第10話 『暁の団』
中庭で友人となった騎士科の女子生徒三人――クリスティーナ、パウラ、タニヤ。彼女たちはこれから『団』の集まりがあるからと、その場から去って行った。
残されたティリーはしばらくの間『女の子の友だち』ができた感動で震えていたが、やがて思い出したかのように昼食を再開する。周囲の悪友たちなど意識の外だ。奪ったパニーニをモリモリ食べる。冷えていても美味しい。温かければもっと美味しかったはずだ。
「なあ、ティリー」
「む?」
声をかけられティリーはトムを見る。彼にハンカチを差し出され、彼女は手指を拭きながら首を傾げた。
「お前、団には入ったのか?」
「……団?」
「なんだそれ?」
「お前知ってるか?」
「さあ、知らねえな」
「お前ら、嘘だろ……!?」
トムや女子生徒三人が言っていた『団』というものに、まったく聞き覚えはない。それはティリーに限った話ではなく、悪友三人も同じだった。
首を傾げる騎士科の四人に、トムは信じられないとばかりに目を見開いた。そして勢いよく幼馴染みの男三人を睨んだ。
「この三馬鹿! お前らなんのためにティリーと騎士科に通ってるんだ!?」
「って言われても……なあ?」
巨漢のタイロンが両脇のふたりに目をやる。
「ティリーは入学初日に停学になっちまうし、俺たちのやれることなんて、普通に授業に出ることくらいだろ?」
チャールズとツィロが「だな」と首肯した。
「ねえ、団って何?」
状況が理解できない彼女はトムに尋ねる。
トムはひたいを押さえると、深く息を吐いた。その表情には呆れではなく、自責の念が浮かんでいる。おそらく自分が一緒に騎士科に入学していれば、とでも思っているのだろう。
しかし彼には騎士として武力や戦術を磨くのではなく、学問を治め、数字や経済学に強くなってもらわなければならないのだ。トムが将来フェッツナー男爵の補佐を務めるのは内定しており、彼はそのために必要なスキルを学園で身につけなければならない。
「団っていうのは、騎士科の生徒が学年の枠を超えて作るグループのことだ。有名どころで言えば南の領の人間が集まってる『大海の団』や、中央の『颶風の団』だな」
「ふーん……」
「騎士科では年に何回か学園外での課外活動があるだろ? 大規模の課外なら団全体で、小規模の課外なら団の同学年で組んであたるのが常だ。つまり――」
「入団は絶対?」
「そういうこと。で、本来なら入学してすぐ団の代表に挨拶して、入団を認めてもらわないといけない。わかるか?」
ティリーは頷く。
つまるところ、出遅れているのだ。本来なら入学後すぐに希望する団の代表の元へ行かなければならないところ、彼女は停学処分を食らって登校できずにいた。登校できた今日でさえ、何も知らずに呑気に昼食を楽しんでいるのだから、トムが頭を抱えるのにも頷ける。
「入るのはどこの団でもいいってわけじゃないんでしょ?」
「ああ。騎士科……だけじゃなくて、まあ、これは学園全体で言えることだが、ここは貴族社会の縮図みたいなところだ。寄子は寄親や主君筋の家の人間に侍るし、直の上が在学していない時は派閥の有力者の元へ足を運ぶ。で、爵位を持たない平民や一代限りの騎士爵の家のやつは自分を売り込みに行くってわけだ」
「じゃあ、わたしは?」
「ティリーは、っていうよりも――フェッツナー男爵家の人間が代々所属するのは、基本的に『暁の団』だな。東部の武門が集まってる団で、今の代表は男爵家の直属の上役、ハルティング辺境伯家の孫だ。名前はマティアス様……確か俺らのふたつ上だから、今は三年生か。会ったことは?」
「んー……ない」
ハルティング辺境伯とは父に連れられて行った年始のご機嫌伺いなどで、何度か顔を合わせたことがあった。
