第22話
それからしばらくすると、お肉のジューシーな香りが部屋に充満してきた。
「先輩、できましたよ」
皿にどかどかと載せられていくハンバーグを見かねた月日は、累から菜箸をもぎ取った。
「盛り付けが雑よ。貸してちょうだい!」
「食べられればなんだってい――」
「料理は見た目も大事なの。ちょっと焦げちゃったお弁当を作ったワタシが言うのも変だけどっ!」
月日によって、見栄えよくハンバーグが盛り付けられていく。
おかげで、先ほどまではただの肉の塊だったのだが、レストランで出されるようなハンバーグに見事に生まれ変わった。
「すごい、先輩って器用ですね」
「ほんのひと手間で、見間違えることってあるのよ」
累は月日のセンスに感心していた。
出来上がった夕食を前に、いただきますと二人で手を合わせる。
「本当にすごいです。私はお皿に載ってればいいって思うタイプで……盛り付けしていたら兄たちに取られちゃうし」
「ワタシの家と反対で、累は男兄弟だものね」
ハンバーグに箸で切れ目を入れる。と、じゅわっと肉汁が溢れ出した。慌てて口の中に入れると、アツアツの肉汁が口内に広がる。
「んー! 美味しいわね、このハンバーグ!」
さすが手作りと感動していると、累ははにかんだような笑みになる。
「どうしたの?」
「……こうして誰かと一緒に夕飯を食べるの、久しぶりです」
「ずっと一人だったんだものね」
ひとりの食事もゆっくりできていいけれど、誰かとだったら美味しさが二倍になる。幸せも倍わかち合える。
「誰かと話しながら食べるのって、楽しいわよね」
「先輩とだから楽しいんです、たぶん」
面白いし、と付け加えながら、累は嬉しそうに笑った。彼女の笑顔を見た瞬間、月日の心がぎゅるるんとなる。
愛しい気持ちがあふれてくるような、それでいて胸が痛くなる。
普段は特段クールな彼女が、表情を変えるのは珍しい。そして、そんな累の姿を見られるのが嬉しかった。
「また、一緒に食べましょう」
「はい。次は、お菓子作りも教えてください」
食べ終わって片づけをする頃には、すっかり夜になっていた。
帰ろうと思い、リビングに置いておいたカバンを取りに行くと、棚の上にとあるものを見つけた。
「……っ!」
月日は震えながら近寄ると、そっと手を伸ばす。
「――ティム、ここにいたのね……?」
なんと、棚には月日の相棒、ティムがちょこんと座っていた。片づけを終えた累が、髪の毛をくくっていたゴムを外しながら近づいてきた。
「そのぬいぐるみ、十条先輩のですか?」
「そうなの、ずっと探していて……!」
累は棚からティムを持ち上げると、月日の手に握らせた。
「踏まれて土まみれになっていたんで、洗ってしまいました。落とし物として届け出るのをすっかり忘れてて」
「洗ってくれたの!? ありがとう!」
ティムの頭をなでると、月日は頬ずりする。爽やかな石鹸の香りが、ほんのり鼻腔をくすぐった。
「累、ありがとう。本当に大事なぬいぐるみなの」
「よかったです、無事に持ち主のところに返せて安心しました」
何度もお礼を伝えると、累は照れたのかキッチンに消えてしまう。
「先輩、これ持って帰ります?」
差し出されたのは、先ほど食べたハンバーグだ。
「いいの……?」
「いっぱい作ったから、先輩の明日のお弁当にしてください」
「それなら、ワタシが累のお弁当にして持ってきてあげるわ」
一人暮らしならば、彼女はやることが多いはずだ。
寝坊した時にパンを大量に購入していることを知っている月日としては、今日のお礼として彼女のためになることがしたかった。
「お弁当を作る時間がないぶん、朝がちょっと楽になるでしょう?」
累は納得したようだ。
「ではお言葉に甘えて。ちなみにめっちゃ食べるんで、大盛の大盛りでお願いします」
それに月日は笑う。
「知ってるわよ。育ち盛りなんでしょう?」
「食べても食べてもお腹空いちゃって。先輩はなんでそんなに小食なんですか。私より、十センチは大きいのに」
「太っちゃったら嫌だもの」
「乙女ですね」
累はハハハっと声に出して笑う。
玄関まで月日を見送りに来てくれた彼女と、そこで別れる。また明日と手を振りあって、いつの間にかずいぶん累と仲良くなったなと月日は感じていた。
不思議なことに、月日の本性を知らない人とは、いくら仲良くしていても薄い壁がある。それなのに、乙女な月日を知っている人とは隔たりを感じない。
「不思議ね……」
ホイルに包まれたほんのり温かいハンバーグに触れると、心までぬくもりが広がっていくような気がする。
二人で作ったハンバーグでどんな弁当にしようかと、ワクワクし始めていた。
「累はいっぱい食べるから、お弁当箱は二つにしなくっちゃ!」
キュン、と胸が鳴ったような気がして、月日は立ち止まる。
「いやだ。なによ今のキュンって……?」
胸に手を当てて、そして眉をひそめる。
やっと定位置であるポケットに戻ってきたティムを取り出すと、月日はつんつんと鼻の頭をつついた。
「ティム……累がワタシのこと好きかもしれないって考えると、胸がザワザワするの。もし、彼女に告白されたら、どうしていいかわからなくなっちゃう。どうしよう」
月日の質問に、ティムはもちろん答えてくれない。
ばってんの目のまま、可愛く首をかしげて、ただただ月日を見つめるだけだった。
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