第8話

 帰宅後、月日は自室になだれ込むなり、壁に貼ってあるポスターの前に正座した。


「はるるーん! ワタシ、なんだか今日は胸がザワザワするの!」


 はるるんこと「高橋こはる」は、カリスマティーンモデルだ。

 今でこそ彼女の知名度はうなぎのぼりだが、月日は彼女が売れない子役だった時から重度の大ファンだった。


 彼女のポスターに話しかけるのは月日の日課で、つらいことも悲しいことも、今までずっとはるるん(注:ポスター)に相談してきた。

 だが昨日は、隠し続けてきた乙女な姿を見られたショックで、はるるん(注:ポスター)に話しかけることができなかった。

 今日は落ち着いて状況を説明し、累の反応が予想外だったことを伝える。


「びっくりしちゃったの、ワタシにまったく興味ないみたいなの。こんなの初めてよ」


 月日は道を歩けば声をかけられ、どこかへ行けば注目されてきた人生を歩んでいる。

 高校に入学すると、一瞬で全校女子生徒が恋をしたと言われる伝説を持つ。

 そんな毎日が通常なのだから、自分に興味が無いとはっきり言う人間に出会ったのは生まれてこのかた初めての出来事だ。

 しかもそれが、本性を見られたあとだったとは。

 月日はぬいぐるみを腕の中いっぱいに抱きしめながら首を振った。


「やだやだ。これじゃなんだか、ワタシのほうが累のことを気になっているみたい」


 ベッド脇にいるウサギのジェニーとパンダの天天てんてんを抱きしめながら、月日は物憂げにため息を吐いた。

 結局いろいろなことが手につかず、中途半端なままになってしまった。

 気分転換にと、携帯電話を手に取ると大輔に電話をかけた。


『うーっす!』


 軽い返事とともに通話に出た大輔に、月日は放課後のことを事細かに報告する。


「でね、ワタシに興味ないってはっきり言われちゃったの」


 大輔が画面の向こうで息を呑むのが伝わってくる。


『はあ!? その子、大丈夫か?』

「ワタシもびっくりしているの」


 びっくりを通り越して、今ではなんだか累のことが気になってしまっている状態だ。


『山田って子すげーな。月日の顔面を間近で見てなんともないって……ちょっと聞いたことがない』

「口止めするっていう永遠ちゃんのアドバイス、役に立たなかったわね」

『それ、永遠さんに面と向かって言わないほうがいいぞ』

「わかってるわよ」


 大輔と話をしているうちに、だいぶ心が落ち着いてくる。

 そろそろいい時間だったので、電話を切って宿題に集中した。すべての宿題を終え、明日の準備を済ませると、月日は布団に潜り込む。

 ジェニーと天天に挟まれながら、天井を見上げた。


「なんで累は、ワタシに興味を持たなかったのかしら……?」


 自分のこととはいえ、学校一騒がれる生徒がまさかの乙女系だと知って、言いふらしたい気持ちが沸かないなんてどういうことだろう。

 気づけば月日は、累に「興味ない」と言われたときのことを何度も思い出していた。

 しかしいくら考えても、累がどうして自分に関心を持たなかったのかわからないままだ。

 考えれば考えるほど不思議で、おかしな方向に思考が寄っていく。

 実は累がほかの生徒会長候補たちのスパイで、選挙が近づいてきたら全校生徒に言いふらして月日の人気を落とすために暗躍する……なんてことを考え始めるときりがない。


「あーやめやめ。悪い方に物事を考えるの、良くないわ」


 こういう時は美容のためにも早寝が一番と思い、月日は天天を抱き枕にしながら眠った。

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