第16話 暁の団の拠点にて:中

 ティリーは正面の人間を見据える。


 赤狼騎士団を――フェッツナー男爵家を排除しようとするのは、後継者である自分の性別が女だからなのか。純粋な疑問をぶつけて返事を待つ。彼女には見えないが、後ろにいる三人も、隣のトムも、口を引き結んでふたりを見ていた。


 正面切って聞いてくるとは思わなかったのだろう。マティアス=フォン=ハルティングも、その右腕のアクセル=アッカーマンも目を見開く。


 しかし驚いた表情を見せたのはわずかな間だけで、マティアスはすぐにフンと鼻を鳴らして腕を組んだ。


「それもある。要因のひとつがお前の性別であることは否定しない」

「そう」

「ほう、意外だな。もっと激昂して食って掛かってくると思っていた」

「怒ったって男になるわけじゃないから。まあ、なりたいわけでもないけど」


 不思議と気持ちは落ちついている。昼休みにひとりで向かい合っていた時よりも冷静でいられていた。


 戦場で魔物を討伐している時、ひとりで突っ込んで行くと、安全性や後先を考えずいけるところまでいってしまえという気持ちになる。しかし誰かが一緒にいると、頭の隅っこでその人を守らなければと、理性が働いて踏みとどまろうとするのだ。


(今の感情はその時のに似てる)


 目の前の男を見据える。まばたきのひとつ、微かな呼吸さえも見逃さない。魔物でないのなら、ペン一本で仕留められる――と、そこまで考えた時、マティアスが目を鋭くした。


「女がどうのと言われるのを気にしないのなら、何故暴れた?」

「うん?」


 質問の意味がわからない。彼女は首を傾げる。


「お前が停学になった理由は、女の身で騎士科にいることを馬鹿にした奴らを、暴力を持って潰したから、だろう?」


 マティアスは挑発するかのように、堂々と自信ありげに口の端を吊り上げた。素行調査は済んでいると言いたいのだろう。情報源はクラスメイトのクルトか。だが隠しているわけでもない以上、情報はどこからでも入手できる。


 もっとも、停学になった事実はあれど、その理由の正解を知るのはティリー本人だけだ。第三者の主観や証言が正確であるとは限らない。


「いや、違うけど?」


 今回はハズレだった。


「何?」

「あの時、あいつらはひとりを多人数で囲んでた。しかもそれは、戦う力のない女の子で、それなのに誰も助けようとしていなかった。教室には何人もいたのに、誰も」


 視界の端でクルトが肩を跳ねさせる。どうやら彼もいたらしい。ティリーは特に追及するでもなく、話を続けた。


「彼女が攻撃されていた理由が、たまたま『女だから貶されていた』ってだけ。そうじゃない別の理由だったとしても、わたしは手を出してた」

「正義感だとでも?」

「というより腹が立ったから。だからぶっ飛ばした!」

「単純だな」


 馬鹿にされているのか、感心されているのかわからない声音だ。どちらにしても肩の力を抜いて胸襟を開けるかと問われれば、答えは否に決まっているのだが。


「女子供を守る騎士道精神か」

「そんなスウコウなものかはわからないけど」

「お前は、自分がその女子供の枠に属している自覚がないようだな」

「戦う手段を持たない女子供と、戦う手段と大きな力を持つ女子供を、あなたは同じ枠に入れるの? ザルな分類だね?」

「本人が気にしていないから周りが気を遣っていないとでも思っているのか?」


 マティアスは腕を組んだまま、太い眉を寄せた。


「どう足掻こうとお前は女だ。子供に分類されてもおかしくない女を戦いの最前線に送り、魔物と戦わせていることに、居心地の悪い思いをしている者は少なくないぞ」

「あなたもそのひとりだから、わたしが継いだ時の赤狼騎士団を排除したいの?」

「ああ。だがそれは、ティリー=フェッツナー、お前の能力を否定するわけではない。誤解するな。俺は、女だからか弱い、役に立たないと思っているわけでないぞ」

「……は? 意味がわからないんだけど……」


 ティリーは顔を困惑で染める。マティアスの発言への理解が及ばず、彼女は団室に入って初めて、隣に座るトムを見た。賢い彼ならわかるかもしれない。トムはすぐ視線に気付き、ティリーのほうへ顔を向けた。


