第43話



 *



 同時刻。

 生徒会室では月日と大輔が居残りをしていた。


「ね~~~~~! 大輔!! 男の子だなんて聞いていないわようっ!!」

「うるっさいな! しょうがないだろ!」


 累と一香が退出するなり、月日は大輔に泣きつくように癇癪をおこしていた。

 そんな月日を、大輔が明らかにうっとうしそうにしている。


「こっちから頼んできてもらったのに、男だからやっぱダメとか言えねーだろうが!」

「だってだって、男の子よ!? 累のこと好きになっちゃったらどうするのよ~~~!」

「知るかそんなこと! とっとと仕事しろ!」

「無理よ、集中できないわっ!」

「じゃあもう帰れ!」


 イライラしすぎた大輔ににらみつけられたが、月日は左右の人差し指をくっつけてモジモジしていた。


「しかも一香って子は累と同じクラスだし、仲良しこよしで一緒に帰っちゃったし!」


 月日は「きーい!」と癇癪をおこしている。


「なんもねーよ。だって累ちゃんはセイメイが好きなんだろ?」

「ぎょえええええっ! 恋敵の名前はっきり言わないで~~~!」

「ああもうっ! うるさい!」


 月日の頭に、大輔のげんこつがゴツンと入れられた。


「痛ったい! ひどい! 日並ちゃんにもぶたれたことないのに!」

「そんなに嫌なら他の女の子にするか? お前に夢中で仕事しなかったりしたら、月日が責任取れよな!」

「うっ……」


 月日は大輔を上目遣いに見た。


「でも、一香だってワタシに夢中で仕事しなそうだけど……」

「もういい、お前は顔面ごと黙っとけ。一香くん来ても黙っておけ」


 顔面を黙らせるとはいったいどういうことだと抗議をいれようとしたが、大輔が額に角をはやしそうだったので黙る。


「あああ。累は大丈夫かしら? ちゃんと帰れているかしら?」


 もし一香とあーんなことやこーんなことになっていたらと想像し、月日は門通り打って転げそうになる。


「もー、帰れっ!」


 大輔に蹴り飛ばされて、月日は生徒会室から追い出された。



 *



 生徒会の新しいメンバーが掲示板に張り出されると、三日後には累と一香が付きあっているという噂が駆け巡った。

 累にとっては、まったく身に覚えのない噂だ。

 昼休み、大きな弁当を豪快に食べていると、沙耶香がどっさりと情報を持ってきてくれた。机をくっつけて、沙耶香も弁当箱を取り出す。


「なーんかね、二人で一緒に帰るのを見たとか。バス停で手を握りあっていたとか」

「……はあ」


 それには理由がある。一香はひどい方向音痴だ。

 しかも、月日のことになるとそちらに集中してしまうため、明後日の方向に歩いていることにさえ気づかず壁に激突する。

 そういうわけで、しゃべりながら歩く場合、累が彼の手を引っ張るしかないのだ。

 それを弁明したところで、噂が収まるわけではないので累は黙った。沙耶香は続ける。


「地味で目立たない花笠くんが、生徒会に入れたのなんておかしいって思われているみたいでね。累が彼氏を引き入れたんじゃないかって噂」

「……はあ」


 よくもまあ、妄想が膨らむものだと累は感心した。

 しかし、沙耶香はミニトマトのへたをぶちっと取ると、みるみる怒り始める。


「累! もう少し神妙な反応してよ!」


 累は言われた通り「えー」と返答をして、やる気が感じられないと沙耶香に盛大ににらまれた。


「まあとにかく、そんな噂だからね。累もいろいろと大変ね」

「私は別に……あ、でも、花笠くんに迷惑がかかっているかもだよね?」

「たしかに、そうかもね」


 累は噂話によるダメージはゼロだが、影であることないこと言われて平気な人間ばかりではないはずだ。

 沙耶香は椅子の背もたれに身体をあずけで後ろに倒れながら、机で一人ご飯をしている一香をチェックする。


「うーん。ボッチ地味キャラ確立していたのに、有名人になった上に騒がしくされたら、迷惑に思っている可能性は無きにしもあらず、ってとこかしら?」


 一香はクラスの中でも基本的に一人でいる。

 クラスメイトと話している姿は見たことがないし、そもそも髪の毛で顔が隠れているので表情が読み取れない。見た目だけでは、彼がどう思っているかを知るのはできなさそうだ。


「生徒会って華々しくていいかもだけど、気苦労が絶えなさそうね」

「それは言えてる」


 ほんの一ヶ月にも満たない間だが、累もいろいろあった。入学早々、濃い時間だと思い出していると、大きな人影がぬうっと現れた。

 影のようにひっそりと近寄ってきたのは、噂の人物一香だ。

 彼があまりにも存在感の薄い登場をしたので、沙耶香はしばらく近くに来たことにさえ気がつかなかった。


「山田さん、話してる時にごめんね」


 しょんぼりした前置きのあと、一香は大きな身体を小さくして累の隣にしゃがみこんだ。


「うわっ! びっくりした、花笠くんて忍者かなにかなの!?」


 沙耶香は驚きすぎて、胸に手を当てて目を見開いている。


「驚かせてごめんね。それから山田さん、俺のせいでなんかごめんなさい」

「なにが?」


 累が首をかしげていると、一香はさらにちんまりする。その姿はまるで、叱られた時の大型犬にも似ていた。


「俺なんかとつきあっているっていう噂……迷惑だよね」


 もともとボソボソしゃべるのだが、今日は特に聞き取りにくい。よっぽどダメージを受けているらしく、全体的にかすんで見えるほどだ。


「それなら累は気にしていないどころか、今さっき知ったばかりだよ」


 累の代わりに沙耶香が返事をしたが、累は同意した。


「でも、困るでしょう?」

「気にしてないけど。言わせておけば?」


 沙耶香は「ふーう、かっこいい!」と口笛を吹く。


「さすが女騎士様! っていうわけだから、花笠くんも気にしなくていいと思うよ」

「な、ならよかったんだけど……」

「けど?」


 なにか言いたそうな一香を累は見つめる。

 しかし、少しためらっているのか、口をパクパクさせては引き結ぶというのを繰り返していた。


「なんでもない」


 肩を落として戻っていく一香を、累は不思議そうに見ていた。

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