第24話 五つの指輪

 帝国学園の騎士科では年度を通してさまざまな行事が行われる。年度末の『団』の評価は、遠征や学園外の演習の成果も加味されるが、何よりも行事の成績によるところが大きい。そのため翌年時に上位に食い込もうとする団は、鬼気迫る勢いで行事に参加するのだ。


 騎士科に入学し、団に入った新入生が最初に行う伝統行事。


 それが『指輪狩り』である――


「まあ、簡単に言えば……指輪争奪戦だよ」


 ティリーと三馬鹿が入団した『篝火の団』の団長――ミヒャエル=エンデは小さく肩を落としながら言った。彼は「もう二度とやりたくないな……」と誰にともなく呟き、その隣で副団長のヒンネルクが「……地獄、だった……」と同意した。


 ミヒャエル曰く。


 四月末日までに新入生が入った団には、学園から指輪が配布されるそうだ。団の規模に関わらず渡される指輪の数は五つ。団内で選ばれた五人の一年生は、五月中、その指輪を左手の薬指に必ずつけなければならない。仮に、団の一年生がひとりしかいない場合、その生徒が持つ指輪はひとつで五つ分の価値となる。


 あとは単純だ。


 団に在籍する全ての新入生で、よその団の指輪を奪い合うのである。期間は五月の最終週に入るまで。それまでにニ十個以上の指輪を所持している団が、決勝戦へと駒を進めることができるのだ。


「今日までうちの新入団員はファルコだけだったから、彼は泣きそうになっていたよ。五つ分の価値がある指輪なんて、一番の狙い目だからね……」

「……俺たちの時は、三人だったから……俺と、ミヒャエルの指輪は、ふたつ分の価値があって……上位の団、の……やつらに、初日に囲まれて……」

「は、はは……ボコボコに、されたね……」


 当時を思い出しているのか、三年生ふたりの表情は暗かった。


 決勝戦は五月最終週、騎士科の敷地内にある闘技場で観衆がある行われる。ひとチーム五人以内のメンバーで勝ち抜き戦を行い、全員倒した団の勝利となるらしい。未来の騎士の誇り高き決闘――と銘打ってはいるが、実際はなんでもありの戦闘で、殴る蹴るもアリだとか。


「とにかく、まずは指輪を奪えばいいんだよね?」


 ティリーが問いかけると、タイロンが頷いた。


「ああ、得意分野だな。ぶっ飛ばして指から引き抜けばいい」

「ニ十個っつーと、ひとり頭何個だ?」

「ンなこともわかんねえのかよ。四人だから五個だろ?」

「おっ、なるほど」


 ツィロとチャールズのやり取りに、ティリーとタイロンは「へえ、そっか!」と納得する。緊張感なく和気あいあいとした空気の中、四人のやる気は上昇していく。


「おい、そこの四馬鹿」

「四!? わたしも入れた!?」

「何も気付いちゃいないんだ。入れるしかねえだろ」


 かけられたトムの声には呆れが滲んでいた。


「集めるのは十五個だ。お前ら最初に五個持ってんだろうが」

「あ」


 四人は顔を見合わせる。


 トムが溜め息を吐いた。


「指輪狩りでは作戦が重要になってくる。上位の団ともなれば代々受け継いで、なおかつ進化させてきた必勝法なんかもあるだろうぜ。無策で、単純な戦力だけでどうにかしようっつーのは骨が折れるぞ」

「代々受け継いできた作戦……あっ! もしかして篝火の団にもあるの?」


 団長のミヒャエルに目を向ける。彼は苦笑して、小さく肩をすくめた。


「うちは、毎年予選落ちだから」

「……それも、基本的に初日に……」

「かろうじてある作戦は……安全第一。怪我をしないように、指輪を奪われそうになったら遠くへ投げて、その間に逃げろってやつかなー……」

「使えない作戦だね」


 とはいえ、弱者の自覚がある者にとっては金言なのだろう。


 団の矜持に懸けて逃げられないと立ち向かった結果、その後の授業について行けなくなるほどの怪我をすれば元も子もない。上位の成績でなくても卒業さえできればいい生徒にとって、行事で負傷することほど馬鹿げた話はないのだ。あらかじめ団の先輩が逃げる許可をくれていたとなれば、罪悪感なく勝負も指輪も捨てられる。


