第23話 篝火の団

 トムが探し出した『篝火の団』の団室は狭かった。


 窓のない長方形の空間に壁に沿って木製のロッカーが設置されており、余計に狭くしている。背もたれのない木製のベンチがふたつ、申しわけ程度に置かれているが、他には何もなかった。個人の荷物はきちんとロッカーにしまれ、綺麗に整頓されている。団の規律でそうなっているのではなく、おそらく団員個人の資質がそうなのだろう。


 ふたつあるベンチの内、ひとつにティリー=フェッツナーが座った。


 その向かい側に篝火の団の団長――ミヒャエル=エンデと副団長のヒンネルクが腰を下ろす。どちらも膝をピタッとくっつけ、肩を小さくし、真っ青な顔をしている。まるで肉食動物に追いつめられた小動物のようだった。


「――で、後ろにいるのが右からタイロン、チャールズ、ツィロ。こっちはトム。経営管理科だけどヒンパンに出入りするからよろしく」

「あ、はあ……」

「他の団員はこないの? ちゃんとあいさつしないとね」

「……あ、あいさつって……上下関係、叩き込む系の……?」


 出会いの段階ではロクに言葉を発せなかった彼らだが、ベンチに座ってからはなんとか会話が成立している。とはいえ、ビクビク震えているのだが。


「上下関係? なんで?」


 ティリーは首を傾げると、答えを求めて後ろのトムを見た。ちょこちょこ髪型を変えるクセがある彼は、今日は首の後ろで黒髪を結んでいる。が、そもそも結ぶほどの長さがないため、小さな尻尾のようになっていた。


 トムがフッと小さく笑って口を開く。


「先輩方、おかしなこと言わないでくださいよ。上下関係なんて、そんなの――わざわざ叩き込む必要、ありますか?」


 わかりきったことだ、と彼が言う。


 それは果たして、先輩が上なのは当然という意味か、はたまた、空気が読めれば自然とわかるはずだという意味か。ミヒャエルたちは青白い顔をますます引きつらせ、乾いた笑みを浮かべながら「そ、そうだね……」と言った。


「俺たちの事情はさっき説明した通りです。こっちの四人が入団できる団を探して、ここに行きつきました。許可はもらえますよね?」

「……ま、まあ、うん……人数が増えるのは、うちとしても……ありがたいけど……」

「東部のフェッツナー男爵家って言ったら、あの『赤狼騎士団』の、だよね?」

「……『血まみれ狼』……が、うちに……」


 ミヒャエルとヒンネルクはついに頭を抱えて項垂れた。昨日対面した『暁の団』の三年生とはまったく違う反応だ。彼らはブツブツと「東の雄を……いいの?」「……どうしよう……」「荷が重い……気も重い……」「……む、無理ぃぃ……」と、会話になっているのかいないのか、呟き続けている。


(えらそうなのも腹立つけど、こういう反応もめんどくさい)


 ティリーは立ち上がった。そのまま一歩足を踏み出し、項垂れるふたりを見下ろす。


「ねえ、イヤならイヤって言ってくれないとわからないよ」

「え……」


 おそるおそるといった風に顔を上げたミヒャエルを、ティリーは眉を寄せてじっと見た。気が弱いのだろう。貴族らしくなく、騎士らしくなく、男爵領にはあまりいない属性の青年だ。つまるところ、この手の人間のことはよくわからない。


「まあ、イヤだって言われても、こっちは入るって決めてるんだけどね。あなたたち、さっき『うん』って入団を認めたのに、あとからブツブツ言うのはなんなんだろう。うっとーしくてイライラする」


