第21話 打開策
朝、寮生用に開放された食堂は朝食を求める生徒たちで賑わう。
特に騎士科の生徒専用食堂の朝は戦争だ。限りある席の奪い合いをはじめ、我先にと注文をする生徒の大声が飛び交っている。これから身体を動かす授業があるのだ。朝食を抜けばついていけないことを、騎士科の生徒はよく理解していた。
親切な先輩と交渉して席を譲ってもらい――その先輩たちは真っ青な顔で食堂を飛び出して行った――ティリーは顔を腫らした三馬鹿と遅れて来たトムと共に、朝食に舌鼓を打つ。
騎士科専用の食堂だけあり、皿は大きく、そこに盛られる料理の量も多い。彼女たちの前にもハムやベーコン、焼いた卵、肉団子、マッシュポテト、パスタ、申しわけ程度の生野菜などがこんもり盛られた皿と、丸いパンが詰まった木籠が置かれている。加えてそこにはトムが屋敷から持ってきた食べ応えのある固焼きパンのサンドもあり、テーブルに余白はなかった。
膨大な量の朝食は、巨漢のタイロンとティリーの胃袋にどんどん収まっていく。彼女は肉団子が入りのトマトパスタを食べ終わると、グラスの水を飲み干して口を開いた。
「今日、わたしの頭は冴えていたんだよね」
唐突なひと言に正面に座っていたトムが首を傾げる。その両サイドにいるチャールズとツィロも、何言ってんだとばかりに、咀嚼こそ続けながらも料理へ伸ばしていた手を止めた。変わらず食べ続けているのは、ティリーの隣に座るタイロンだけだ。彼は丸いパンを横に割り、こんがり焼けたベーコンと卵を挟んでかぶりついている。
今朝、スミロ=ヴァルデの元を去ったあと、ティリーの頭に閃きが降ってきた。それはある意味でスミロのおかげかもしれない。唇寄りの頬へ口づけられたのは、彼女にとってそれだけ衝撃的なできごとだったのだ。
まるで天啓かのような閃きを得た瞬間、ティリーはそれを悪友たちに披露したくてしかたがなかった。けれど空腹に意識を取られている間に、その天啓のごとき閃きは頭の隅に追いやられ、今の今まで声を挙げずにいたのである。
「『団』のことだけど――」
ティリーはスッと胸を張った。
「『暁の団』に入れてもらえないなら、自分たちで作ればいいんだよ!」
すごいだろう? 名案だろう? とばかりに、彼女は「ふんす」と鼻を鳴らし、悪友たちの驚きと賞賛の言葉を待った――しかし、いくら待ってもその時は訪れない。
(むむむ?)
彼女は上機嫌で得意気な顔から一変、眉を寄せた。
「その反応、腹立つ」
「悪いな。あまりにも普通のことを言うもんだから驚いちまってよ」
「な!?」
肩を竦めるトムの横で、ヒゲにソースをつけたツィロと、ベーコンの脂で唇をテカらせたチャールズが頷いている。トムが苦笑した。
「加入できる場所がないなら、これまで通りのメンツでつるむ。そのくらいのことは昨日の内に思いついてたぞ」
「!? じゃあなんで昨日言わなかったの?」
「お前、どうやって団を立ち上げるか知ってるか?」
「うん? 知らない!」
「胸張って言うなよ……」
呆れたように溜め息をつき、トムは団を立ち上げる方法を説明してくれた。
帝国学園で団を設立するには、学園に書類を提出する必要がある。その書類を受理してもらうためには小難しく、細々とした資料を集めなければならないが、その点に関しては頭のいい学生に頼めば問題なく処理してくれるだろう。
それとは別に定められた絶対条件が三つある。
ひとつ、行事や演習の都合上、団員は常時八名以上であること。
ひとつ、団を監督する監督官及び担当教師が存在すること。
ひとつ、学園内の行事及び学園外の演習などで、騎士科教師三名以上に実力が認められ、問題ないと判断されること。
条件を聞いたティリーはフォークを置き、腕を組んだ。頬にパスタのトマトソースをつけたまま彼女は盛大に顔を顰める。ふたつ目と三つ目の条件は達成できる自信があった。だが問題はひとつ目の条件だ。
「わたしたち五人しかいないじゃない」
「違う、四人だ。俺は騎士科じゃないから団には入れない」
「四人……半分だ……」
八ひく四――そのくらいの計算はできる。冷静なトムの言葉にティリーは衝撃を受けた。人数が足りない。かといって未だ団に属していない知人や友人もおらず、それはつまり彼女の天啓のごとき閃きが水泡に帰したことを意味していた。
