第43話 本戦二日目……?

 昨日――本戦の初日には全四試合が行われた。


 その結果、準決勝に駒を進めたのは――


 赤髪の狂犬娘が率いる『篝火の団』。


 北部出身の友人同士で今年設立した『蛇頭の団』。


 騎士科の団の序列一位で優勝候補、南部の雄『大海の団』。


 下馬評を覆し中央の精鋭『颶風の団』を破った『暁の団』。


 今年は本戦出場の条件を満たした団が少なかった。そのため二日目にして準決勝、明日は決勝戦という、例年に見ないスピード決着を迎える見込みだ。


 騎士科の総長マクシミリアン=フォン=ヴィッテルスバッハの抽選により、準決勝の組み合わせは『篝火の団』対『蛇頭の団』、『大海の団』対『暁の団』となった。多くの武人、騎士の尊敬を一身に受けるマクシミリアンの登場に、円形闘技場は盛り上がりを見せている。


 準決勝の第一試合開始の時刻が迫ってきた。ティリー、チャールズ、ファルコの三人は、昨日と同じ控室を出て、白門と呼ばれる入場ゲートへ進んだ。


「うーん……」


 ティリーは眉間に皺を寄せながら自身の腹を撫でていた。


「どうした? くだしたか?」


 難しい顔をする彼女に、チャールズがヘラヘラ笑いながら聞いてくる。そんな彼の隣でファルコが「レ、レディに、失礼だよ!」と慌てていた。


「えっと、ティリーさん、食べすぎたの?」

「お前、今日も屋台巡りしてたもんな」

「つ、冷たい飲み物、飲みすぎたとか……?」

「アイスも食ってたっけ?」


 彼女が屋台で買い漁った食べ物を、ふたりがアレコレ列挙していく。聞いていると、そんなに食べただろうかと思ってしまう量だ。


(食べすぎた……のとは、違うような気がするんだけどな)


 昨日は串焼きやサンドイッチなどの食事系メニューが中心だったが、今日は甘い物をメインに買い、控室でモリモリ食べた。食べすぎて、今も周囲が甘ったるく香るほどだ。


 マカロン、観戦用に作られた小振りなフルーツタルト、串に刺した果実に飴を纏わせた果実飴、ひと口で食べられるシュークリーム――挙げればキリがないほどの甘味を胃に収め、冷たい牛乳を煽った。腹部の違和感はそれが原因なのだろうか。


「調子出ねえなら代わるか?」


 チャールズが白い歯を見せながら、自称『カッコいい顔』でニヤリと笑う。ティリーはフンと鼻で笑って「代わらないよ」と一蹴した。確かに違和感はあるが、戦いへの欲求を放棄するほどではない。


 昨日『百鬼の団』との戦闘の出番をチャールズに譲った。見るだけでは退屈だ。


 今日はティリーの番だった。チャールズは自分が出てもいいと言っていたが、その提案に乗る気はない。拳をちらつかせた話し合いの結果、準決勝はティリー、決勝はじゃんけん――動体視力に勝るティリーの勝利は揺るがないため、チャールズは不承不承といった様子だった――ということになった。


「只今より準決勝第一試合を開始する! 白門『篝火の団』! 黒門『蛇頭の団』! 入場!」


 今日の審判は騎士科の教師陣でも珍しい、女性教師が務めるようだ。凛々しい声で入場を促され、三人は円形闘技場の舞台の傍まで進み出た。


 向かい側の黒門から五人組の青年たちが姿を現す。小柄な少年のような人物から、立派な体格の人物まで、デコボコの五人だ。もしもティリーたちが五人揃っていたら、彼らと似たような統一感のなさを醸し出していただろう。


 蛇頭の団の五人組と円形の舞台を挟んで向かい合いながら、ティリーはトムが集めてくれた情報を頭の中で整理した。


『蛇頭の団のメンバーは全員で十人もいない。貴族も平民も入り混じった団で……まあ、実力はともかく、うちと似てる部分が多いな。北部でつるんでた同い歳のヤツらが学園でもつるんでるらしい』


 観客席の最前列からヤイヤイ声をかける男子生徒たちがいる。本戦のメンバーではないが、同じ団なのだろう。和気あいあいとしていて、仲の良さがよくわかった。


(実は強いのかな?)


