第31話 白猫令嬢と迷子の魔物

「それで君の部屋に招き入れたと……?」

「だって、外は雪が降り出しそうでした! こんな天気で外に放っておくのはかわいそうだと思って……!」



 ミリエルとチカが遭遇した二足歩行の猫(仮)は、周囲からバレないように細心のを払いつつ、ミリエルの部屋に連行された。彼女は敵対心が一切なく、面白そうなもの見たさに難無くついてきてくれたのだった。


 そして今は大至急用意されたご飯を、片っ端から平らげている。話を聞きつけたアルフレッドとジャンも、ミリエルの部屋にやってきて話をしていた。



「……まあ、ミリエルの気持ちはわからなくもない。だが不安要素が多すぎる……」

「聞きたいことが10個ぐらいあるのですけど何から始めましょうか……」



 ジャンはご飯を食べている猫を横目で見る。食事が終わらない限りは、何を聞いても答えてくれなさそうな食いっぷりであった。その光景にまーちゃんが近づいていく。



「にゃーにゃー!」

「むぐ、何だ猫。お前もこれ食べたいのか。これは『チャコ』のご飯だぞ。お前は猫まんまでも食ってろ」

「にゃっ……!?」


「チャコ? あなたはチャコちゃんって言うの?」

「そうだ、あたしはチャコだ。お前にも名前があるのか、白猫女?」


「わたしはミリエルです。白猫女じゃなくって、そっちで呼んでくれると嬉しいな」

「そっか、じゃあミリエル。ひとまず飯を与えてくれたことは感謝するぞ」

「こちらこそ。お口に合ったようで何よりです」



 ミリエルはチャコのことが少し知れたことで、ほんのりと笑顔を浮かべる。


 一方その他の面々は、チャコのあまりにも失礼な態度に引いていた。特にまーちゃんは余程ショックだったのか、魚の開きのように倒れ伏している。



「その傲慢な態度……人間ならまずありえない。君は魔物なのか?」

「察しがいいな、その通りだ。我が名はチャコ、偉大なるザシュー将軍にお仕えする最強の戦士『ミクシリア』の娘だー」



 つらつらと前口上を述べた後、チャコは決めポーズらしきものをする。すぐに元に戻り食事を再開した。



「……ザシュー。ミクシリア……」

「知らないのか人間。百歩譲ってザシュー将軍は構わないが、ミクシリアを知らないのは遅れているぞ」

「将軍に仕えている戦士なら順番逆では?」

「それだけミクシリアという人物のことを尊敬されているのでしょう」


「わかっているじゃないか、黒男。あたしお前のこと好きだぞ」

「私はジャンと言います。というか私が黒男なら、アルフレッド様やチカは……」

「赤男に白女だな。それよりも今、アルフレッドって言ったか?」



 ジャンの言葉に思わぬ反応を見せるチャコ。アルフレッドが一歩前に出てきて会話に応じる。



「俺がアルフレッドだが、知っているのか。いや……逆に知らない者はいないか」

「ああ、皆揃って『狂犬』って言ってる。でも本当はいい奴なんだろ? 『シアン』が話してくれたからな」



 今度はチャコの言葉に対して、アルフレッドが真剣な目つきになる。



「……シアン。シアンから話を聞いただと?」

「そうだよ。シアンはいっつも、『狂犬』って二つ名に怒ってた。どうしてかって聞くと、本当のことだっつって教えてくれたんだ」


「つまりシアンは今、君達の集落にいるのか……?」

「うん、あたし達の村にいる! シアンがいるからあたし達は人間のことを知れているんだぜ!」

「……」



 アルフレッドが話している間に、ミリエルはチカに近づき耳打ちをする。



「あの、シアンという方は……もしかして」

「お察しの通りです、ミリエル様。先程話しましたメイド長の息子……その人です」




 すると突然、大きな足音が聞こえてきたかと思うと、扉が勢いよく開け放たれた。




「アルフレッド様!! こちらにおられましたか!! 大至急国境側にいらしてください!!」

「魔物の襲撃か。俺が必要な事態なのか?」


「先日アルフレッド様達が交戦したという、俊敏性の高い魔物……それが数十体の部隊となって襲撃してきました!!」

「……すぐに行く。話は後で聞こう、チャコ殿」



 アルフレッドはすぐに貴族服を整え、部屋を出ていく。するとチャコは食事をやめ、彼の背中を追い出した。



「チャコちゃん!? 今は大変な事態なの、お部屋でご飯食べてていいよ!?」

「うるせー! 人間があたしの行動にケチつけるんじゃねー!」

「ふてぶてしい割にはご飯食べてましたよねー!?」




 結局ミリエルもチカもジャンも、チャコの背中を追っていき部屋を出る。そしてアルフレッドと共に、城塞から窓ごしに大荒野を観察した。



「……! なんてこと……!」

「騎士達がこんなにもやられて……!? アルフレッド様はあんなのと戦って生還したんですか!?」

「……俺達が遭遇した時は、数体程度だった。一体ずつ確実に相手取る戦法を取れていたが、今回は違う」


「……アルフレッド様。あの魔物達は手加減をしています。血が一滴も流れていません」

「なるべく怪我をさせないように心がけ、万が一の場合には止血をしているな……抵抗されたから無力化させているのか?」



 ミリエルを始めとした人間達が困惑し衝撃を受ける中、チャコだけがご機嫌だった。



「うおー! さっすが『タイガーマン』と『サーベルマン』だぜー! ザシュー将軍のお墨付きを得ている戦士達は、そんじょそこらの無法魔物とは違うのだー!」

「チャコちゃん、今襲ってきている魔物達と知り合いなの……!?」


「あたしの友達のとーちゃんだったり、にーちゃんだったりだ! でもって一番豪華な鎧を着た奴いるだろ? あれがあたしのかーちゃん、最強の戦士ミクシリアだ!」

「……!」



 チャコが胸を張った瞬間、ミクシリアとアルフレッドの目が合う。


 お互いに死線をくぐってきた者同士、一歩も譲れない気迫のある視線をぶつけ合った。

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