魔王様の応援している野球チームはやっぱり負けた

五十嵐誠峯

魔王様の応援している野球チームはやっぱり負けた

目の前に広がる書類の山を見てため息をつく。


「魔王様。今日のご公務、全然終わってないですよ」


私はワイト、名前はガリア。魔王様に仕えてはや数十年の側近中の側近と言える男だ。


強力な魔力・魔術を駆使する最強の存在である魔王様に率いられ、人間どもの世界を支配するという目的を達成できた我々魔族。非力で愚かな種族どもを支配下におき、彼らを使役し、我々は余暇を楽しむだけの豊かな生活を送れるものだと思っていた。


しかし人間世界の征服から、かれこれ5年ほどが経過してくると・・・。


「魔王様の仁義溢れる温情で生かした人間ども。彼らはやはり想像通り魔族政権に対して不平不満のオンパレードですよ。今日ももっと待遇を良くしろとか云々言っておりますし。どうするのですか、魔王様?」


昨今、人間どもは生意気にも我々のような高貴なる魔族に対して意見を述べるようになってきている。先月ほどから、にわかに盛り上がっているのは労働時間のさらなる削減。


まったく人間どもは本当に・・・。


「今は魔王様の情けもあって1日の労働時間を5時間まで+週休も3日以上と設定しているんだぞ!何なら魔族支配前よりも全然ホワイトじゃねえか!めちゃくちゃ人間の健康面に気を遣ってるんだぞ!最近になって起業して人間を雇用している魔族達は!」


思わずしゃがれ声を上げてこう吠えてしまうと、机に突っ伏してばかりの魔王様は小さな声でこう呟いた。


「おいガリア、うるさいぞ。・・・吾輩、今日はもう公務したくない・・・」


「魔王様、いい加減にしてください。そちらの書類は大切なものなのです。早くご署名を頂かないと、明日の議会に間に合わないのですよ」


「・・・」


はあ・・・。


魔王様のご体調は常にチェック済み。優秀な医療チームのサポートによっていつもコンディションは抜群の状態で保たれているはずだ。となるとここまで無気力になってしまって動かない理由はもうあれだけ・・・。


「・・・また負けましたね、ガーゴイルズ」


「うるさい!昨日は惜しかったんだ!9回裏ツーアウトまで勝ってたのに、勝ってたのに・・・。クローザーの東鰯川ひがしいわしかわが・・・。あんなところでど真ん中にすっぽ抜け145キロのストレート投げやがって・・・」


「私も拝見していましたが、そもそも1-0で勝てるような強いチームではないでしょう、ガーゴイルズは。1点差で9回に入った時点で最悪のことを覚悟しておかないと」


「うるさいうるさい!だって東鰯川は2試合連続無失点だったんだもん!抑えると思ったんだもん!」


「この時期の抑えで防御率6点台は2試合連続無失点程度で安心して良いレベルではないでしょうに」


人間の世界を支配して以降、魔王様はプロ野球にハマってしまった。しかも応援しているチームはガーゴイルズという弱小チーム。ここ数十年間ずっと優勝できていないどころか万年最下位のチームであり、昨年末に見かねたとある魔族系企業が買収してチーム名が変わってもなお状況が変わらない。


