旋律を担当。二人とも大人でも難しい曲を目にも留まらぬ早さで奏でていく。
周りの大人たちが驚いているのも納得で、私とて開いた口が塞がらないほど圧倒された。特にマリンバのマレット(バチ)は意外と重く、あんな風に高速で叩けば腕にかなりの負担もかかるはず。それを小さな子供が操っているのだから恐れ入る。
でも暫く聞き入っているうちに私はあることに気づいた。
音のズレが、ない。
……それは、つまり。
「ね、ねぇっ。あの子たちって」
そう言って一緒に来た二人を振り返ると、私と同じように度肝を抜かれたような顔で彼らの演奏を見ていた。
けれど二人が驚いていたのは男の子たちの演奏技術ではなく。
「……日向」
「あぁ、間違いねぇ。ガキの姿をしているが」
どうやら二人も気づいたみたい。
あの少年たちは私たちと同じ、ブリッランテのメンバーであるということに。
『剣の舞』が終わると、周りからは割れんばかりの拍手が巻き起こった。奏者の二人は丁寧にお辞儀をすると、二人で見つめ合って嬉しそうに微笑んだ。
すると今度は脇から新たに男の子二人が大太鼓と小太鼓などを抱えて登場し、どうやらまだ何かやろうとしているらしい。
「もしかして、あっちの子たちもそうなの?」
「いや……、あの二人の顔は見覚えがねぇ」
私の質問に高杉君が不思議そうな顔をして応えた。隣で荒井君も頷いていたから、どうやら追加の子たちはブリッランテのメンバーではなさそうだ。お友達とかだろうか。
「皆さん、ありがとうございます。次の演奏は、彼ら三人による打楽器のアンサンブルです。激しいバトルのような一糸乱れぬ演奏にご注目ください。ジヴコヴィッチ作曲、
ピアノを弾いていた子がそう言うと、先ほどマリンバを叩いていた子を含めた三人の演奏が厳かに始まった。三人で
いわゆる打楽器三重奏のこの曲は私も聞くのが初めてだった。ピアノの子が紹介したように三人が息をピッタリと合わせて、素人から見ても難易度が高いと分かる細かなリズムを刻んでいく。音の入りから一瞬の休符まで乱れを感じさせず、緊張感に溢れている。
太鼓だからそこにメロディはないのだけれど、時々挟むゴングの音もまたアクセントとなり紡がれていく楽曲に心が躍った。
改めて言うけれど、これを演奏しているのは紛うことなき小学生なのである。
最後にキメのバスドラムを一発叩いて静止した彼らは、再び拍手喝采を浴びた。
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