第2章
第9話
累と生徒会室で話をしてから、月日はしばらくビクビクして過ごしていた。
月日の乙女な性格を知っても、興味もなければ言いふらさないと言っていた彼女だが、そのうちあっさりてのひら返しするのではないだろうか。
キリキリする胃を押さえつけながら登下校をすること数日。
月日の悪い噂が校内に流れることはなかった。
むしろ、生徒会選挙が近づくにつれ、好感度がどんどん上がっているとさえいえるくらいだ。
(本当に、累はワタシのことを誰にも言っていないんだわ……)
とはいえ、あれ以来累と話をしていないため、彼女の心がどうなっているのかちっともわからない。
探ろうにも月日が出歩くと大騒ぎになってしまうので、累の調査は大輔に任せている。
月日とは別の種類の人気がある大輔は、それとなく友達や先生伝いに一年生の様子を聞いたり、移動教室で累のことを見かけたら注視してくれたりしていた。
大輔の情報によれば、累は特別変わった様子はない。そして、ほかの生徒会長の候補者の支援をしているというわけでもないようだ。
それでも安心できないまま、生徒会選挙の当日がやってきた。
「累が今日、全校生徒の前でワタシのことをばらすかもしれないし……」
「んな回りくどいことすっかよ」
全校朝会の時間が近づくにつれ、月日の妙な被害妄想が大暴走しそうになるのを、大輔がたしなめていた。
「あの子、そういうタイプじゃないっぽいよ。言わないって言ってくれたこと、信じてもいいと思うけど」
「そうよね。人を信じる気持ちは大事だもの」
「まあ、どちらにせよもうすぐ全部わかるさ」
「怖すぎて逃げ出したいわ……」
大輔は苦笑いをかみ殺した。
「なるようにしかならないよ」
月日はいつも励ましてくれる親友に感謝している。
「頑張るわ。こうなったら、潔く生徒会長になるしかないもの」
月日は今まで以上に生徒会の仕事を頑張ったし、たくさん応援してもらっていると自負している。
でもたとえどんなに準備をしていようと、どんなに完ぺきだったとしても、不安にならないほうがおかしい。
こういう時、いつも心を落ち着かせるためにそばにいてくれたティムは、あの時からずっと行方知れずのままだ。
(ティムは、今頃元気にやっているかしら……)
今、月日の心の友はポケットにいない。ドキドキする心臓を抑えていると、チャイムが鳴った。
「――行くぞ、月日」
「う、うん」
全校集会のため、ぞろぞろと生徒たちが体育館に集まった。
現生徒会長の挨拶から始まった選挙は、候補者候補たちが壇上に上がるや否や、ものすごい盛り上がりを見せた。
午前中は選挙で授業がつぶれるため、生徒たちも楽しいので浮足立っている。
今回は立候補者が二名、他薦が三名の五人が壇上で朝から熱弁を振るう。
現会長のお墨付きだった月日は、三番目の席に座って前の二人の演説を聞いていた。おとなしく聞いている風に見えて、実際には全校生徒のみんなを一人一人チェックする。
特に一年生は注意してうかがっていた。
「それでは、十条月日くん、壇上へどうぞ!」
名前を呼ばれると、体育館全体が割れるほど拍手と歓声が巻き起こる。月日は一瞬戸惑った後、すぐに王子様スマイルになった。
いつも以上に気合をいれてマイク前に立つ。あがり症なのは中学生で克服していたので、人前に出ても緊張はしない。
なのに、今日だけは違った。
(どどどどどどどうしようっ! 悪の組織の組員の累がいきなり出てきて、ワタシのこと暴露して、みんなが一斉にドン引きしちゃったら!)
という月日の脳内のナレーションが誰かに伝わることはなく、みんなを笑顔で眺める間となっていた。
そのため、笑顔の月日と目が合ったと勘違いする生徒たちが、その場で気を失っていく。
演説が始まると、美声によって体育館中の人たちが月日にメロメロになってしまっていた。
生徒たちを悩殺しているとは知らず、月日はさりげなく累を探していた。
(累は、どこにいるのかしら……)
だが月日の不安は杞憂に終わり、演説を終えて礼をしていた。
月日がホッと胸をなでおろしている頃。保健室で休んでいた累は、体育館から聞こえる盛大な歓声に驚いていた。
「……十条先輩だろうな、この大歓声は」
保健室の無機質な天井を眺めながら呟く。
「……もったいないからといって、ちょっと酸っぱくなった味噌汁飲むのはやめよう」
累は昨晩、自作のみそ汁を冷蔵庫にしまい忘れてしまっていた。
朝になってからそのことに気づき、もったいないので飲んでから登校した。しかし、教室に着くころにはお腹の調子が悪くなっていた。
そういうわけで、累は保健室のベッドで横たわっている。午前中は総選挙だし、演説を聞くのも面倒なので休むことにした。
「もうすぐ、梅雨だなあ……そりゃあ、みそ汁も酸っぱくなるか」
月日に探されているとはつゆ知らず、累は保健室のベッドですやすや寝息を立てたのだった。
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