第14話


 *


 翌日、生徒会の新メンバーとして、掲示板に〈山田累〉の名前が張り出された。

 彼女の名前を見た生徒の多くが、男子だと勘違いした。


「ちょっと累、どうしたのいきなり生徒会なんて!」


 累の情報を入手した沙耶香は、早朝から累に駆け寄ってくるなり根掘り葉掘り聞こうとしてくる。


「白川先輩から、オファーされた」

「ええええ、直々に!?」

「うん」


 沙耶香はぽかんと口を開けてから「すごい」と目を丸くする。


「それって、めっちゃすごいじゃん。なんで、いつから知り合いだったの!?」


 きっかけは乙女口調の独り言を呟いているのを目撃したことだ。

 しかし、月日は本性だという乙女な姿を、みんなに隠している。知られることを強く恐れている様子から、累はそのことを誰かに話すのはやめようと心に誓っていた。

 人が嫌がることをしないというのは、生活をする上で基本中の基本だ。


「十条先輩が告白されているのに気づかなくて、横を通り過ぎちゃって」

「うわ、気まずいねそれ」

「それで、先輩に興味がないって言ったら、逆にそれがよかったみたい」


 沙耶香は「そういうことね!」と顎に手を添えた。


「累くらいイケメンに興味がない人じゃなきゃ、生徒会の仕事なんてできないもんね!」


 イケメンに興味がないわけではないのだが、という注釈を入れるとややこしくなるので、累はそのまま流した。


「あたしじゃ絶対無理だな、十条先輩に白川先輩……同じ空間にいたらそれだけで気絶しそう」

「そんなことないと思うけど」


 累が見る限り、少々自意識過剰気味ではあるが、月日はいたって普通に見える。大輔も爽やかなイケメンだが、一緒にいて暑苦しくも堅苦しくもなかった。


「そう思えるのは、累がほんとうに十条先輩に興味がないからよ」

「うん、それは言えてる」

「累ならやっかみもなくて生徒会も平穏になりそう。今、派閥がすごいことになっているらしくって」


 そんなに人気なのかと、月日のことを思い出そうとしたが、累には彼の詳細が思い出せないままだった。


 その日の昼休み。


 累は生徒会室に向かっていた。

 大輔にメッセージアプリを通じで、食べきれないお菓子を持って行っていいといわれていたからだ。

 寮の係員に頼んでカギを開けてもらおうと思ったが、すでに渡したといわれてしまった。大輔が来ているのかと思い、生徒会室にノックと同時に入った。


「――こんにちは」

「えっ!?」


 中からは、花束に囲まれながらもらったお菓子をつまんでいる月日が、ひょこっと顔を向けてくる。


「こんにちは、十条先輩」

「あ、こ、こ……こんにちは」


 尻すぼみになりながら挨拶すると、月日はなんだか顔を赤くしながらそっぽを向いてしまう。

 累は月日とはちょっと離れたところに腰を下ろし、美味しそうな焼き菓子をもらっていいか尋ねた。


「……十条先輩、まだ私のこと信用していないんですか?」

「え?」

「だって、目をそらすし」


 見つめると、月日は今度耳まで真っ赤になる。累は、そんなに自分のことが嫌なのかと思って、ほんの少しだけ身を引いた。


「そんなに信用できないですか?」

「ち、違うわよ……違うの、そういうんじゃないのよ」

「そうですか。ならよかったです」


 累はふうと息を吐くと、また黙々と焼き菓子を口に入れた。気まずい沈黙の中、お菓子の袋を開ける音と、ポリポリとクッキーを咀嚼する音だけが響く。

 マフィンを口に入れた月日が、甘すぎたのか眉根を寄せて口元を抑えた。


「困るくらいなら、もらわなきゃいいじゃないですか」

「だって可哀想でしょ、無下にするの」

「喜んでもらいたくて先輩に渡しているのに、それが先輩を困らせているって知ったら、誰もくれなくなりますよ」


 月日はうーんと唸りながら、ブラックコーヒーでマフィンを流し込んでいた。


「私としては、おこぼれにあずかれるのはうれしいですけど。先輩こそ、甘いものばっかりだと糖尿病になりますよ」

「それがね、バランスよくしょっぱいものもくれたりするのよ。今回は、就任祝いだからすごいことになっちゃったけど……普段はこの三分の一以下よ」


 三分の一以下だったとしても、そんなにもらっていたらきりがないのではと累は首を傾げた。


 大輔いわく、どうにかする気があるということなので、それ以上は贈り物について突っ込むことはやめた。

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