「もう別のチームを応援するか、もしくはその高貴なるお立場ですから野球のリーグ全体を応援するというのはいかがでしょうか?」


呆れた私がこう言うと、魔王様は勢いよく頭を上げ、風格のある髭を蓄えたその顔でこちらのことを睨みながら机を力強く叩いてこう叫んだ。


「嫌だ!名前は変わってしまってもガーゴイルズを応援したいんだ!」


すると魔王城の全体が大きく震え、執務室の外からは多くの悲鳴が聞こえた。


「だって、だって・・・」


「だって?」


「だって吾輩が人間世界に初めて足を踏み入れたその日にサヨナラ満塁ホームランが飛び出して勝ったチームなんだもん・・・。これって運命ジャン・・・」


「恋する乙女かあんたは」


そう。全ての計画が狂ってしまったのはあれからだった。


「あの時、どうして野球場なんかにワープしてしまったのか・・・」


大きなため息をついた私は、5年前のあの時のことを思い出す。





「おい。ガリア。準備は完了しているのか?」


「はい。いつでも人間世界への襲撃は可能となっております」


魔王城には、黒く大きなマントを纏っている魔王様の、その威厳を感じさせるような低い声が響く。


「ワイバーン部隊にドラゴン部隊、さらには直近になって魔族軍に加わった精鋭のエルフ部隊までもが。世界を征服するために今か今かと攻撃許可を待ちわびております」


軍服を身につけた私が、胸を張ってこう報告をすると、不敵な笑みを浮かべながら魔王様は巨大な椅子から勢いよく立ち上がる。


そして両腕を高く掲げると念願の指令がその尊き口から発せられた。


「それでは、これより人間世界への攻撃を許可する!優秀な吾輩の部下・・・。ワイト・ガリアの開いたワープホールに入るぞ!」


魔王様の指示に則り、私は渾身の力を込めて人間世界と繋いだワープホールを開いた。しかしその瞬間、ある細工をしてしまった。


当初はもっと人通りが多い繁華街に繋げる予定だったのだが、突入する魔族の部隊数が増えたということで、色々なことを勘案して座標を少し変更したのだ。


そしてそれが、運の尽きだった。


しかしこの時はそんなことなどつゆ知らず、魔王様が先陣を切ってワープホールの中へと飛びこんで行く。そして予定としてはすぐに『続け!』という号令が飛んできて全員で襲撃をする手筈。だったのだが。


しかし。5分、10分、15分。1時間、2時間、3時間。待てど暮らせど指示が聞こえない。


あの魔王様に限って、降り立ってすぐに非力な人間どもからやられるはずがない。それではどうしたというのだ?


不安を感じた私は、魔王様の突入から4時間ほどが経過したところで他の部隊に「少し待て」と伝え、単身ワープホールの中へと入った。そして目に飛び込んできたのは。


私のことを囲むような眩いほどの照明。ここはどこだ?屋根がある、室内か?


まばらながらもそれなりに数のいる人間ども。何だ!どうしたというのだ!そのほとんどが笑顔ではないか!しかもこれは・・・拍手と歓声?


違和感を覚えて下を向くと、土と芝が生えている場所にも統一された制服のようなものを着用した人間どもがいる。彼らは何か喜んでいるようだ。


そして。


「いやあ、良かったなあ兄ちゃん。良いもん見れて、これが野球だよ。あのバッターはな、大怪我したのに頑張って復帰してサヨナラ満塁ホームランを打ったんだ」


「師匠・・・。吾輩、吾輩・・・」


「言いたいことは分かってる。プロ野球のファンになるってのは大変だぞ?でもな、この時のために俺達は、応援すんだよ」


「吾輩、このチームを一生応援しゅる・・・」


「魔王様・・・。ここで何やってんの?」


こうして魔王様は野球をこれから先も、問題無く見るために人間どもに大いに情けをかけた状態で、世界を征服をしたのだ。


征服してしまったのだ・・・。





回想が終わり再び魔王様に目を向けたところで、執務室の大きな扉がガチャリと開かれる。


「よ、兄ちゃん。昨日はガーゴイルズ残念だったなあ」


「お、お師匠!いらっしゃいませ!」


「勝手に人間をここに入れるなよ。それと野球場で会ったそのおっさんのことを師匠って呼ぶのはいい加減やめろ。あといらっしゃいませって何だ。コンビニかここは」


扉を開いて魔王様の部屋にズカズカと入って来たのは、新聞を手にした中年の男性。あの時、この強大なオーラを放っていた魔王様に生意気にも野球のルール等を教えた諸悪の根源なのだが、どうしてこうも簡単に魔王城に入れるのだ。


