第20話

 いつでも来ていいと言われたので、月日は翌日の放課後に累の家にお邪魔することにした。

 一緒に下校すると目立ってしまうので、学校から離れた公園で落ち合うことにする。

 まるで忍者のようだが、そうでもしないと月日の取り巻きがうるさい。合流して誰にも後をつけられていないと確認すると、累の家に向かった。


「自転車通学ってことは、累の家はそんなに遠くないのよね?」

「ええ、自転車で十五分くらい、歩くと二十五分ちょっとです」


 大通り沿いを進み、環状線から二本奥に入ったところに累の実家がある。

 山田という表札がかけられており、洋風で豪華な一軒家だった。


「どうぞ、誰もいないんで」

「お、お邪魔します」


 誰もいないのに入っていいのか、と何度も累に確認したが大丈夫だといわれた。

 それほどまで累に信用されているとなると、月日も行くのをためらうのはよくないと決定づけた。

 家の中に入ると、自分の家ではない匂いがした。


(どどどどどどどうしようっ、そういえばワタシ、女の子の家に入るの初めて!)


 累の家にいるんだと思うと、緊張で心臓がどくどくしてくる。累はサクサクとリビングに入っていってしまった。


「先輩、こっち来てください」


 玄関で固まってしまっていると、いつまでたっても来ない月日にしびれを切らしたのか、リビングから累の声が聞こえてくる。


「い、い、い、今行くわっ!」


 鞄を抱えると月日はおそるおそるリビングに向かう。

 十畳以上はある広々としたリビングには、大きなテーブルとソファが置いてあった。

 キッチンも広く、そこに四脚のイスとテーブルが置かれている。


「すごく広いお家なのね」

「年の離れた兄が二人いて……もう結婚してますけど。三人も子どもがいたから、広い家に両親がこだわっていました」

「お兄さんがいたのね」


 冷やしたお茶をもらうと、月日は一気に飲み干す。

 緊張で、全身から汗が噴き出していた。


「ちなみに、今から夕飯作るんですが、先輩は食べたいものありますか?」

「食べたいもの!?」


 声が裏返ってしまい、累にフフッと笑われる。累は挙動不審な月日にお茶のおかわりをよそうと、冷蔵庫の中身を調べ始めた。


「うーん。あ、ひき肉ある」


 累は冷蔵庫の前で腕組みしていた手を解き、月日に向き直る。


「先輩、ハンバーグはどうですか? 好き?」

「す……ええ、好きよ」

「じゃあハンバーグ作りましょう。手伝ってください」


 月日がキッチンに向かうと、累がエプロンを取り出して広げる。


「……これじゃヒラヒラしすぎかな……」


 まるでワンピースにも見えるデザインのエプロンだ。


「っていうか、このエプロン誰のだろう?」


 累は眉を寄せたのだが、月日はエプロンのあまりの可愛さに瞳を輝かせた。


「か、かわいいっ!」

「……先輩が嫌じゃないなら、これ使います?」

「いいの!?」

「私のはこっちにあるんで」


 シンプルな黒いエプロンを身に着けると、累は長い髪の毛を一つにくくる。

 借りた花柄のワンピース型エプロンをつけると、月日の気持ちが急激に上がっていく。ルンルンしていると、累にくすくす笑われてしまった。


「な、なに? やっぱりおかしい?」

「違いますよ。ほんとに、可愛いものが好きなんだなって思って」


 月日は恥ずかしくて一瞬目をそらしたが「可愛いものって気分が上がるのよね」と呟いた。


「このエプロンはもう一つないの? 累も似合うと思うんだけど」


 くるりと一回転してみると、ふわりとエプロンの裾が舞い上がる。


「先輩のほうが似合いますよ」

「ほんと!?」

「可愛いです」

「嬉しい! これなら、苦手なお料理もおいしく作れる気がするわ!」


 よーし、やるわよと意気込んだ月日が、玉ねぎと格闘の末に、泣き始めたのはそれから数分後のことである。

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