「あれ、どういう意味?」

「ざっくり言うと、お前の能力や実力は認めているが受け入れないってことだ。女子供を闘わせたくないとか、戦わせるのは情けねえとか、個人的な感情か思想だな」

「なるほど……」


 そう呟いたティリーはマティアスに向き直る。そして――


「やっぱりこの人、ばかなんだ……!」


 哀れむような目で、マティアス=フォン=ハルティングを見た。


「何?」

「男爵家でしかないわたしだって討伐の時に感情的になって暴れたら、父上や叔父上たちに怒られるのに……辺境伯様の孫が、感情をユーセンしてるなんて……ばかなんだよ!」

「貴様……! 貴様にだけは言われたくないわ!!」


 マティアスが机を叩いて立ち上がる。


「わたしも頭良くはないけど! あなたほどばかじゃない! はず!!」


 反射的にティリーも立ち上がった。今にも掴みかかりそうなふたりを止めたのは、やはり将来的に――あるいはすでに右腕のポジションに収まった彼らである。


「落ちつけって。団室で殴り合いでもはじめる気か?」

「ティリー、やめとけ。さすがに御孫殿をぶっ飛ばすのはマズい」

「ん? ははは、きみは面白いことを言うな。うちの大将がそう簡単にぶっ飛ばされるわけないだろう?」


 止めに入ったはずのふたりの間の空気がひりつく。


「二対二でやり合うのか?」

「どっちに賭ける?」

「ティリー! って言いたいとこだが、御孫殿もなかなかの雰囲気だぞ?」


 うしろで三馬鹿がコソコソ喋っているのが聞こえた。トムを巻き込んで乱闘に持ち込む――それは話し合いの終わりを意味する。男爵家の後継者。かろうじて教え込まれていた矜持と、立場に付属する責任如何が、彼女の理性の手綱を強く引く。頭に昇った血が降りてきた。


 三人の声はマティアスにも聞こえたらしい。彼はフンと鼻を鳴らして、ソファに腰を下ろした。ティリーも同じように元の位置へ戻る。アクセルとトムは笑顔でしばし見つめ合い、やがてどちらからともなく、ソファに座った。


 四人の中で、最初に口を開いたのはマティアスだ。


「話を戻すが――俺は個人的な思想や感情だけで、赤狼騎士団を切るのではない。全ては、将来俺がハルティング辺境伯を継いだ時を考えてのことだ。俺は、愛すべき故郷――東部を強い地にする」


 はっきりとした口調で彼は言い切るが、その言葉を受け止めた彼女の顔には、やはり困惑の色が浮かんでいる。ティリーはぱちぱちとまばたきをし、首を捻った。


「どういう意味? 東部を強くしたいのと、赤狼騎士団を手放すのとが、どうしてくっついてるのかわからないんだけど……」

「――だろうな。フェッツナー男爵家の人間にはわからんだろう。東部の武力がいかに脆弱であるか、お前たちは考えたことすらないはずだ」


 真剣な声音だ。


 どことなく、彼の紡いだ言葉には、憎悪が滲んでいる気がした。そんな風に言われる理由もなければ、憎悪される理由に見当もつかない。不可解と言わんばかりの表情に、東部の王の孫は皮肉げに口を歪める。隣のアクセルも切なげに目を細めていた。


「北の辺境領、南の辺境領、西の辺境領と比べて、我らの東の辺境領は弱い。これまでずっとそうだった。そして要因を排除しない限り、これからもそうだ」

「その要因が――」

「お前たち、フェッツナー男爵家だ」


 ティリーの言葉を遮ってマティアスは言う。


 その瞳に浮かぶ意志の煌めきに、彼女は思わず息を呑んだ――





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