第19話
昼休みのチャイムと同時に、月日は何食わぬ顔で立ち上がって教室を抜ける。
追いかけてこようとする女子たちには、生徒会室で仕事だと伝える。そう言われた彼女たちは、おとなしく引き下がってくれた。
月日の取り巻きたちは、決して月日を邪魔したいわけではない。だから、生徒会室で仕事をするのを邪魔するのはご法度となっている。
月日はふわふわする気持ちを押さえつつ、寮内に入って約束の場所に向かう。月日が入ってきたことに気がついた累が、中でぺこりとお辞儀した。
「先輩、こんにちは」
「こんにちは。どうしたの、累から呼び出しなんて珍しい――」
月日が近づくと、机の上に弁当箱が二つ用意されている。
「また二つお弁当食べるの!?」
累は半眼になった。
「違いますよ。一つは先輩の分です。昨日のお礼」
言われたことがわからず、月日は一拍遅れて驚いた。
「ええええええええええええっ!?」
「……そんなに驚きます?」
累に言われて椅子に座ると、目の前に弁当箱が差し出される。
「累がワタシのために!?」
「いらないなら私が食べますけど」
累の手がするすると伸びてきて、弁当箱をさらおうとしてくる。とっさに月日はそれを阻止するために手繰り寄せる。
「食べないなんて言ってないじゃないっ!」
「ならどうぞ。一緒に食べましょう」
月日はお礼を言うと、箱を開ける。
中にはゆかりが乗ったご飯、おかずはソーセージと卵の入ったキャベツの炒め物だった。
累はいただきますと言って、自分用の特大弁当をもぐもぐと食べ始めた。月日も同じように、野菜に橋を伸ばす。
「美味しい……!」
「さっと炒めるだけで美味しいんですよね。キャベツは芯も甘くて美味しいですし」
累は女子とは思えない大食いっぷりを発揮している。月日は、ゆっくり味わいながら、累が作ってくれたということをかみしめた。
「すごいわ、累はなんでもできるのね」
「お菓子作りは苦手です。あと、片付けも苦手。一人だと散らかしちゃって困ります」
一人で生活をするなんて、きっと大変に決まっている。いくら家族が時たま帰ってくるとはいえ、寂しいに気がいない。
「夜はいつも一人で食べているの?」
「はい。でも慣れてますから。大丈夫ですよ」
「寂しいじゃない。やっぱり食事はみんなで食べると美味しいわよ。うちみたいに、賑やかすぎるのもあれだけど」
きゃぴきゃぴの母を筆頭に、姉一、姉二、姉三を思い出す。
「ワタシの家には姉が三人いて、二人は今は家を出てしまったけど、三女は大学生だから家にいるわ」
「たしかに先輩って、女姉弟で育った感じしますよね」
「父は早いから朝食は一緒に食べないけど、夜は両親と姉と四人でワイワイしていたの。今でも、長女と次女が帰って来るとものすごい騒ぎよ」
あまり自分のことを語らないので、累は珍しそうにしていた。
「そういえば、誰かと一緒に晩ご飯を食べたのって、ずいぶん前です」
記憶にないくらい昔だと累は呟き、残り少ないお弁当をかきこむ。
「覚えてないって……じゃあ、今度ワタシが累の家に遊びにいってあげるわ」
半分冗談のつもりで言ったのだが、累はあっさり「いいですよ」と答える。
「えっ……?」
「ぜひ遊びに来てください。晩ご飯を一緒に食べますか?」
「ええええ!?」
月日の頭の中で、いろいろがパンクしそうになる。仮にも、思春期の男女が、親のいない時に家にお邪魔していいものか。
それも、男子が女子の家に行くなんて、累の貞操観念はどうなっているんだとパニックになりかけていると、累はわからないくらい小さく肩を落とした。
「嫌なら来なくていいです」
「違う違う、行きたいわ! 行くわ絶対! いつよ、いつ行ったらいいの?」
「いつでもどうぞ」
(あれ、でも……もしかてワタシ、男として見られていない!?)
「あの、累、あのね、ワタシも一応男の……」
累の口元は嬉しそうに持ち上がっている。
(……やめやめ。きっと純粋に、一人じゃないのが嬉しいのね)
月日はわかりにくい累の笑顔に、顔が熱くなっていた。
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