第36話 盗賊の根城にて・表:Sideエッケハルト


 中央貴族の伯爵家の長男で『百鬼の団』に所属するエッケハルト=フォン=ローレンツは、この春、騎士科の二年生に進級した。それに伴い今年からは、学園の外に出る実習――課外演習がはじまった。


 演習は『高貴なる者の義務』として学園が請け負う依頼により内容が決まる。基本的には小規模な賊の討伐、有力者の護衛、貴重品の移送などだ。学園は領主の手が行き届かない町や村、個人からの依頼を受け、騎士科の学生が解決にあたる。授業の一環であるため報酬は気持ち程度だ。


 学園に寄せられた依頼を元傭兵の教師がSからDの難易度に区分し、生徒の実力を見て振り分ける。A以上の依頼を任せられるのは主に三年生で、Bは二学年の後期から、進級したばかりの二年生に与えられるのはCかDランクの依頼だ。


 五月中旬。


 エッケハルトは初めての課外演習に向かうことになった。小さな村とその村へ日用品を売りに行く商売人を狙う盗賊の討伐だ。彼を含めた十人ほどの学生と教師――元近衛兵の経歴を持つ壮年の教師である――が作戦の立案から行い、霧雨の中、学園を出立した。


 帝都を出て馬と徒歩で半日ほど進んだところにある森に廃された砦がある。盗賊は森の中の古い砦を根城にしており、およそ二十名から三十名ほどの規模とのこと。


 初めての課外演習だ。余裕ではないが、緊張もしていなかった。前日に『やるべきこと』が上手くいったこともあり気持ちが大きくなっていたのだ。


(生意気な一年を潰してやった)


 彼は得意気な表情を押し隠せない。清々しい気分だった。課外演習の前にこんなに気が楽でいられるのは、何もかもタイミングが良かったおかげだ。まさか前日に報いを受けさせることができるとは、いい意味で想定外だった。


 由緒正しいローレンツ家の後継者である自分が、婚約者のアイヴィ=フォン=バルツァーの前で生意気な四人組に恥をかかされた。年下の、それも平民に馬鹿にされるなど、相手を許せるはずもない。少し調べれば生意気な奴らが東部の人間で、弱小の『篝火の団』に所属したことがわかった。


 その内、指輪狩りが始まった。


 聞けば弱小のはずの『篝火の団』は指輪狩りで大躍進を遂げているらしい。生意気な四人組の内の三人はデカい顔をして過ごしているとか。そしてそれを率いているのは女だ。情けないことに今年の一年生は次々と女の足元に平伏している。


 彼の所属する『百鬼の団』の後輩も何人も潰された。情けない。無様にもほどがある。エッケハルトは同団の友人らと共に手を貸すことにした。


 婚約者のアイヴィに命じ、女子生徒――否、全生徒の中でトップクラスの影響力を誇るエリザベートを動かさせた。結果的にエリザベートを利用することになる作戦に対し、最初アイヴィは拒否感を示した。


 しかし彼女は南部の伯爵家から、味方のいない中央貴族の家に嫁に来る立場だ。一番の味方にすべき相手である夫――婚約者のエッケハルトには逆らえない。少し語気を強めて言い聞かせれば、彼女はすぐに実行した。


 作戦通り、邪魔な女を引き離し、襲撃のきっかけを作った。指輪狩りで上級生が手を出すのは禁止されているが、見学するのは禁止されていない。結果的に、壁として逃げ道を塞ぐことになりはしたが、追及されれば『見学していました』でかわすことができる。


 隣を歩く、昨日の出来事を知る友人の顔も明るい。目論見通りに事が進んだ後というのは気分がいいのだ。


 霧深い森を進む足も軽くなる。降り続く雨のせいで足元の地面はぬかるみ、濃い土と緑の匂いがしていた。


 霧の中を進んでいたため、服が湿りけを帯びていく。騎士科に入学した当時は、貴族としての矜持とそれまでの暮らしゆえに服が汚れたままなのは不快だった。しかし一年も騎士科で訓練や授業に明け暮れていれば、その感覚も変わる。衣服の多少の不快さは気にならなくなった。


