第4話
昼休みになると、月日は大輔のいる隣のクラスに駆け込んだ。そして彼の腕を引っ張って、ものすごい速さで一年生の教室の角まで向かったのだった。
「ってかさぁ、一年生ってだけでもめっちゃ人いるのに、見つけられるわけ?」
「できるわよ」
教室から出てくる一年生を、こそこそしながらチェックする。
だが、一年生だけで六クラスもあるのだ。お目当ての人物を見つけられないような気がしてきた大輔は、月日を肘でつついた。
「月日、また出直そうぜ。朝礼で壇上に上がった時のほうが見つけやすいだろ」
しかし、月日は見つけられるという確信があった。
「――いた! あの子よ。あの黒髪の背が高い女の子!」
月日は一年生の教室から出てきた二人組の少女を見るなり、はしゃいだように声を上げた。
「背が高いって言ってたけど……ずいぶんでかいな。モデルみてぇ」
「大輔、あとをつけるわよ!」
「え、まじかよ」
目を白黒させている大輔を引きずるようにして、月日は彼女たちのあとを追った。
「見つけられる自信があったのよ。あの子、姉その二と同じくらいの身長なんだもの。ワタシの予想だと、百七十二から百七十五くらい」
「……お前んち、ほんと美形に長身ぞろいだよな」
大輔は不公平だと呟く。
「顔が同じ姉が三人もいると、分身されたみたいだけどね」
「四人だよ。母ちゃんも同じ顔だろうが」
「そうだったわね」
一年生女子二人の向かっている方向は、学食で間違いなさそうだ。
長身の一年生の隣にいるクラスメイトは、対照的に小柄で茶髪だ。楽しそうに話しかけているが、長身の彼女はクールな様子を崩さない。
まさしくデコボコと言えるコンビのようだった。
「席に着いたわ。見えるところにワタシたちも座りましょ!」
月日が学食に来たことでその場が騒然とした。しかし、それどころではない月日は一年生を観察できる席を探すのに必死だった。
いい場所を見つけると、大輔とともに並んで座る。
目的の彼女はと言うと、友人が学食を頼みに行ったあと、手に持っていた袋を卓上で広げ始めた。
その様子をこっそり見ていた月日は、目を丸くする。
「なあにあれ、あんなに食べるの!?」
袋の中からはコンビニで購入したパンが続々と出てきた。
「おい、素が出てるぞ」
「……っ!」
月日はごほんと咳ばらいをしながら、改めてここが学食で、自分が「十条月日」であることを再認識する。
素の自分を隠さなければと気持ちを入れ替えようとしたが、しかし二秒後にその決意が崩れた。
「やだ、太っちゃうわよ。あんなに炭水化物だけ食べて!」
大輔が大慌てで咳をして月日の声をかき消した。
「でもどうして、あの子細いわ、なんでなのっ!」
「声がでかいぞ、月日」
眉間にしわを寄せながら、大輔が月日を牽制する。月日は再度ハッとしてから、ゴホゴホ咳をした。
「……大輔といると調子狂うわ」
「俺のせいにすんなよ」
「ティムもいないせいね」
失踪中のティムを思うと、月日は心細くなってくる。お弁当を持ってきていないため、学食を頼もうと思っていたところ、女子生徒が控えめに月日に声をかけてきた。
「あの、十条先輩……」
名前を呼ばれたとたん、月日はいつもの王子様スマイルになる。
「どうしたの?」
振り返ると、見たことのない女子生徒が顔を真っ赤にして立っていた。
「これ、受け取ってくれませんか?」
可愛い封筒に入れられた手紙が、月日に向かって伸ばされる。それを皮切りに、女子生徒たちが次々と立ち上がってこちらに向かってやってきた。
「あの、私も……!」
「ちょっと待って、私も!」
あっという間に月日は大勢に囲まれて、昼食や一年生の観察どころではなくなってしまう。
見かねた大輔が「はい、順番順番~!」とてきぱき人の波をさばいていく騒ぎになってしまったのだった。
「んもー! せっかくあの一年生を見にいったのに、これじゃぜんっぜん、なにがなんだかわかんなかったわよー!」
「まあまあ、落ち着けよ」
多くの人に声をかけられ続けた月日と大輔は、結局昼飯を食べ損ねた。
だが、若干余裕のあった大輔は、対応に追われていた月日よりは一年生の観察をすることができた。
「あの一年生、お前が騒がれてても視線さえ動かなかった。一緒にいた子はミーハーっぽかったけど、黒髪の子はずっとパン食べてた。ついでに完食してたぞ、あの量」
「あんなに食べたら太るじゃないのっ! それに野菜は、野菜!?」
一年生を観察できなかった月日は、むくれていた。
「あはは、珍しいな。月日が女の子に興味持つなんて」
「興味があるわけじゃなくて、困っているだけ!」
思わずいつもより大きな声を出してしまってから、月日は人目に気づいてこほんと咳払いをする。
「……なんだか、調子が悪いみたい」
「だな。無理すんなよ。引き続き、様子見ようぜ」
月日は大量のラブレターに視線を落としてから、ため息交じりに頷いた。
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