第3話
*
翌日。
さわやかな季節だというのに、月日の心は真冬の雨の日のように凍り付いていた。
(どどどどうしよう……みんながワタシのことを変質者みたいな顔で見てきたら……!)
緊張しすぎて深厚な顔をしたまま、月日はバスから下車する。
同じ高校の制服を着た生徒が視界に入るたび、月日の心臓は早鐘を打つ。
遠くから自分を見てくる人々の視線と目が合うと、緊張で月日はごくりとつばを飲み込む。なにか言われる覚悟をしていたのだが、みんないたって普通だ。
それどころか、なにも変わった様子がない。
月日はきょろきょろしながら、ゆっくり校舎に向かって歩いていく。
しかし、ドキドキしていたのが間違いだったと思うくらい、学校はいつもと変わらない雰囲気だ。
(もしかして、言いふらされていない……?)
そう考えた月日は、本当に自分の本性が噂されていないか確かめてみることにした。
靴箱であいさつしてきた女の子を呼び止める。
「君、髪の毛に葉っぱがついているよ」
本当はついていないのだが、飛び切りの優しい王子様の笑顔で手を伸ばす。
(昨夜中におかしな噂が広まってたとしたら、こうしてワタシが近づいてきたら、嫌な顔をされるはず……)
ドキドキしながら彼女の髪の毛にちょこんと触れてみるなり、女子はその場で卒倒した。
(あれ、いつもと同じ反応だわ)
しかし確信が持てず、同じようなことを数回、人を変えて繰り返した。
結果、卒倒者が二名、鼻血一名、腰を抜かした人が四名。
男子にも同じようにしてみたのだが、好きになっちゃったかもと顔を赤くされて困った。
(ここまで普通だと……山田なんとかさんは、誰にもワタシのこと話をしていないってことよね?)
みんなのいつもと変わらない反応に拍子抜けしていると、月日を呼ぶ声が聞こえた。
さわやかな笑顔の、見るからに好青年といった風貌の男子が近づいてくる。幼馴染の
月日の顔面を直視した男子が鼻血を垂らしている現場から、大輔は肩を組むふりをして月日を引き離す。
「あらー月日。今日はまた一段と麗しく……っていうか、お前のせいで倒れた女の子が数人いるって騒ぎになっていたけど、なにしてんだよ?」
「大輔、ちょっと!」
今度月日は大輔を引っ張って、廊下の一番端の窓側に連れていく。
「なんだよ、隅っこでこそこそして。あやしいだろ」
眉をひそめる大輔を壁側に押しやりながら、耳元に顔を近づける。
「あのね、大輔。ワタシ、こっちのほうのワタシ見られちゃったのよ」
「はあ、誰に?」
「たぶん一年生の、背の高い女の子」
「まじかよ」
丈夫なのか、と大輔が心配そうにする。
生まれた時から一緒に育っている大輔は、月日のよき理解者だ。
「たぶん……まだなんともいえないけど。みんな、いつもと変わらない反応だし」
月日がヒソヒソ声で伝えると、大輔は「はは~ん」と頷く。
「お前のほんとの顔を広められていないか、笑顔振りまいて確かめてたってわけかよ」
「そうなの」
「そりゃ、ひどい迷惑だな」
迷惑ってなによ! と月日がムッとすると、大輔はハハハッと笑った。
「ひとまず、今朝は俺の耳にもそんな噂入ってきていないぞ」
「じゃあ、一年生のことは放っておいても平気かしら?」
「様子見だな。生徒会長選挙も、もうすぐだし」
一週間後、生徒会長を決める全校集会が開かれる予定だ。
この学校の生徒会役員は、候補者の中から現生徒会の判断によって選出される。しかし、会長だけは全校生徒の選挙によって選出する仕組みになっていた。
自薦他薦問わず立候補でき、毎年五月末に新しい生徒会長が決定する。
「そうだったわ、生徒会選挙があったのに、ワタシったらうっかりしてたわ」
昨年月日は、生徒会の印象をよくしようと画策していた現会長から、直々に役員のオファーを受けた。
異例ともいえるその話は一瞬で学校中に広まり、収拾がつかなくなった。
みんなの期待を裏切ることができず、大輔も一緒ならという条件付きで月日は生徒会に入らざるを得なかったのだ。
「でも、お前ほんとは生徒会抜けたいだろ?」
月日は両手で顔を覆いながら頷く。
実を言えば、かわいいぬいぐるみたちに囲まれて、お菓子作りしたい気持ちを月日が我慢しているのを知っているのは、この学校で大輔のみだ。
「ま。内申書をよくできるから、受験に有利だしさ。気楽にいこうや」
「そうね、そう思って頑張るわ。でも、なんとかうまく抜けられないかしら」
「それは無理だろうな」
現生徒会長からの推薦で、月日は今年の候補者になってしまっていた。
「たぶん、月日が会長で俺が副会長だろ?」
「そうよねぇ。もういまさら無理よね……」
周りが抱く、秀才で王子様の「十条月日」に応えることから、月日が抜け出す機会を失ってから久しい。
無理をしているのは月日自身もよくわかっているが、もう後に引けない。
「生徒会選挙の時に、お前の本性がバラされるなんて転落劇にならなきゃいいけどな」
「ちょっと、それ笑い事じゃないから!」
「そう怒るなって。悪かったよ。とりあえずその子は注意しておいたほうがいいな」
難しい顔をしている月日の肩を、大輔の手がポンとたたいた。
「まあ、もうチャイム鳴るし戻ろうぜ。なにかあったらすぐ俺に言えよ」
「うん……でも気になるから、昼休みに様子を見に行こうと思うの。大輔も一緒に来てよ」
大輔は一瞬思案したあと、まあいいかと承諾した。
「じゃあ昼休みな」
そう言って手を挙げた時、始業を告げるチャイムが鳴った。
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