第6章

第40話

 書記の候補者から返事をもらうことが、本日の累に課せられた生徒会の任務だ。

 そういうわけで、その日、累はクラスメイトの花笠一香に近づいた。


「おはよう花笠くん。生徒会の書記の話って、考えてくれた?」

「え、お、おはっ……」


 累に話しかけられた一香は、みるみる動揺し始める。


「十条先輩が、できれば花笠くんにって言ってるんだけど」


 彼は「十条先輩が!?」と息を呑んだあと、顔を真っ赤にする。

 前髪で顔面の半分が見えていないので、正確には首から頬にかけてが真っ赤になっているのだが。

 あまりにも挙動不審なので、累は首をかしげた。


「大丈夫?」

「え、う、うん……だ、だいじょう……ぶ……」

「無理なら、そう伝えておくけど?」

「違う、無理じゃないよ!」


 一香が慌てたように出した声は案外大きく、教室中に響いた。注目されたのが恥ずかしかったらしく、一香は巨体を縮こませながらさらに赤くなる。


「引き受けてくれるってことでいい?」


 一香はぶんぶんと首を縦に振る。

 なんだか動きが不自然すぎて心配になったのだが、ひとまず累はそのあたりは目をつぶることにした。


「無理そうだったら断ってもいいよ。ひとまず一度、生徒会室に来てほしい。今日の放課後は時間ある?」

「うん」

「じゃあ先輩たちに報告しておくね。一緒に生徒会室まで行こう」


 またもや一香は壊れたおもちゃのように首肯する。

 ちょっと様子がおかしいなとは思ったが、累はあまり気にすることなく、一香が放課後に生徒会室に来る旨を上級生二人に連絡した。



 *



 一方。


「どうしよう、俺がまさか、生徒会に!?」


 一香は全身の震えを抑えようと、グッと両手を握りしめる。


「すごい、こんなことってまるで運命みたいだ……」


 呟きながら、一香は月日と初めて話をした日のことを思い出していた。

 それは新入生の一香が、まだ右も左もわからなかった時のこと。

 もともと人見知りの彼は、新しい環境への期待と不安によって、極度の緊張状態に陥った。

 そのせいで頭がくらくらし、気づいた時には降りるべきバス停を通り過ぎていた。慌ててバスを降り、別の路線バスに乗り込んだ。

 だが、パニックで頭が回らず迷子になっていた。どうしようと焦っていると、ちょうどバスに居合わせた月日が優しく声をかけてくれたのだ。

 それだけじゃなく、困っている一香と一緒に登校してくれた。


 一香はその時から、月日ことが忘れられない。

 完璧すぎる美しい顔立ちに、サラサラの髪の毛。緑が買った茶色の瞳には知性が宿っていた。

 そして、その場にいる全員が振り返るようなカリスマ性。

 背が高いことが一香のコンプレックスだったが、月日と並ぶと背筋を丸めなくてもよかった。

 堂々としている姿の月日は、その瞬間から一香の憧れになっていた。


「どうしよう、どうしよう……十条先輩と、話せるなんて……!」


 あの時のお礼を、まだきちんと言えていない。

 それどころか、遠い存在で近寄ることさえできない。

 もう二度と声をかけるチャンスなんて巡ってこないと思っていたのに、なんということだろう。

 一香は、生徒会に誘ってくれた累に感謝した。

 放課後が待ち遠しくて、嬉しさのあまり鼓動が鳴りやまない。ドキドキを胸にしまいきれないまま、ざわつく日中を過ごした。

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