良く言えば人の良さそうな、言葉を選ばずに言えば気の弱そうな風貌の老人だ。しかし内面はそうではないと、ティリーは感じていた。齢七十を越えているであろうにも関わらず、未だ現役を退いていない。老いた身体でも東部の貴族を牛耳れるだけの『何か』があるのだ。
辺境伯の息子である嫡男はティリーの父とあまり変わらない年齢らしい。彼もまた、温厚そうな風貌の男だった。働き盛りの歳だというのに家督を譲られていないことに思うところはありそうだが、それを表に出さず、朗らかに笑っていた。
マティアス=ハルティング――辺境伯の孫もまた、そんな外見の青年なのだろう。歳を重ねていない分、もっと頼りなく見えるのかもしれない。
「よし。行こう」
ティリーは立ち上がった。
「行くって、今から入団しにか?」
目をまたたかせるトムに、彼女は首を傾げる。
「早いほうがいいんでしょう?」
「そりゃそうだけどよ……」
「急がないと昼休みが終わっちゃう。どこに行けばいいの?」
じーっと見つめると、トムは息を吐いて頭を掻いた。
「とりあえず三年の教室に行ってみるか。マティアス様は一組だったはずだ」
「三年一組……うん、覚えた。行ってくる」
「え、おい、ちょっと待てって! ひとりで行く気か?」
「? だって大勢で押しかけるようなことじゃないでしょう。挨拶して、入団させてくださいって言えばいいだけなんだから」
「そりゃそうだけどよ……」
トムが心配そうな顔をしている。お前ひとりで大丈夫なのか、とでも言わんばかりの表情を向けられて、ティリーは微かに眉を寄せた。
「心配なのはわかるけど、トムは経営管理科でしょ。騎士科の生徒として入団を頼みに行くのに、経営管理科の生徒について来てもらうのは、おかしい」
彼が言葉に詰まるのがわかった。
「今までずっとトムに助けられてたと思うし、将来はもっと助けられることになると思う。だからせめて学園にいる間くらいは自分でどうにかしろって、考えて、父上はわたしたちを別の科に進ませたんだよ」
ティリーにはトムほど頭が良くない自覚がある。否、そもそも彼は同年代の中で――もしかするともう少し年上の世代と比べても――ずば抜けて知能が高い。戦闘能力や単純な強さに重きを置く男爵領の人間では珍しく、机に向かって仕事をして成果を挙げられる上、器用になんでもこなせる人材だった。
だが、フェッツナー男爵の考えを読む能力に関しては、ティリーのほうが上だ。性質の似ている父親の考えていそうなことはトムよりも正確にわかる自負があった。剣の腕を磨くだけでなく、成長しろと言いたいのだろう。
フェッツナー男爵家を率いるということは、家臣団の上に立つということではない。自分の下に人を置き、支えてもらうのでは意味がないのだ。赤狼の長たる『フェッツナー男爵』は、家臣団の前に立ち、先陣を切って戦ってこその存在なのだから――
「――ってことで、行ってくる。ついて来なくていいよ」
「おいおい、待てよティリー」
立ち去ろうとしたティリーをツィロが呼び止めた。
「トムを連れて行かねえのはわかるが、俺たちまで置いてくことないんじゃねえの? なんだかんだ、俺らも入団しないでいたんだからよ。なあ?」
「そうだそうだ!」
「俺たちも連れてけー!」
ツィロに続いてタイロンとチャールズが騒ぐ。
「黙れ三馬鹿」
彼女は嫌そうに顔を顰める。
「恩着せがましく言わないでよ。そもそもあなたたちだって『団』のこと知らなかったくせに。それに! 公開謝罪だなんだって笑ってたのはどこの誰!?」
さんざん煽られ、からかわれ、笑われたのは、つい今さっきの話だ。
「そのことは殴られて昼メシ奪われて帳消しだろ!」
「そうだそうだ!」
「俺の特製ニクニクパンの恨み! 忘れてねえぞ!」
「うるさいバーーーカ!!」
まるで五歳児の語彙力の限界のような言葉を残し、ティリーはベーと舌を出しながら、中庭を走り去ったのだった。
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