「止まれ」


 今回の課外演習でエッケハルトは、この十名規模のチームのリーダーを任じられている。合図を出せばメンバーの歩みが止まった。古い砦が目視できる距離まで静かに近付く。


 茂みに身を隠し、移動しながら周囲の様子を探った。


「見張りは?」

「いなかった」

「出入口は表と裏の二か所か?」

「ああ」

「……よし、プラン通りだ。出入口にひとりずつ立って、残りは中に入るぞ」


 引率の教師は非常事態でなければ口も手も出さない規則だ。エッケハルトは見張りを除く八人で、標的の盗賊が潜む砦の中へ入った。


 ところどころ苔生した石造りの通路を進む。明かりはほとんどなく、近くにいるメンバーの顔がギリギリ見えるくらいだ。


(静かだな)


 頭の悪い盗賊は馬鹿騒ぎするものだと思っていた。しかし根城に入ってみれば、静寂の中に身を置いている。不気味な静けさだ。浮かれていた気持ちが少し落ちつき、エッケハルトの手は自然と腰の剣に触れていた。


 慎重に通路を進んで行くと、奥から明かりが漏れていた。微かに人の気配もする。


(あそこか)


 エッケハルトは合図をしてメンバーの足を止めた。


(気配を殺しているのか? ……俺たちの侵入に気付いて、待ち伏せしているのかもしれない……)


 警戒心を高めるが、目的が討伐である以上、ここで退くことはできない。エッケハルトは小さく息を吐き、メンバーに見えるように指を三本立てる。そして一本ずつ指を折り曲げて行き――立つ指がなくなるのと同時に中へ踏み込んだ。


「え――?」


 困惑の声を漏らしたのはエッケハルトであり、そこにいるメンバーのほとんどだった。勇み踏み出した足が、止まる。


 その場では、二十数名の盗賊が縄で縛られて放置されていた。


「ど、どうなってるんだ……?」


 自分たちが討伐予する定だった盗賊が、すでに討伐されている。誰もが状況を理解できずにいた。


 そこは盗賊たちが集まり、飲み食いをするスペースだったのだろう。割れた木製のテーブルや食器、ひっくり返った酒や料理などで散乱している。乱闘があったのか、部屋中が傷付き、血の飛沫が飛んでいた。


「っ……とにかく、中の確認を……」


 エッケハルトが口を開くと、隣にいた友人が舌打ちを漏らした。


「確認するまでもないだろ。俺らの標的がやられてるんだよ!」

「誰がこんな……」


 メンバーの間では動揺が広がっている。


 初めての課外演習で、想定外の事態が起きた。それを解決するのも騎士科に所属する学生に求められていることだ。エッケハルトは困惑でいっぱいの頭を落ち着けようとしたが――結局、何も言わずに様子を窺う教師へ目を向けた。


 教師が溜め息を吐く。


「全員この場から動かないように。盗賊を無力化した謎の人物、あるいは謎の集団がいるかもしれません。警戒を怠らず冷静になさい。よろしいですね?」

「は……はい……」

「私は学園と連絡を取ってきます」


 そう言い残し、教師はその場を去った。学園との連絡は訓練された鳥を使う。合図の笛を鳴らせば飛んでくるようになっているが、砦の中には入って来れない。


 エッケハルトたちは言われた通りその場から動かなかった。否、動けなかった。来る途中の浮かれた気持ちなど、とっくの昔に霧散してしまっている。


「コイツら、死んでるのか?」

「……息はある、みたいだ……」

「じゃあ、もっときつく縛っておいたほうが、良くないか? 目を覚ましたら面倒だろうし……」

「そう、だな!」


 前のほうにいた三人が動いた時、背後でドサッと何か落ちる音がした。


 何ごとかとエッケハルトが振り返ると、そこにはメンバーが三人崩れ落ちている。彼は目を見開いた。


「なっ!?」


 駆け寄って傍らに膝をついて確認する。三人の意識はない。


「お前ら! 何か起きて――」

「っぁ!?」


 縛られた盗賊たちの傍らにいた三人が地面に倒れ伏し、その隣に黒ずくめの人物が立っていた。体型がわからない黒色の衣服に黒いブーツ、顔と頭は黒い布で隠している。かろうじて目だけが見えるだけの、まるで影のような人物だ。


 その部屋にいたメンバーはエッケハルトを除いて七人。後ろで倒れた三人、盗賊の傍らで倒れた三人――残るはエッケハルトと、同じ団に所属する友人のふたりだけ。


「誰だ!? お前が仲間をやったのか!?」


 エッケハルトは声を上げる。


「まさか盗賊も……何者だ!?」


 答えはない。エッケハルトたちは腰に帯びていた剣へ手を伸ばす――だが、それを抜く間もなく、黒い影が眼前に迫り――


 そこで意識は途切れた。









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