「もしかしてその作戦、もうひとりの一年生に話してる?」

「え? ああ、うん……」

「じゃあ、テッカイしないとだよね。トム?」

「そうだな。あと実力も見ておきたい。それ次第で作戦も変わってくるからな」

「今から行く?」

「ああ。団長さん、そのファルコってやつのクラスは?」

「一年五組、だけど……」

「五組って……」


 ティリーとトム、チャールズ、タイロンの目が老け顔の悪友を映した。


「俺と同じクラスか!」


 自身の顔を指差して、ツィロが目を丸くする。


「名前聞いたのにピンとこなかったの?」

「そうは言うけど、お前だってクラスメートの名前、全員覚えちゃいねえだろ? 目立つヤツなら話は変わるが、ファルコってのはそういう男なのかよ?」

「……え? いや、まったく……」

「ンじゃわかんねーわ」


 ツィロはいっそ清々しいほどキッパリ言い切った。


 それから彼女たちは篝火の団の団室を出て、一年五組の教室へ向かった。ファルコがいる確信はないが、団室に来ていないなら可能性は高い……と、団長のミヒャエルが言ったからだ。途中ですれ違うかもしれないからと、ミヒャエルが同行してくれている。ファルコの兄のヒンネルクはすれ違うといけないからと、団室に残っていた。


「お前が顔を知ってれば団長さんに来てもらわなくて良かったんだぞ」

「うるせー」


 年齢差こそあるが、単純な体格だけならミヒャエルは一番小柄だ。立派な体躯の三馬鹿とトム、女性の中では長身の部類のティリー……ミヒャエルが五人に囲まれて歩く姿は、第三者の目にはカツアゲ中にでも見えるのだろう。すれ違う生徒がギョッとしていた。


 放課後の校舎内を進んで行く。


 一年生の教室が並んでいるのは校舎の一階だ。しばらく歩くと五組の入口が見えてきた。扉は教室の前方と後方にふたつあり、前の扉に近付く――


「む、むむむりだよ!!!」


 そんな声が聞こえたのと同時、前方の扉から小柄な男子生徒が飛び出してくる。


「ぎゃあああああああ!!!」

「待て! 逃がすか!!」


 小柄な生徒のあとに、数人の男子生徒が続いた。


「あ。ファルコ――」

「え!? 団長……って、赤狼!?」


 小柄で幼顔の彼――ファルコはミヒャエルに気づいて目を丸くし、次いで、周囲にいるティリーたちを認識して更に目を見開いた。あまりにも驚きすぎたのだろう。ファルコは急停止し、しかし勢いを殺しきれず、そのまま後ろにひっくり返った。


 追いかけて来た男子生徒たちがファルコに追いつく。彼らの顔は愉悦で歪んでいた。獲物を追いつめる高揚感が透けて見えている。だが、獲物の前にいる別の獣――ティリーたちを見て足を止めた。意図せずしてふた組は、涙目で震えるファルコを真ん中に挟む形で向かい合う。


 沈黙が落ちた。


 それを破ったのは――


「きみたち、どうして、ファルコを追いかけていたの?」


 この場で一番年長のミヒャエルだ。もっとも彼の声は上ずっており、三年生の威厳なんてものは微塵もないのだが。


 事実、対面する彼らの表情にも焦りはなく、余裕の顔だ。それどころか嘲笑すら浮かんでいる。


「篝火の団の団長サンですか?」

「……そ、そうだよ」

「俺たち、ソイツに話があるんです」

「そうそう。指輪狩りのことについてね」

「新入生限定の行事ですし、先輩たちは不干渉がルールっすよね?」

「それは……」


 ミヒャエルが言葉に詰まった。正面の男子生徒たちはニヤニヤ笑っている。後輩に舐められ、押されるミヒャエルの姿をティリーはジッと見ていた。足元からは「だ、団長ぉ……」と情けない声が聞こえる。ファルコは未だに立てないらしい。


「俺らの邪魔しないで、どっか行ってくれますぅ?」

「そこのアンタらも関係ない奴は引っ込んでろ」

「ああ、そうだ。用があんのは、そこで這いつくばってるやつだけなんだよ」


 彼女は目を細めた。


(なんか、話が長い)


 何も言い返せないミヒャエルにも、怯えるだけで逃げることすら諦めているファルコにも、対面するニヤケヅラの同期生たちにも、呆れてしまう。なんだかとても七面倒くさいことをやっている気がしてならない。


 無駄な時間っぽいなあと思いつつ、ティリーは口を開いた――。








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