第37話 盗賊の根城にて・裏


「腕はなまってなかったかー」

「当たり前だろ。べつに騎士科に入学してなくても、鍛錬はできるんだぜ?」

「ん。これからもその調子でがんばれ」


 霧深い森の奥にある古い砦の中――そこにはティリーとトム、チャールズの三人がいた。その砦は近隣の村や道行く行商人を襲う盗賊たちの根城である。


 金曜日の早朝、三人は学園をサボって帝都から馬を飛ばした。普通であれば馬が走らないような整備されていない道を駆け、道中の休憩も取らないような道筋だ。森に入ってからは湿った地面で足を取られないように細心の注意を払いつつも、迅速に駆け抜けた。


 目的の砦に到着すると、ティリーは霧に紛れて表の見張りを制圧して、中へ入る。トムとチャールズは裏の見張りを倒して合流した。そして三人は古い砦の中に散らばった盗賊をひとりずつ倒して行き、総勢二十五名を無力化――今に至る。


 盗賊を一か所に集め、縄で縛って転がした。


「よし、こんなもんか」


 最後のひとりを縛り上げたチャールズが、腰に手を当てて立ち上がる。引きずってきた見張りも含めて二十五名。全員縛るのは難しくはないが、なかなかに面倒な仕事だった。


 彼女たちが大暴れした痕跡は部屋の中に残っている。酒や料理がひっくり返り、壁には傷や血痕があった。地面に落ちて踏まれた肉料理が視界に入ると『もったいねえなー』とボヤく、タイロンの声が聞こえる気がする。


 トムがティリーを呼んだ。


「なに?」

「とりあえず第一段階は済んだ」

「うん」

「予定通り俺とチャールズは移動する。お前は――」

「二年生が来たら正体がバレないように潰す」

「正解。しっかりやれよ」

「うん」


 ティリーが頷くと、トムとチャールズは足早に去って行った。


 ひとり残った彼女は身を潜められる場所を探して移動する。用意していた真っ黒の服に着替え、顔を隠す布を手に持ったまま手近の椅子に腰かけた。深く息を吐き、壁に背を預けて上を向く。


 戦闘の喧騒が嘘のように、古い砦は静寂に包まれていた。次の標的が足を踏み入れたらすぐに気付くだろう。彼女は目を閉じる。息をつく間もないくらい、慌ただしい時間が過ぎた。


 昨晩、夕食を終えてすぐティリーたちは動き始めた。


 騎士科はその特性上、学年が上がるにつれて人数が減る。特に一年生から二年生に上がる時はその傾向が如実に表れていた。入学試験である程度の実力が保証された平民出身の学生とは違い、無条件で入学できる貴族の子息令嬢は実力がまばらだ。体力不足や戦闘能力の低さから授業について行けない学生が振るい落とされる。


 ゆえに『百鬼の団』の二年生に絞れば、タイロンとツィロが襲撃された場にいたのが誰か、すぐにわかった。中心にいたのはローレンツ伯爵家のエッケハルト、行動を共にしていたのはその友人で子爵子息のオット―=バーナーとカスパル=アブトだ。


 その情報を手に入れたのは、意外にもファルコだった。


 ティリーたちがほとんど関わりのない『篝火の団』の二年生に聞き込み、エッケハルトと、彼と常に行動を共にするふたりの存在を明らかにしてくれた。夜分遅くに先輩たちが住む屋敷に押しかけるという、普段の彼なら決してしない所業に、ファルコは膝を震わせていた。


 そこから動いたのはトムだ。


 エッケハルトたちが課外演習を控えており、標的が盗賊団だと突き止めた。さすがに詳細なプランを入手することはできなかったが、トム曰く『騎士科で一年学んだ学生が最初の課外演習――盗賊討伐――で立てるプランは基礎も基礎に決まってる』とのことだ。そして同行する教師の数は一名というのが慣習である。


(学生の力なんてたかが知れてるけど、本気の教師はどうなんだろう?)


