第10話

 全員がスピーチを終えると、候補者たちが壇上に横並びになる。

 推薦する生徒の前に、生徒たちが並ぶという方法で投票が行われるのだ。

 壇上に立ってにこにこしながら、月日の胸中は複雑だった。


(……やっぱり、こうなっちゃうわよねぇ……)


 みんなの予想通り、圧倒的大差で月日が生徒会長に選ばれた。

 誰からも異論はなく、月日はその日のうちに生徒会長となってしまったのだった。会長決定の熱が冷めやらぬうちに代表スピーチを終え、盛大な拍手が月日に贈られた。

 時刻はちょうど昼休み。選挙がすんなり幕を下ろすと、みんなが教室に戻っていく。月日は職員室に呼ばれていたので、立ち寄ってから教室に向かおうとして歩が重くなる。


 あんなに騒がれたとあって、教室に人が押し寄せているかもしれない。

 今は一人で落ち着きたい気分だったため、自然と足が人気のない方向に進んでいた。正面玄関近くの誰もいない廊下で、月日は大きく深呼吸をする。

 どっと疲れが押し寄せてきて、慌てて誰も見ていない廊下の隅へと行くと壁に寄り掛かって呼吸を整えた。

 いつもの癖でポケットに手を入れたが、相棒のクマのぬいぐるみはない。


「ティム~どこ行っちゃったの~……」


 泣きそうになって両手で顔を覆っていたその時。


「……十条先輩?」


 凛とした声がして、目の前に累が立っていた。

 驚きのあまり、月日の口から悲鳴が漏れた。


「き、きゃああああああ――!」

「あっ、ちょっと先輩……!」


 慌てたのは累のほうだ。

 とっさに月日ににじり寄ってくると、端の壁にドンと押しやられる。月日が縮こまっていると、累はにらみながら見上げてきた。


「先輩、黙ってください。うるさい」


 半泣きになりかけていた月日は、こくこくと首を縦に振る。

 ふうと一呼吸おいてから、累が壁についていた手を離した。壁ドンを女子にされた形とあって、月日はさらに涙目になる。


「人の顔を見て悲鳴出すなんて失礼ですからね。では」


 凛とした声で言い放ち、累は眉毛を一瞬釣りあげてから立ち去っていく。長い黒髪が揺れ動きながら、遠ざかっていった。


「なななななな、なんなの!」


 月日はその場にへなへなと座り込んだ。

 心臓がドキドキと脈を打っている。全校生徒の前でスピーチした時とは比べ物にならないくらいに、全身が熱くなっていた。

 自分でも、顔が真っ赤になっているのがわかる。


「なんなのあの子。なんなの、もう……」


 月日はぎゅっとした唇をかみしめる。累の顔を見てホッとするどころか、胸騒ぎが収まらなくなっていた。


「どうして、こんなに心臓が鳴りやまないの……?」


 胸にチクリと刺すような痛みを感じた。


「あの子がワタシに興味がないって言ったからなの?」


 痛い。

 ただただ、心臓が締めつけられるように痛い。

 月日はしばらくそこで座り込んだまま、バクバクしている心臓が落ち着くのを待った。




 放課後に生徒会室に向かうと、前生徒会長と副会長、書記と会計、役員数名が待っていた。拍手とともに迎え入れられて、花束を渡される。

 月日は自分が生徒会長になったのだと、あらためて認識した。


「生徒会のみなさんの応援のおかげで……ありがとうございます」


 さわやかに挨拶をしていると、奥に居た大輔から大丈夫かよ、と心配そうな視線が送られてくる。


「期待に沿えるよう、一生懸命に頑張って仕事しますね」


 大輔にも伝わるように言うと拍手が送られる。

 大輔が肩をすくませて微笑んでいると、生徒会長たちは彼にも花束を渡した。


「え、あっ……俺もっすか!?」

「大輔が副会長になってくれなきゃ、俺は会長の仕事ができないよ」

「そうだったな。俺も頑張るしかねぇな」


 副会長以下役員などは、候補者たちの中から生徒会の指名制だ。月日は大輔が副会長になるように、すでに指名して受理されている。

 幼馴染で、さらに今までも会計として生徒会を盛り上げてくれていた大輔がいれば、月日は百人力だ。

 あとは優秀な会計と、書記が必要になってくる。


「それじゃあ十条くん。六月半ばくらいまでに、会計と書記の子を決めてもらいたいんだけど」

「はい、明日にでも掲示板に張り出して、立候補者から選びたいと思います」


 きっとすぐに候補者が見つかるはずだと思っていると、大輔がごほん、と咳払いをして話に入ってきた。


「それなんすけど……」


 みんなが大輔に注目すると、彼は口を開いた。


「該当なしの場合、こちらから指名する旨を書き添えておいてもいいか?」

「いいけど、どうして?」


 理由はすぐにわかるさ、と大輔は苦笑いをした。


 翌日――。


 応募してきた人たちを見て、月日は大輔の言ったことが理解できた。

 希望者の六割が女子生徒、書記や会計がやりたいわけではなく、月日と一緒に過ごしたいという下心が丸出しだ。

 ひとりひとり面接をしようと思っていた月日は、これではらちが明かないと察した。


「ほらな、言っただろ。立候補だとこうなるってわかりきっていたのに」


 大輔が候補者たちの紙の束を生徒会室の卓上にどん、と置いた。


「もうさ、志望動機のほとんどが、お前に好かれたいにしか見えないぞ」

「うーん、困っちゃうわ。みんな、ワタシがこうだってわかったら、やめちゃうでしょうに」

「すでにバレている仲間内で固めるか?」

「いないもん、そんな人」


 ぷくっと口を尖らせた月日に、大輔は苦笑する。

 かわいくなるために努力をしている女子よりも、月日のほうが数十倍、いや、数百倍可愛いのだ。

 誰か候補者がいないかと、大輔も頭をひねる。


「――……あ。いるじゃん! 累ちゃんは?」

「えええええっ!? 大輔、あなた正気!? 累はダメよ、ぜーったいダメ!」

「なんで? 月日のこと知っても、動じなかったんだろ?」

「そうだけど、なんていうか……累はダメなの」


 誰もいないため乙女モードの素に戻ってしまっている月日に、大輔がため息を吐いた。


「理由を俺にわかりやすく言えよ」

「…………累がいると、なんかそわそわしちゃう……」


 大輔は眼玉が落ちるほど驚いた顔をした。


「……はぁっ!?」

「だからっ! 落ち着かないのよ、あの子がいると」

「お前、それさぁ」


 大輔が口を開くと、月日が「あーもーやめやめっ!」と両手をぶんぶん振った。


「とにかく、累はだめ! ほかをあたるわよ」

「はあ、まあ、そうだな」


 月日は、煮え切らない様子の大輔を説得しひとまず頷かせたのだった。

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