 彼女の言葉にミヒャエルは目を見開き、隣のヒンネルクは弾かれたように顔を上げた。眉尻が下がり、彼らの顔が申しわけなさそうに歪んでいく。


「あ……ご、ごめん。嫌ってことはないよ。本当に。ぼくもヒンネルクも、きみたちが入団してくれるのは、すごく助かるしね。ただ、その……重圧に慣れてなくて……」

「……おれたち……波風立てずに……生きてる、から……」

「うん……悪気はなかったんだけど、動揺しちゃって……でも、そういう態度をきみたちに見せたのは、良くなかったよ。本当にごめん……」

「……すまない……」


 頭を下げるふたりに、ティリーは「よし」と頷いた。横柄な態度だ。だが三年生ふたりは気分を害した風でもなく、むしろホッとしたように小さく息を吐いた。


 空気がわずかに緩む。それを感じたのか、単に黙っているのに飽きたのか、後ろにいた三人が動き出した。


「ンなにかしこまんなって!」


 ツィロがミヒャエルの隣にむりくり腰かけ、馴れ馴れしく肩を組む。ミヒャエルの表情が固まった。


「そうそう! ずっとそんなんだと気疲れするぞ?」


 ヒンネルクの隣を陣取ったのはチャールズだ。ぐっと顔を近付けられ、ヒンネルクの肩が大きく跳ねた。


 突撃したツィロにしてもチャールズにしても遠慮がない。ふたりと三年生、いったいどちらが先輩かわからないほど図々しい態度だ。狭いベンチに青年が四人。間に挟まれた三年生のふたりは抵抗さえしていないが、気まずげに口の端を引きつらせていた。


「それはそうと先輩方」


 比較的、丁寧にそう切り出したのはタイロンだ。


「この団室には圧倒的に食料が足りない。騎士科は身体が資本だ。ついては今後、団室に食料持ち込みとその食料を団費で賄うことの許可をもらっても?」


 切り出した内容は、ツィロとチャールズと同じく図々しいものだったが。


 三馬鹿に恐縮しきって再び何も言えなくなったミヒャエルとヒンネルク。彼らを救ったのはティリー……ではなく、トムだ。肩を組んで無自覚な威圧をするツィロとチャールズを引きはがし、食料を団費で賄うのは無理だと諭した。


「篝火の団クラスの団に支給される団費は雀の涙ってやつだ。お前の食欲を満たすだけのモンは買えねえよ。な、そうだろ?」

「え、ああ、うん……」


 入団が決まったからか、トムはミヒャエルたちへの敬語をやめていた。突き詰めれば彼もまた三馬鹿と同じで、敬うべき相手の基準を年齢というものに置いていないのだ。それどころか、たった数年早く生まれただけで偉そうにするんじゃねえ――くらいのことは思っていそうな感じはある。


 トムがミヒャエルに一歩近づいた。


「それよりも、篝火の団に入ったんだ。団長さん。当然、例の指輪はコイツらがもらえるんだよな?」

「あ、うん、それはもちろん……うちの一年生は、きみたち四人を足して、ちょうど五人だからね」

「……もうひとりの、一年生……ファルコって、俺の弟だけど……泣いて喜ぶ……」


 トムと三年生ふたりの会話が理解できない。


 ティリーは首を傾げた。三馬鹿もわかっていないらしく「なんのことだ?」「さあ、知らね」「指輪……俺の指に入るか?」と顔を見合わせている。そんな四人に向けられる三人分の視線はひどく生温かい。


「なーんで経営管理科の俺が知ってんのに、当事者のお前らが知らないんだよ」

「停学明けだから」

「え、停学……?」

「……停学……そういえば……入学早々、くらったのがいるって……」


 堂々と答えるティリーに、ミヒャエルとヒンネルクが囁き合う。


「で、こっちの三人は馬鹿だから」

「どこの誰が言ってんだよ!」

「お前も似たようなもんだろ!」

「馬鹿に馬鹿って言われたくねーわ!」

「む」


 タイロン、ツィロ、チャールズが声を上げた。ティリーはわずかに目を細める。トムが呆れたように溜め息を漏らした。無理もない。四人は互いに『馬鹿に馬鹿と言われて』憤っているのだから、賢い彼にしてみればくだらない話だ。


「お前らその辺にしとけ。団長さんが説明できねえだろ」

「ぼく!?」


 突然引き合いに出されたミヒャエルは目を白黒させた。だが顎をしゃくるトムの圧に「くっ」と呻き声を上げ、ベンチから立ち上がった。


「騎士科の各団は、その年度の実績によって評価されるのは、知ってるよね?」


 ティリーたち四人は「うん」と頷く。気分を害されることさえなければ、基本的に素直な四人である。


「年度を通して、騎士科ではいろんな行事がある。遠征とか、お尋ね者を捕まえたりする実習とか、夏の武闘大会とか……その中で、五月の一か月の間に行われる、騎士科の新入生による最初の行事が『指輪狩り』だよ」

「指輪狩り……?」


 まったく聞き覚えのない行事名に、四人の声が重なった。









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