第30話 白猫令嬢とメイド長の過去

 やがて仕事を終えたフォルスは帰っていき、自由時間に。午後になっても疲れが取れなかったので、ミリエルは好きなことをしてくつろぐことにした。



「えへへ。キャラメルキャラメルっ」

「もう材料を見ただけでもよだれが止まりません。ミリエル様、今日も美味しいキャラメルを期待しておりますね」



 当然それはキャラメル作り。工程に従っている時は何も考えなくていいので、ミリエルはとても落ち着くのだった。



「あら、ミリエル様。今からキャラメル作りですか?」

「シーニャさん、こんにちは。こうしてゆったりと会うのは初めてですね」

「いつも仕込みに走ってますからねえ。ふふ、いいことです」



 厨房に入って来たシーニャは、ミリエルに話しかけながら、鍋と計量カップを準備する。



「メイド長もキャラメルを作るんですか?」

「んー、なんて言うのかしらね。実はミリエル様に見ていただきたいレシピがありまして」

「レシピですか? ということは、新しい味のキャラメルとか……?」

「味は変わらないんですけど、食感が変わっていて。今から作ってみますね」

「はい! お願いします!」




 シーニャが作ったキャラメルは、分量こそミリエルのものと全く同じ。しかし作る工程は大きく異なる。



「牛乳を全部入れるんじゃなくって、少し残しておくんです。鍋の中でキャラメルができてきたら、最後に流し入れます」

「そうするとずいぶん水っぽく……ソースみたいになっちゃいますね」


「ふふ、そういうことです。ソースにすれば色んなお菓子やフルーツにかけられますでしょう?」

「わあ……! とっても素敵なレシピですね!」



 出来上がったキャラメルソースを、シーニャは温めた牛乳に注ぐ。それをそっとかき混ぜれば、普段の牛乳がとっても美味しくなる。



「とりあえず今は牛乳に注いでみましたが、アイスクリームにかけるのも美味しいかと。仕入れることができたら試してみましょう」

「よろしくお願いします~……ふふふっ。何だかわたしのレシピが手の中から離れていくみたいで、不思議な感じです」

「メイド長はこうやってアレンジをすることが得意なんです! ミリエル様のお料理も、一生懸命考えてくださったんですよ!」



 チカはシーニャに向かって笑顔を見せながら、ミリエルに自慢する。



「……調子、戻ってきたいでよかったです。忘れられるものでもないでしょうけど……でもこうやって誰かのために頑張っているメイド長が、私達は一番好きだから」

「……心配かけてすまかったね、チカ。こんなに頑張れるようになったのも、全部ミリエル様のおかげさ」

「わたしの……?」



「ミリエル様には、シュターデン領に来たことを幸せに思ってもらいたくって。だったら私が落ち込んでいる場合じゃないって……自然と元気になってきたんです」

「……」



 ミリエルが話を聞いている最中、別のメイドが厨房に入ってくる。



「失礼します、メイド長。アルフレッド様が今月の食費についてお話したいとのことです」

「あらそうかい? 領主様のお呼び出しなら今すぐに行かないと……」


「片付けなら私の方でやっておきます! メイド長はアルフレッド様の所に向かってください!」

「ありがとうね、チカ。それではミリエル様、失礼いたしますわ」




 シーニャが厨房から去った後、ミリエルはチカに視線を向ける。それを察したチカは語り出した。



「メイド長の息子さんは、ここの騎士団で騎士をやっていたんです。でもある日、瀕死の重傷を負っちゃって。しかもその時ちょうど魔物の群れに襲われてしまって、部隊は泣く泣く撤退せざるを得ませんでした……」

「そんなことが……」


「メイド長は毎日泣いていて、とても仕事になりませんでした。アルフレッド様に当たったこともあるんですよ。今はようやく落ち着いてきて、まともに話ができる距離感まで戻ってきたんです」

「……」



 たとえその時は生きていたとしても、そこまでしてしまったのなら命はないだろう。人がいなくなることの辛さを想って、ミリエルも涙をこぼす。



「わたしが来る前に色んなことがったのですね……くすん」

「ミリエル様、こちらのハンカチをお使いください。お二人の心境はお二人にしかわかりませんが……もしかするとミリエル様が来なければ、雰囲気は悪いままだったかもしれませんね」


「わたしの方こそ色々してもらっているのに、雰囲気は変わるものなのでしょうか……」

「変わると思いますよ。だって二人共、ミリエル様のためにという理由で、協力しているんですもの。目的があるのなら、個人の感情は一旦置いておいて、協力できるものなのです」

「そうなのですね……勉強になります」



 アルフレッドやシーニャがいることの喜びを噛みしめながら、ミリエルは再びキャラメル作りに取りかかろうとする。



 だがその前に、猫耳がぴくっと動いた。



「んっ……んん~っ」

「どうされましたミリエル様? お耳がかゆいのですか?」

「えっと、そうじゃなくて……普通の耳では聞こえない音を、猫の耳が拾いまして……」

「普通の耳では……」



 チカは耳に手を当て集中するが、不穏な音は聞こえない。一方でミリエルは立ち上がり、厨房の裏口に向かって歩き出した。



「こちらの方から聞こえました……えいっ!」

「ああっミリエル様! せめて騎士を数人呼んでからの方が……!」



 チカが呼び止めた頃には、もう扉は開いてしまった。その先にあるのは、厨房のゴミを出しに行く際に使う通路である。


 その通路には今、見たこともない生命体が大股で座っていた――




「……猫? 人間?」

「あ、あのー! あなたは一体誰でしょうか……?」



 ミリエルが呼びかけると、その人物はくるっと振り向き反応する。



「んっ。おおー、何かあたしに似ている奴を発見。でもあたしの方が可愛いな」



 猫の特徴を宿した獣人というよりは、猫そのものが二足歩行をしている容姿。背丈からして10歳程度の少女であった。

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