ティリーはしばらく沈黙し――やがて深く息を吐く。
「困った。ぜんぜん足りないね」
あっさりしたものである。頭の中はすでに考えを切り捨てていた。駄目になった案にいつまでも縋りつくような執着心はなく、どうしたものかと思考は次へ行っている。もっとも残念なのは思考したところで代案を出せるだけの素養がないことなのだが。
「ま、べつの方法はそのうち出てくるか。うん。今回みたいに閃くかもしれない」
「良く言えば前向き、飾らず言えば考えナシだな」
ツィロの呆れ声に、チャールズが「言えてらぁ」と同じ響きの声を重ねた。
そんなふたりに文句のひとつでも言いたいところだが、今はそれどころではない。隣でタイロンがひと言も声を発さずに食べ続けているからだ。このままでは自分の朝食まで食い尽くされかねないと、ティリーは丸いパンを手に取ってかぶりついた。
トムが口を開く。
「一応、打開策は考えてある」
「……え?」
「昨日思いついたことがあって、今朝までの間にいろいろ調べてみたんだ。学園の門が開いてすぐ、騎士科の職員室や管理室に行ってな。それで――」
カン、と――ティリーのフォークが大皿の上のベーコンを刺した。こんがり焼けたソレを自分の皿に素早く乗せる。それよりも一瞬遅く、タイロンのフォークがベーコンの消えた大皿にあたっていた。
思わず口を閉じたトムを、目を細めたティリーが見据える。
「思いついてるなら早く言って」
「朝メシのあと言おうと思ってたんだよ。お前、何か食ってる時に話聞いても、ほとんど聞き流すから」
「だったら二回話せばいいでしょう?」
「世間じゃソレを二度手間って言うんだぜ?」
「ヨソハヨソウチハウチ!」
耳にタコができるほど言い聞かされた言葉を返す。そのまま彼女は隣からの恨みがましい視線を無視し、戦利品のベーコンを頬張った。
「ったく……じゃあ、言うけどよ、あんまり大きい声で言える話じゃねえんだ」
「もったいぶんなよ」
「これだから頭のいいヤツは!」
両隣からのヤジにトムが眉を寄せる。瞬間、チャールズとツィロが「痛ぇ!」と声を上げた。どうやらテーブルの下で何かあったらしい。トムはフンと鼻を鳴らし、改めてティリーのほうを見てきた。
「わざわざ一から団を作る必要はない。手っ取り早く……規模が小さく、ロクな功績も残せちゃいねえ弱小の団を、乗っ取っちまえばいいんだ」
トムがにやりと笑った。
(悪い顔してるなー)
久し振りに見る悪友のあくどい顔だ。年齢に見合わず大人びていて賢い男だが、今はイタズラ坊主の顔をしている。
思い返せば幼少期――まだ厩の馬に近付くなと大人たちに言われていた頃、馬がダメなら牛に乗ろうと言い出し、農家の牛を借りようと提案してきた時も彼はこんな顔をしていた。そのあと牛の背に跨ったところで、ティリーもトムも鼻を垂らした三馬鹿も振り落とされて怪我をし、牛を無断拝借した事実が露見して大人たちにこっぴどく叱られたのを覚えている。
「乗っ取りね、乗っ取り。目星はついてるの?」
「ああ。団員の数は八名ギリギリ、去年、一昨年と成績はまったく奮わず、狭い荷物置場みたいな団室がかろうじて与えられた弱小も弱小の団がある」
「ほほーん」
「団長は中央貴族だが、箸にも棒にもかからないような家だ。お前が関わってもなんら問題はねえだろう」
「トムが言うならそうなんだろうね」
「今日の放課後、さっそくアイサツしに行くか?」
「そう言うってことは、早いほうがいいんでしょう?」
ああ、と器用に口の片端だけを吊り上げる悪友に、ティリーも同じ笑みを返す。トムが自分の中で飲み込まず、わざわざ口にした打開策だ。その成功率は間違いないだろう。持つべきものは賢い友人だ。
「隙ありっ!」
ティリーの前にある大皿の上には最後のひとつとなった大振りのソーセージが乗っている。そこへ隣の席からフォークが迫ってきた。
「そんなのないって」
瞬時にフォークでフォークを弾く。金属同士がぶつかる甲高い音が響いた。ティリーは素早くフォークをソーセージに突き立てる。そして悔しげな唸り声をよそに、獲物を捕らえた獣のように、手中に収めた肉にかぶりつくのだった――。
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