第21話
全世界の人々が心を射抜かれるような美しい泣き顔になりながら、乙女なエプロンをつけて月日はハンバーグ作りに励んでいた。
玉ねぎに泣かされ、ひき肉の感触にひえええとなりながら、累の指示に従って夕食づくりが進められる。
「こんなにハンバーグって作るの手間なのねっ!」
「そうですよ。みじん切りにして、肉こねて、それから丸めて焼く。言うのは簡単だけど、実際は手間です。一人の時には作りません」
先輩がいるから作るんですと言われて、月日はやる気が増す。
しかし、慣れない玉ねぎとの攻防は辛く、途中で何回も累に涙を拭いてもらい、休憩をした。
「先輩、無理しないで。この後は私がやるので、ソファで休んでいてください」
「もうちょっと頑張らせて。なんだか情けないわ」
「じゃあ、スープ作って下さい」
野菜とソーセージとトマト缶で、スープを作るように言われる。
それならと月日は頑張って野菜を切り始めた。累はその間に手際よくひき肉とみじん切りの玉ねぎを混ぜ、肉を丸めて形作っていく。
「お肉を丸めてポンポンするの?」
「こうやって空気を抜くんです。で、真ん中をへこませてから焼きます」
「へえ!」
累は形を整えた大きなハンバーグを、お皿の上にいくつも並べ始めた。
「さすがね。お料理は小さい時からしていたの?」
「中学までは二番目の兄と作ってましたけど、兄が結婚してからは一人です。小さい時から両親は海外が多くて兄妹で暮らしていたから、慣れていますよ」
「偉いわね」
「そうでもないですよ。お菓子作りできるほうがすごいと思います」
フライパンを温めながら、累は油を引いた。
「お菓子作りは、計量をきっちり測ってレシピ通りだから簡単よ」
「ああ、一番上の兄も同じこと言ってましたね。あの人はなにかと器用です」
「いいわね、仲良しで。うちは、お菓子を作れるのはワタシだけよ」
累は食べる専門ですよとくすっと笑った。
「十条先輩は、なんでお菓子作りを始めたんですか?」
フライパンにハンバーグを並べて、火を調整しながら累は月日を見た。
「ワタシの好きな人が、お菓子作りが趣味って言ってたから真似してみたら、どっぷりはまっちゃって」
きっかけは単純で、はるるんがインタビューでお菓子作りに挑戦と言っていたからだ。
「先輩、好きな人いるんですね」
累は若干驚いたような顔をした。
「ずいぶん告白を断ってるって、沙耶香……クラスメイトがいつも騒いでいるから。てっきり好きな人はいないと思っていました」
「あー……まあ、そうなんだけど。好きっていうか、憧れてる人で、遠い存在なの」
「遠距離恋愛ですか?」
トンチンカンな累の返しに、月日は面食らってしまう。
どうやら、累には直球で言わないと伝わらないようだ。
「そんな感じ。累はいるの、好きな人?」
会話の流れでつい聞いてしまってから、月日はドキドキし始める。累はフライ返しを持ちながら、固まったのちに黙った。
「え、なに、その間は……」
月日の胸がぞわっとする。むしろ、寒気が一瞬背中を走った。
「まあ。好きなんですかね」
累の返事に、月日のほうが固まった。むしろ、一瞬世界がぐるっと回ったような気がする。
(ま、ま、ま、まさか……ワタシのこと好きとか言わないわよね!?)
月日が内心心臓をバクバクさせている横で、累は蓋を開けてハンバーグの焼き加減を見た。
「先輩。味付けするんで、スープをこっちにください」
「えっ……ああ。はい、どうぞ」
それ以上、累の好きな人について本人に追及する気になれなかった。
好きだと累に言われたら、どうしていいかわからないに決まっているから。
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