 トムは『強い』とは言っていなかったが、向こうの団には余裕が感じられる。昨日、チャールズが見せた実力を知らないはずはない。それなのにも関わらず、緊張している様子は微塵もなかった。


 彼らの和やかな空気にティリーは首を傾げる。チャールズを見れば彼も同じように不思議そうな顔を蛇頭の団に向けていた。


「よくわかんねえヤツらだな。よっぽど自信があるのか?」

「さあ、どうなんだろうね」

「あ、あの、ティリーさん……今日は、その……」


 声をかけてきたファルコは視線を忙しくさまよわせている。彼女が黙って言葉の続きを待っていると、やがてファルコは意を決したように口を開いた。


「どのくらい、やるつもりなの……?」

「どのくらいって?」


 ティリーは首を傾げながら問う。


「えっと、昨日のことで、いろいろ言われてる……みたいだから。その……篝火の団、全体がなんだけど……」

「ま、そうだよな。評判悪くなっちまったか。三年がなんか言ってきたか?」

「三年生……あ。お兄さん?」


 篝火の団の副団長ヒンネルクはファルコの兄である。その繋がりもあり、ファルコは団長のミヒャエル=エンデとも親しくしているようだ。もしかするとふたりに――あるいは二年生たちにも――何か言われているのかもしれない。


「やりすぎんなって釘でもさしてきたのか? 篝火の団っつーのは、日和見ってか、負け犬根性染みついちまってるっぽいからな」

「……その言い方、先輩たちの前ではしないでね?」

「ファルコの前ではいいのか?」

「まあ……まだ、入団して二か月だし……」

「なるほど。たいして思い入れはないってか。にしても――」


 二ッと笑ったチャールズがファルコと肩を組んだ。


「わっ、な、何!?」

「なんかお前、だいぶ俺らに寄って来てんな」

「……え?」

「ハハハ! いいことだ!」


 楽しげなチャールズに肩を組まれ、ファルコは微妙な顔をしている。確かに彼は怯えるだけでなく、嫌だと思った時に、その複雑な心境を隠さなくなった。


 舞台上で女性教師が動く。中央に進み出た彼女は声を張り上げた。


「昨日と同じく、篝火の団は人数の都合上、二名少ない状態での戦闘となる。篝火の団の三番手と蛇頭の団の一番手は前へ!!」


 どうやら出番らしい。腰に帯びた剣を抜き、手に持って舞台上へと向かう。背中にふたりの応援と「や、やりすぎないように、ね!?」「ぶっ殺すなよ~」という声が投げられた。


 足音なく、ゆったりとした足取りで数段しかない階段を上る。彼女の目は正面の、自分と同じように舞台上へ現れた同窓生へと向けられていた。


 小柄な少年だ。足取りは軽く俊敏そうな印象を受ける。


「あれ?」


 相手を観察していたティリーは、つい声を漏らした。審判の女性教師もティリーと同じ違和感を抱いたようだ。柳眉が微かに顰められる。


 対戦相手の彼は――武器を持っていなかった。


「蛇頭の団、レシール=ラクシャン。武器はどうした?」


 女性教師の問いにレシールと呼ばれた彼は右手を上げる。


「それなんですけど……蛇頭の団は! 準決勝を棄権しま~す!!」


 レシール=ラクシャンの高らかな宣言が円形闘技場に響き渡った――すると観客席から困惑と不満が噴き上がる。戦いを見物しに来たのに棄権などされては意味がない。紳士淑女も騎士たちも、誰もが口々に疑問と不満の声を漏らした。


 それは、彼女もだ。


「なんで? 戦わないの?」


 ティリーが話しかけると、レシールはあっけらかんとした口ぶりで言う。


「いやいや、だって俺、死にたくないし! 昨日のヤツならともかく、狂犬は指一本じゃ済ましてくんないでしょ!? 手首とか飛ばされそう! もっと言えば首!! チョンパされる気がするんだわ!!」


 レシールの背後――舞台の下で控えていた残りのメンバー四人も、ウンウンと頷いていた。どうやら彼の独断ではなく総意の棄権らしい。観客席の団員たちらしき学生も特に反対している様子はなかった。


「んー……殺さないから戦わない? なんだかイライラするし」

「え。嫌。イライラしてる狂犬とか無理っすわ」


 真顔で言い返される。


「む」


 円形闘技場がざわつく中、彼女はない知恵を絞って考えた。棄権の申告について、まだ審判が何も言っていない。つまり今なら一発殴ってもいいのではないだろうか。開始こそ告げられていないが、舞台に上がった以上、奇襲も戦略の一部だ。そんな物騒なことを考えていると、レシールが「あっ! せんせ……じゃなくて審判!」と声を上げた。


「ティリー=フェッツナーが悪い顔してます! 凶悪! 睨んでる! 早く棄権を認めてください!」


 レシールの言葉にティリーはスンと表情を消す。


(考えてる時間がもったいなかったな)


 ティリーがいざ飛びかかろうとした時、ハッとした女性教師が間に入った。そして、高らかにティリーの――篝火の団の、不戦勝を告げた――。




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