そもそもこの魔王城には優秀な守衛が揃っている。特に正面には獰猛なヘルハウンドが何匹もがいるはずなのに・・・。


「正面の守衛さんにはちょっと高いドッグフード渡したけど、今日も喜んでたなあ」


「手懐けられてるじゃねえか」


私でもたまに手を噛まれるのに。


男性の放った内容を聞いて思わず膝から崩れ落ちて頭を抱えてしまっていると、この諸悪の根源はヘラヘラと笑いながら魔王様の傍へと向かって行った。


「よお兄ちゃん。ガーゴイルズの一軍は負けちまったけどよお、二軍の方じゃあ西鮫山にしさめやま打撃コーチが良い選手を育ててるらしいぜえ。このスポーツ新聞に特集記事が載ってるよ」


「おい、ここはそんな友達にふらっと会うみたいな理由で訪れて良い場所じゃないんだぞ?」


「え?西鮫山打撃コーチと言えば、吾輩があの日見たサヨナラ満塁ホームランを放った選手・・・。そうか、今年から二軍打撃コーチをしてるのは知ってたけどしっかりと育成してたのか・・・。出てこい、未来の西鮫山2世・・・」


「ねえ魔王、お前私の言うこと聞いてる?」


キラキラと輝いている目でスポーツ新聞の紙面を読んでいる魔王様に向かってさすがに我慢ならずこう声をかける。そもそも今日魔王様にお伝えしたかったことは、署名をしなければならない書類が溜まっていることの指摘だけではない。


「魔王様。お尋ねしたいのですが、ご子息にきちんと帝王学は学ばせていらっしゃるのですか?最近、家庭教師からの成績報告も芳しくないのですよ?」


「アイツならガーゴイルズの選手の名前をフルネームで皆んな言えるようになったよ?」


「お前マジで何言ってんの?」


ヤバい。とうとう魔王様のこと本気で殴りたくなってきた。


「ガハハハ!まあまあ兄ちゃんもワイトちゃんも。喧嘩はしちゃあダメだ。あ、そうだ。それと今日伝えることがあったんだよ。あのえーっと、確か補強系の・・・あれ?何だっけな?」


首を傾げながらうーんうーんと唸っている中年男性。まったく、ファンだったらそれぐらいのことはちゃんと覚えていなさいよ。


「抑えの東鰯川が先発に転向して、代わりに抑えを補強する話でしょ?」


「何!本当か!?」


「あ!そーだそーだ!今朝決まったんだよ!」


「確か金銭トレードで南鮭村みなみさけむらというサウスポーを獲得するらいですよ?移籍前の各種指標はこんな感じで・・・」


そう話しながら私が、スーツの胸ポケットから魔力注入型スマートフォンを取り出してスポーツ情報を探る。


「恐らく一軍合流は来週ぐらいになるでしょうね。そして彼が昇格するとなると代わりに二軍に行くのは中継ぎの北鯖沢きたさばさわになるのかなと。最近どうも怪我多いようなので・・・」


まったく。こういう風に私が適宜リサーチしないとガーゴイルズの細かい情報を手に入れられないんだから、この魔王様は。・・・お?他にも打者の補強案があるのか?これならもう少し打線が良くなりそう。それと貴重なリリーフ要員の北鯖沢が万全の状態で帰って来てくれれば。何とか今年は最下位脱出してくれないと・・・。



「師匠。ああいう風に一見興味無さそうに見えてしっかり情報収集してるのもファンですよね?」


「あったりまえだ!立派なファンだよ!それじゃあ今度は3人で球場行くか!ガッハッハ!」




こうして私達3人は週末にお忍びで野球観戦に行った。


そしてもちろん結果は。


「「「またガーゴイルズ負けた!いい加減にしろ!」」」


魔王様の応援してる野球チームはやっぱり負けた。

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