 元々第一線で活躍していた騎士や傭兵などが、自薦他薦の応募を経て、厳格な審査を受けて狭き門を突破し、教師となっているらしい。優秀なのは間違いないだろう。だが命の危険がなく、後進に教えを授ける日々を送る中で、最前線にいた頃の勘を維持できているのかはわからない。


(対処できるのかな)


 自分が、ではなく――トムとチャールズが、だ。


 詳細は聞いていないが、部屋の状況を見たら教師はまず外へ出て、報告用の鳥を呼ぶだろうとトムは言っていた。ティリーの仕事は教師不在の間に、エッケハルトたちを制圧し、無力化することだ。


『教師のほうは、まあ、俺らでどうにかする』

『トムのことだから何か考えてんだろ? なんとかするさ』


 ふたりはそんなことを言っていた。


(ま、いいか)


 すぐに心配するのはやめた。


 彼らがどうにかすると言ったのなら、なんとしてでも、どうにかするだろう。フェッツナー男爵領の見習い騎士は上の人間にボコボコにされながら、自身の実力を知る。自分ができること、できないことのラインを見極められなければ、第一線で戦うことを許されない。


 もしもティリーの力が必要なら、こっちが落ち着いたら助太刀に来るように、あらかじめ言われたはずだ。それがなかった以上、大丈夫かどうか考えるのは、余計な心配というものなのだろう。


 ぼんやり考えていると、ふと気付いた。


(お腹空いた)


 先ほど暴れた場所で食事をひっくり返してしまったことを惜しむ。同時にこれからの戦闘を予想し、面倒なことになったと嫌そうな顔をした。空腹時の戦闘は、いつもやりすぎてしまう。満腹の時よりも集中力が増し、つい暴れてしまうのだ。空腹感を忘れてしまうほど熱中することになれば、相手はただでは済まない。


 持ち込んだ携帯用の水を飲み干して空腹感を紛らわせる。


 そうしていると――


(あ、来た)


 ほんの微かな足音と気配が近付いてくる。完全に消しきれていない。たった一年学んだだけの学生だからだろうか。幼少の頃から戦闘術を叩き込まれてきたティリーには考えられない未熟さだ。


 手に持っていた真っ黒の布で顔を覆う。黒い装束で身体のラインを消し、顔を見えなくすれば、性別すら不明の人物になる。トムには『教師が消えてから襲撃しろ』と言われていた。


 彼女は『こうやって消すんだよ』とばかりに完全に気配を消して、標的がいる部屋へ足を向けた。そこにいる学生は八人――エッケハルトの顔はあらかじめ人相書で確認している。


(入口に三人、奥の盗賊たちのところに三人……中心にいるのはエッケハルトで、その隣にひとり――)


 人数を確認し、ティリーは動いた。


「コイツら、死んでるのか?」

「……息はある、みたいだ……」

「じゃあ、もっときつく縛っておいたほうが、良くないか? 目を覚ましたら面倒だろうし……」

「そう、だな!」


 想定通り、学生たちは縛られた盗賊の集団に意識を奪われている。未熟にも、周囲に気を張ることすら忘れてしまっているようだ。


(八人もいてコレ?)


 溜め息をつきたい気持ちになったが、そんな愚行は犯さない。ティリーは呼吸を止めると、音もなく前へ踏み出して――入口のところで背を向けていた三人の意識を、一瞬で刈り取った。


 三人の身体が崩れ落ちるよりも早く移動する。真ん中にいるふたりの視界の死角を通った。そこでようやく身体が崩れて落ちた音がし、エッケハルトが振り返る。彼は驚愕の声を上げると、入口に駆け寄って行った。


 ティリーは次いで、盗賊の様子を確認していた三人を襲撃する。


「お前ら! 何か起きて――」

「っぁ!?」


 縛り上げた盗賊の傍らにいた三人が地面に倒れ伏す。その横に立っていると、残りのふたりがようやくティリーの――謎の襲撃者の存在に気付いた。


「誰だ!? お前が仲間をやったのか!?」


 エッケハルトが声を上げる。


「まさか盗賊も……何者だ!?」


 彼の問いにティリー答えはない。ようやく、エッケハルトたちが腰に帯びていた剣へ手を伸ばした。不審者に声をかける前に戦闘準備を終えておくのは、基本の基だ。咄嗟のことでそんなことも忘れてしまうとは――


(この程度のヤツにヤられたなんて、悔しいだろうね)


 なんの躊躇もなく、ティリーは残りのふたりの意識を奪う。剣を使うまでもない。素早く踏み込んでふたりの顎に掌底を食らわせた。


 崩れ落ちたエッケハルトを冷めた目で見下ろす。そして彼の両手を縛ると、軽々と肩に背負って、盗賊の砦をあとにした――。








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