第37話
*
月日の笑顔で複数人が気絶した二日後。
学内には、日常が戻ってきていた。
ただ、今までと少し違うのは、月日の取り巻きが騒がしくなくなったこと。そして、累への嫌がらせがピタッとやんだことだ。
必殺技を間近で食らわなかった派閥たちも、上級生派閥が壊滅した事実を知るや否や、月日の笑顔を恐れて解散した。
告白もめっきりなくなり、ただただ、遠くから月日を眺めているだけにとどまっている。
ちなみに、上級生たちはいまだに心ここにあらずになってしまっており、先生たちも管を巻いていた。
そういうわけで、累のもとには、平穏な毎日が訪れている。
昼休みの教室で、累は一香を見つけると洗濯を終えたハンカチをお礼とともに渡した。
そのついでに、大輔に言われた連絡事項を伝える。
「山田さん、今、なんて……?」
「生徒会の書記にならないかって、会長と副会長から伝言だよ」
累の言葉に、一香は時が止まったかのように動かなくなる。
「――大丈夫? 聞こえていた?」
「え、あ……う、うん……なんで、俺なの……?」
それに累はうーんと唸る。
「いろいろ考えた結果だよ。返事は急ぎじゃないから、考えておいてくれる?」
「わ、わ、わかった」
一香が挙動不審になったので、累は眉をひそめる。
「大丈夫?」
「え、う、うん……だ、だいじょう……ぶ……」
「無理なら、そう伝えておくけど?」
「か、考えておくから。前向きに」
月日のあの必殺技のことを知って、生徒会に入るのを恐れているのかもしれない。
一香の震えっぷりから、累はそう推察した。
実際、書記候補としてエントリーシートを書いていた人々の多くは、辞退する話でまとまっている。
月日と一緒にいたら身が持たないと誰もが生命の危機を感じている状態なのだ。
「じゃあ、よろしくね」
「うん」
一香と別れると、累は生徒会室に向かった。
なんでも、累に嫌がらせをした詫びの品々が、ちょっとずつ生徒会に献上されているらしい。
一時的なものだろうと大輔が言っていたので、これを逃すと当分贈り物をもらえることはなくなってしまうかもしれない。
美味しいものに目がない累が、このチャンスを逃すはずはない。
自然と、生徒会室に向かう足取りは早まった。
「こんにちは」
最後は小走りで生徒会室まで行き、会議室の扉を開ける。
「こんにちは。そんなに急がなくても、なくならないわよ」
すでに来ていた月日が、贈り物の山を分ける作業をしている。
「白川先輩は……?」
「大輔は吹奏楽部の練習だって」
累が目を見開いたまま止まると、月日は苦笑いした。
「意外?」
「……部活をやっていたことも、吹奏楽部なのも今知りました」
「スポーツ系に見えるわよね。でも大輔は運動はめっきりダメ。ちなみに、楽器はクラリネットよ」
「見た目だけで判断したらダメなことって、いっぱいあるんですね」
「そうね。ワタシのほうが運動は得意なの。見えないでしょう?」
はっきり頷くと、月日は肩をすくめる。
「さーてと。好きなお菓子選んでいいわよ」
月日が指さした卓上には、美味しそうなお菓子がずらっと並べられている。
「先輩は食べないんですか?」
「ちょっとでいいわ」
もらったお菓子を、ブラックコーヒーで流し込んでまで食べていたことを思い出し、累は選んでいた手を止めた。
「十条先輩。もしかして……甘いもの、実は苦手ですか?」
「――……ばれた?」
てへっと舌を出した月日を、累はついつい半眼でにらんでしまった。
この人は、自分をどこまでも押し殺しすぎだ。
苦手なものさえ苦手といえず、断る機会を失ったままになっていたとは。
そして、もらったものに込められた心がわかってしまうから、きちんと最後まで向き合おうと無理をしている。
「苦手なら、なおのこと断るべきだったんじゃ」
「あんなに多いと困るってだけで、作るのは好きだし、ちょっと食べる分には好きなの」
「それで、大食漢の私をスカウトですか」
「そういうわけじゃないけど、結果的にはよかったわ。累が甘いものが好きで」
月日の苦手だとわかったため、累は容赦なく美味しそうなものを手に取っていく。
「でももう、贈り物はなくなるだろうって白川先輩が言っていました」
「ワタシが悪役王子になっちゃったから、今後はあまり見込めないかも」
月日は、甘さが少なさそうな焼き菓子を口に含み、累に視線を向けてきた。
「いやになっちゃった、こんな生徒会?」
「いいえ」
「やめるなら今よ」
「やめませんって。一度やるって決めましたから」
心配そうにしていた月日は、累の言葉にホッとしたようだ。
「じゃあ、ワタシが累のためにお菓子を作ってきてあげるわ。さっきも言ったけど、作るのは好きだし得意なのよ!」
月日がお菓子作りを我慢していたのが目に見えてわかり、累は笑ってしまった。
「先輩がいいなら。お言葉に甘えて」
「もちろんよ! 焼き菓子がいい? それともプリンとか、和菓子も作れるわよ!」
こういうのがいいと伝えようと、手に取ったパウンドケーキを渡そうとして、月日の手が触れた。
見ると、みるみる彼の顔が真っ赤になっている。
「先輩? まさか、熱?」
累が額に触れようとすると、月日は寸前で累の伸ばした手をグッと掴んで止めた。
「ね、熱じゃないから……」
「でもだって、顔が赤い」
「大丈夫!」
大丈夫じゃないだろうと思い近寄ると、月日ははじかれたように累を見た。
累はこつん、と額を当てる。
「やっぱり熱――」
「ねぇ、累」
月日の手が伸びてきて、累の髪の毛をひとふさすくいとる。
「なんですか?」
「あなたの好きな人って……セイメイなの?」
今度は累が絶句し、顔を熱くした。
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